2021年6月4日
松島大輔(まつしま だいすけ):
金沢大学融合研究域 教授・博士(経営学)
<略歴>
1973年金沢市生まれ。東京大学卒、米ハーバード大学大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省後、インド駐在、タイ王国政府顧問を経て、長崎大学教授、タイ工業省顧問、大阪府参与等を歴任。2020年4月より現職。この間、グローバル経済戦略立案や各種国家プロジェクト立ち上げ、日系企業の海外展開を通じた「破壊的イノベーション」支援を数多く手掛け、世界に伍するアントレプレナーの育成プログラムを開発し、後進世代の育成を展開中。
参考:コロナ禍での国際連携(日印連携)の可能性② ~金沢大学ビヨンド・コロナ・フォーラムの挑戦~
前回取り上げた、昨年2020年度に金沢大学融合研究域が進めてきた、ビヨンド・コロナ・フォーラム(Beyond Covid-19 Forum:以下「BCF」)について、具体的な成果がいくつか生みだされた。そのひとつとして、いくつかのグローバルなリスタートアップスが実現しつつある。
読者の中には、「リスタートアップス(restart-ups)」という言葉を見つけて誤植ではないかと思われた方もいらっしゃるかもしれない。しかしこの「リ」の部分が重要で、企業の再創業、事業再構築という意味で、スタートアップスではなく、リスタートアップスを強調したい。つまり、特に日本企業の場合は、いくつかの技術やノウハウの蓄積もあることから、これらの業態転換を通じて、事業化を進めるという戦略である。特に地方で不足しているのは人財であり、大学には、学生という人財の宝庫である。こうした取り組みを通じて新規事業の立ち上げに立ち会うことで、実践的な学びを進めるとともに、学生を受け入れる企業にとっても、新規事業の立ち上げ機会をうかがうことが可能となる。ちなみに、2020年度の第3次補正予算で計上された中小企業対策費、事業再構築補助金なども、本来的にこうした既存企業の再構築を支援するものであろう。
著者は、ここ数年、こうした新しいかたちの産学融合プログラム、「アントレプレナー・インターンシップ」を展開している。昨年亡くなったイノベーション研究の泰斗 クレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)の言葉を借りれば、いわば、従来のインターンシップは「持続的イノベーション」の追求であり、「アントレプレナー・インターンシップ」は「破壊的イノベーション」を模索することとなる。昨今の経団連の提言などで見る通り、「インターンシップ」という言葉自体が手垢にまみれた言葉であり、よくあるものは就職活動の面接試験の延長上に位置づけあれるものである。また一定の期間の就業体験を提供する場合であっても、受け入れ企業の既存事業の延長上に、企業側の「課題」を学生に解かせる方法がほとんどであり、これでは既存事業の「カイゼン」としての「持続的イノベーション」にとどまり、ついぞ「破壊的イノベーション」としてのリスタートアップ(再創業)に資する事業再構築は不可能である。政策投資銀行が昨年行った「企業行動に関する意識調査」(2020年9月:2,854社対象)によれば、企業(製造業・非製造業共通)がコロナ後に必要なことの堂々第1位は、まさに「成長分野に必要な人材確保」であるとされる。
つまり、手前味噌になるが、未来の成長分野を開拓するようなインターンシップ、すなわち、既存企業の強み(コア・コンピテンス)を見つけ、それを社会課題やグローバル課題に向けて展開する過程で既存企業の業態転換、再創業を目指す「アントレプレナー・インターンシップ」のニーズは大きいといえる。
ここで、ビヨンド・コロナ・フォーラム(BCF)に協力頂いた ブライトライト株式会社 が新たな展開を通じて手掛ける「オキシラ(OXIRA)」という商品を紹介したい。これはコロナ禍にあって、紫外線(UV)を利用した空気中和装置を用いて、ウイルス増殖を抑えるという製品である。同社はこれまで、ランプ販売会社として、業務用、家庭用の照明器具の販売に従事してきた。特に近年では、LEDランプへの置き換え需要を取り込んで成長してきた会社である。同社では、検査用の日本製ランプをインドの商社に販売しており、そのインド商社が、10数年前からインドでのオキシラの販売を進めてきたという。その関係で、今回、インド側からこのコロナ禍の状況で日本側への紹介窓口としてブライトライト社に打診があったとのことである。
インドは、コロナ禍以前から、「感染症の宝庫」(外務省ホームページ)という不名誉なニックネームもあるとおり、新型コロナウィルス(Covid-19)の感染拡大以前から、相当程度の感染症対策が行われてきた。インドの死因要因は、1990年には感染症が半数以上であったが、2016年には感染症は3割以下に激減、代わって非感染症が61.8%に拡大している(下、表参照)。従って、この30年で大きく感染症は制圧されつつあるものの、Covid-19以前にも中東呼吸器症候群(MERS)やニパウイルスをはじめ、デング熱やマラリアなど地域によっては、感染症が猖獗(しょうけつ)を極めた地域もある。著者は以前、デリーにある全インド医科大学(AIIMS:All Indian Institute of Medical Sciences)を訪問したことがあるが、研究者からは感染症対策についても高い関心が示された。
「Global Burden of Disease Study 2016」(2016)Institute of Health Metrics and Evaluationより著者作成
このオキシラの販売について、以前の大学で教えた学生が起業するにあたり、ブライトライト社と連携し、またBCFのプロジェクトの一環として、販路のお手伝いをした。これが先に言及した、「アントレプレナー・インターンシップ」の手法である。学生が同社の強みを検証し、「コア・コンピテンス・シート」を作成する(下、図参照)。このシートは1枚限定にすることがミソであるとともに、企業の概要説明、社長は誰だ、資本金、所在地などは最後に記載される項目となる。つまり、通常の企業説明の逆の順番に情報が提供されることになる。どのような技術・ノウハウ・製品が強みになるか、その利用仮説について、図などを使って説明するものである。もちろん、この図では日本語で表記されているが、実際には英語や中国語、タイ語など、それぞれの地域の言語で参加する学生自らが作成し、受け入れ先企業と議論を重ねることによって、強みを確認する。中小企業の場合、自らの強みや今後の展開の可能性としての事業再構築や再創業について、その具体的な方法が自らでは気が付かない場合もある。特に、従来の下請け・系列関係を前提にしてメーカーから仕事を取るために、「あれも、これも」という事業や製品のラインナップを強調する余り、自らのコア・コンピタンスから離れてしまう場合もある。これに対し、「アントレプレナー・インターンシップ」に参加する学生の視点で、「あれか、これか」の選択を行い、受け入れ会社において見直すことが可能である。
コア・コンピテンス・シートの例
今回参加した学生は、インドのベンガルール(Bengaluru)での留学経験もあり、今後は、インドを一つの軸としながら、起業の準備を進めている。現下の「働き方改革」の文脈では、自ら起業しながら、関連するさまざまな既存企業のお役立ちを行って自らの経験や知見を広げていくことが可能である。著者は、既存企業の「軒先」を借りて、新たな事業展開やカーブアウト(curve out)を進める際、いわゆる経営学でいう「スカンクワーク(Skunk works)」や「どぶろく作り」と呼ばれる社内ベンチャーの手法について、学生の力を借りる方法を提唱している。特にバーチャルなかたちで、我が国の素晴らしい技術やノウハウを有する中堅・中小企業のバーチャルな海外事業部長として活動することにより、学生も中堅・中小企業もお互いにWin-Winな関係で再創業、リスタートアップを目指すことが可能である。特にオンラインが主戦場になるコロナ禍後の世界には、学生のデジタル力を十二分に活用してみてもよいだろう。