2021年9月6日 西川 裕治(元 JST インドリエゾンオフィサー)
参考:「世界的な知識大国に」インド「国家教育政策2020」①~イントロダクション~
「世界から学生を集めた古代の伝統復活を」 インド「国家教育政策2020」②~高等教育・前編~
インドの新教育政策である「国家教育政策(NEP)2020」は、2020年7月29日にインド連邦政府により承認された。この中の「第II部 高等教育」は、以下の通り計11章で構成されている。
この第II部の後編として、第14章から第19章の概要について次の通り紹介する。
本ポリシーでは、「社会的に恵まれないグループ(Socio-Economically Disadvantaged Groups: SEDGs)に特に重点を置き、全ての学生に質の高い教育への公平なアクセスを確保する。公平性とインクルージョンに対するアプローチは、学校教育と高等教育で共通のものとする。
高等教育の機会に関する知識の欠如、高等教育を受けるための経済的機会費用、経済的制約、入学手続き、地理的・言語的障壁、多くの高等教育プログラムの雇用可能性の低さ、高等教育を受けられないなどの問題がある。
そこで政府がとるべき措置は次の通り。
一方、高等教育機関がとるべき措置は次の通り。
教師はインドの価値観、言語、知識、エートス、部族の伝統を含む伝統に裏打ちされ、同時に、最新の教育および教育学の進歩にも精通しなければならない。
最高裁が設置したJ. S. Verma委員会(2012年)によると、1万校を超える独立型の教師教育機関の大半は、本格的な教員教育を実施しておらず、実質的に学位を販売していると言える。教師教育制度の基準を高め、誠実さ、信頼性、有効性、高品質を回復するためには、この分野とその規制システムの抜本的再生が急務となっている。 基本的な教育基準を満たしておらず標準以下で機能不全の「教師教育機関(TEI)」に対して、違反行為の是正のために1年間の猶予を与えた後、厳しい措置を取る。
全ての教員教育プログラムは学際的な複合機関の中で行われなければならない。そのために、学際的な大学やカレッジは、教育学部の設立を目指し、教育の様々な側面で最先端の研究を行うほか、心理学、哲学、社会学、神経科学、インドの言語、芸術、音楽、歴史、文学、体育、科学、数学など他の学部と協力して、教育学士(B.Ed.)プログラムを運営する。
さらに、4年間の総合的な教員養成プログラムを提供するため、2030年までに、全ての独立したTEIは、学際的な教育機関に転換し、健全で、学際的で、統合された教員教育プログラムを実施する。
4年間の統合されたB.Ed.は、2030年までに学校教師の最低限の学位資格となり、教育学に加えて、言語、歴史、音楽、数学、コンピュータサイエンス、化学、経済、美術、体育などの専門科目を含む、2つの専攻を持つ総合的な学士号となる。
4年制の統合B.Ed.を提供する高等教育機関は、すでに専門科目で学士号を取得した学生を対象に、2年制のB.Ed.を実施することもできる。また、専門科目で4年間の学士号を取得した受験生を対象に、1年間のB.Ed.を実施する場合もある。4 年制、2 年制、1 年制の B.Ed.プログラムに優秀な候補者を集める目的で、優秀な学生のための奨学金を設ける。
TEIは、教育および関連分野、さらには専門科目に関する様々な専門家を確保し、政府や民間の学校と緊密に連携するネットワークを持ち、教師候補が、コミュニティサービスや成人・職業教育などの他の活動に参加して学生を指導する。
教育学部の教員は多様性を目指し、教育/現場/研究の経験が高く評価される。学校教育に直接関連する社会科学分野(心理学、子どもの発達、言語学、社会学、哲学、経済学、政治学など)や、科学教育、数学教育、社会科学教育、言語教育プログラムのトレーニングを受けた教員をTEIに集め学際的な教育、概念開発を強化する。
新規に博士号を取得する者は、分野を問わず、博士号取得後の研修期間中に、選択した博士号のテーマに関連した教育・教育学・教育学・著述の単位制コースを受講することが義務付けられる。また、博士課程の学生は、ティーチング・アシスタントなどを通じて、最低何時間かの実際の教育経験を積む。
質の高い教育のための充実した教授・学習プロセスのニーズを満たすために、テクノロジープラットフォームを利用した教員のオンライントレーニングを奨励し、標準化されたトレーニングプログラムを短時間で多くの教員に提供する。
「メンタリングのための国家ミッション」を立ち上げ、大学やカレッジの教師に短期・長期のメンタリングや専門的なサポートを提供し、インドの言語で教えることができる優秀なシニアや退職した教員を大量に確保する。
第12次5カ年計画(2012〜 2017年)では、19〜24歳のインドの労働力のうち正式な職業教育を受けたのはごくわずか(5%未満)であると推定されており、インドでは職業教育の普及を早める必要性、緊急性がある。
主な理由の1つは、これまでの職業教育が、主に11年生から12年生、および8年生以上のドロップアウトに焦点を合わせてきたからである。さらに、職業科目で11年生から12年生を卒業した生徒は、高等教育で選択した職業を継続するための明確な経路を持たないことがあるからだ。
また、一般高等教育の入学基準は、職業教育の資格を持っている学生に機会を提供するようには設計されておらず、職業教育ストリームからの学生の垂直移動性が欠如していた。この方針では、職業教育プログラムを全て教育機関の主流教育に段階的に統合することを求めている。そして、労働の尊厳やインドの芸術と職人技を含むさまざまな職業の重要性を強調することにつながる。
そして2025年までに、学校および高等教育システムを通じた学習者の少なくとも50%が職業教育を受け、インドの人口ボーナスの可能性を最大限に引き出す。職業教育は、今後10年間で段階的に、全ての中等学校での教育に統合され、ITI(産業訓練期間)、ポリテクニック、地元産業などとも協力する。
高等教育機関は、業界やNGOと協力して職業教育を提供する。職業コースは、4年間の学士号プログラムを含む他の学士課程の学生も利用可能で、高等教育機関は、ソフトスキルを含むスキルの短期証明書コースを実施することも可能となる。職業教育は、今後10年間で段階的に全ての学校および高等教育機関に統合される。
国家技能資格フレームワーク(National Skills Qualifications Framework)では、各分野の職業について詳しく規定がされる。さらに、インドの基準は、ILOの国際標準分類と整合させる。このフレームワークにより、教育システムからのドロップアウトは、実務経験レベルに合わせて再統合され、クレジットベースにより、一般教育と職業教育の間の移動を容易にする。
知識の創造と研究は重要である。最も繁栄する文明(過去には、インド、メソポタミア、エジプト、ギリシャなど、現代では、米国、ドイツ、イスラエル、韓国、日本など)は、強力な知識社会である。インドが再び主要な知識社会になるためには、国全体で研究能力と成果を大幅に拡大する必要がある。しかし、インドの研究とイノベーションへの投資は、現時点では、国内総生産(GDP)で米国2.8%、イスラエル4.3%、韓国4.2%と比較して、インドは0.69%にすぎない。
インドが今日取り組む必要のある社会的課題には、次のようなアプローチとソリューションの実装が必要である。
全ての市民が清潔な飲料水と衛生設備の利用、質の高い教育と医療、輸送、空気の質、エネルギー、インフラの改善など、インドが今日の社会的課題に取り組むには、科学技術情報だけでなく、社会科学と人文科学、国の社会文化的および環境的側面の深い理解にも根ざす必要がある。また、海外に依存せず、インド自身で対応する必要があり、質の高い学際的研究が必要となる。また、芸術と人文科学の研究は、国の進歩にとって非常に重要である。
インドには、科学と数学から芸術と文学、音声学と言語、医学と農業に至るまでの分野で、研究と知識創造の長い歴史的伝統がある。これは、世界の3大経済圏のひとつとして、インドが21世紀の研究とイノベーションをリードするために強化が必要である。
この方針では、研究文化を大学全体に浸透させるため、国立研究財団(NRF)の設立を想定している。NRFは、メリットに基づき、公平な査読付き研究資金の信頼できる基盤を提供し、優れた研究に対するインセンティブを通じて、州立大学やその他の公的機関で研究を拡大する。
現在、研究に資金を提供している政府機関や民間、慈善団体は、優先順位とニーズに応じて独立して研究に資金提供を継続する。一方、NRFは他の資金提供機関と慎重に調整し、科学、工学などのアカデミーと協力して、目的の相乗効果を確保し、作業の重複を回避し、政府とは独立して、分野を超えた最高の研究者と革新者で構成される理事会によって統治される。
NRFの主要な活動は次の通り。
従来の高等教育の規制は効果がほとんどなかった。高等教育セクターを再活性化し、繁栄させるためには、規制制度を全面的に見直す必要がある。新たな規制システムでは、
―などの機能を、独立した権限を持つ「インド高等教育委員会」(HECI)という統括機関の中で行う。
HECI の第1の柱は、「国家高等教育規制評議会」(NHERC)である。NHERCは、軽く、厳しく、促進的な方法で規制を行う。特に財務の健全性、優れたガバナンス、財務、監査、手続き、インフラ、教職員、コース、教育の成果をオンライン、オフラインで完全に公開することが、非常に効果的な規制となる。
これらの情報について、全ての高等教育機関はNHERCが管理する公開ウェブサイトや各機関のウェブサイト上で公開し、常に最新かつ正確な情報を提供しなければならず、公開された情報に起因する利害関係者やその他の人々からの苦情や不平はNHERC が裁定する。
第2の柱は、「国家認定評議会」(NAC)と呼ばれる「メタ認定機関」である。教育機関の認定は、主に基本的な規範、公的な自己開示、優れたガバナンス、成果に基づいて行われ、NACが監督・監視する。強固な認定システムが一定の質、自治、自律性達成のベンチマークを規定する。その結果、すべての高等教育機関は、機関開発計画(IDP)を通じて、今後15年間で最高レベルの認定を取得し、自治権を持つ学位授与機関/クラスターとして機能することを目指す。
第3の柱は、「高等教育助成協議会」(Higher Education Grants Council:HEGC)であり、教育機関のIDP、実施状況などに基づいて資金提供を行う。
第4の柱は「一般教育評議会」(GEC)であり、期待される学習成果(卒業生の属性)を策定する。全国高等教育資格枠組(National Higher Education Qualification Framework: NHEQF)はGECが策定し、職業教育の高等教育への統合を容易にし、全国技能資格枠組(National Skills Qualifications Framework: NSQF)と同期する。
学位・ディプロマ・修了証につながる高等教育の資格は、NHEQFによって規定される。さらに、GEC は、NHEQF を通じて、単位互換や同等性などの問題の規範を設定する。GEC は、21 世紀型スキルを備えた総合的な学習者を育成し、学生が学業プログラム中に習得すべきスキルを特定する。
「インド農業研究評議会」(ICAR)、「インド獣医評議会」(VCI)、「全国教師教育評議会」(NCTE)、「建築評議会」(CoA)、「全国職業教育訓練評議会」(NCVET)などは、「専門的基準設定機関」(PSSB)として機能する。これらの団体は、高等教育制度において重要な役割を果たし、GEC のメンバーとなる。PSSBは規制の役割を持たないが、特定の学習・実践分野における基準や期待値を設定する。
NHERCの規制、NACの認定、HEGCの資金調達、GECの学術的な基準設定、そしてHECIの包括的自治組織というそれぞれの役割は、透明性のある情報公開に基づくものである。これらの仕事の効率と透明性を確保し、インターフェースを減らすためにテクノロジーを広範囲に活用する。
HECIは、高等教育における著名で公共心を持つ専門家からなる小規模な独立組織とし、裁定を含む機能を遂行するためのメカニズムを内包する。
優れた業績を上げている高等教育機関は、中央政府や州政府の支援を受けて機関を拡大し、学生数、教員数、専門分野やプログラム数の拡大につながる。
教育の商業化の抑制は次の通り。
チェックとバランスを備えた複数のメカニズムで、高等教育の商業化を阻止する。全ての教育機関は、「非営利」団体と同様の監査および開示基準に準拠する。余剰資金は教育部門に再投資される。公立、私立全ての高等教育機関は、この規制制度内で同等に扱われ、民間の慈善活動を奨励する。
私立の高等教育機関は、授業料を独自に設定可能となる。私立の高等教育機関には、授業料免除や奨学金供与が奨励される。授業料などは完全に公開され、登録期間中に恣意的に増加できないが、コストの合理的な回収は保証される。
高等教育機関で卓越性と革新性の文化を創造することを可能にするのは、効果的なガバナンスとリーダーシップである。全ての高等教育機関は、段階的な認定と自律性の適切なシステムを通じて、15年間で革新と卓越性を追求する独立した自治機関になることを目指す。
また、最高品質のリーダーシップを確保し、卓越した組織文化を促進するために、実績、能力、コミットメントを持つ有能で献身的なメンバーで構成される理事会(BoG)が設立される。BoGは自由に統治し、任命を行い、ガバナンスに関する決定権限を持つ。新しいメンバーの選出もBoG自身が行う。全ての高等教育機関は、2035年までに自律的となりBoGを持つことを目指す。
教育機関の長は、高度な学歴や管理能力リーダーシップ能力を実証した人物が任命される。その選考は、BoGが構成するEminent Expert Committee(EEC)が行う。リーダーの在職期間は安定的とするが、同時に継承計画は準備される。リーダーシップの空白は避けねばならない。優れたリーダー候補者は早期に特定、育成され昇進する。
全ての高等教育機関は、戦略的な機関開発計画を作成し、設定された目標を達成する必要がある。
以上が新「国家教育政策2020」の中でも、インド科学技術発展の可能性を示す「高等教育」に関する部分の概要である。
一方、日本の文部科学省の科学技術・学術研政策究所(NISTEP)が今年発表した「科学技術指標2021」(下記参照)によると、2017~2019年の平均で上位10%論文の引用数において、インドが日本(10位)を抜いて世界第9位となった。この事実は、インドの科学技術の将来を占う上で大きな意味を持つと考えられる。