日本の組織力とインドの個の才能...日本で就業したインド人エンジニア達は何を見たか アンケート➀

2022年02月07日

小林クリシュナピライ憲枝

小林クリシュナピライ憲枝(こばやし・くりしゅなぴらい・のりえ):
長岡技術科学大学 IITM-NUT
オフィス コーディネーター

<略歴>

明治大学文学部卒。日本では特許・法律事務所等に勤務した。英国に1年間留学、British Studiesと日本語教育を学ぶ。結婚を機にシンガポールを経てインドに在住。現在はインド工科大学マドラス校(以下IITマドラス校)の職員住宅に居住している。長岡技術科学大学のインド連携コーディネーターを務めるとともに、IITマドラス校の日本語教育に携わる。

本編は、同ポータルに、2021年10月21日および11月29日に掲載の「日本に留学したインド人卒業生は何を思ったか アンケート(前編・後編)[1][2]の続編。

世界のITを牽引するインドの若きエンジニア達。日本語学習経験や、日本での留学経験、インターンシップ経験を経て、日本企業に就職する者も増えてきている。彼らは日本の一流企業でエンジニアやサイエンティストとして就業したり、母国に戻って日印の懸け橋となって働いたりしている。前回と同様、こうしたインド人エンジニア達にアンケートを実施し、その回答を紹介する。回答者は12人で、インドトップのインド工科大学(IIT)卒を中心とし、全員工学系。

日本の企業社会を直接経験している(あるいは経験した)彼らが、両国の社会や技術、協力関係について率直な声を寄せてくれた。この種のアンケートは前例がほとんどなく、日印の関係者にとって今後の企業運営やグローバル人材の雇用・育成・教育を推進するうえで参考にしていただけるのではないかと考える。

日本語授業が提供されているエンジニアリング・デザイン学科=インド工科大学マドラス校(IITM) (写真提供:筆者)

1. 日本社会とインド社会の特徴的な違い:

インド人エンジニアは日本での生活を通じて、日印両国社会の特徴的な違いを感じた。アンケートの回答は以下の通り。

日本 インド
・単一的。規則に基づき、良く組織されている。不文律もある。 ・他宗教、多文化で多様性がある。
・国全体が一つにまとまっている点から、規則の変更を導入しやすい。 ・規則の変更を導入することは、国を二分することも起こりうる。
・集団志向。 プロセス志向。 ・個人志向。成果志向。
・学校で習う基本的なマナーが、調和の維持と、国に対する継ぎ目のない結束の重要な要素になっている。 ・インドには、言語、教育、宗教、民族、文化等々、多様性があるため、インド社会を一般化して述べることは難しい。
・日本人の働き方は、システムの一部となり、与えられた社会的責任を全うすることが重要。 ・インド人は、インド社会に重要な基本的な道徳的原理を遵守しつつ、各自がどれだけ社会の階層を昇れるか、いかに個性を発揮できるかを重視。
・行動する前に考える。 ・行動してから考える。

<筆者コメント>

◊ 日本社会の「不文律」や「忖度」については、単一的な環境、教育で育った者同士ならば、「阿吽(あうん)の呼吸」的に理解し合うことができるだろう。グローバルな社会においては、明文化や契約内容の詳細な確認、契約の範囲内の仕事の指示・依頼が厳格になる。日本の従来型の会社は、社内で様々な仕事に従事することが多かった。対して、インドでは、専門職として一つの道で高みを求めていくケースが中心になっている。それゆえ、例えば、日本の会社でよくある、新入社員の清掃義務や、本人の専門より単純な作業からのスタートなどの方針は、外国人には理解されないことが多い。契約以前に、業務の範囲とその根拠の説明と合意につき、より注意が必要になる。

◊ 日本社会の「集団志向」「プロセス志向」については、日本では、チームワークによる成果と、結果のみならずその過程での努力が、長期的視野において尊重される。インド社会の「個人志向」「成果志向」については、インドでは、卓越した個人の思想や才能が社会全体や産業全体にもたらす牽引力とそのアウトプットに、より興味を持つ傾向がある。日本には世界に名だたる日本企業が数多く存在し、インドには世界に影響を与えた思想家や世界企業のトップに立つ個人が数多くいることからも、その特徴の違いを見て取れるだろう。日本が得意とするチームワークと組織力の中で、インドで重要視される卓越した個人の才能も発揮される環境があれば理想的だ。

熱心に日本語を学ぶインド人学生たち=インド工科大学マドラス校(IITM) (写真提供:筆者)

2. 日本とインドの技術の特徴:

インド人エンジニア が日本での生活から感じた、両国の技術の特徴は以下の通り。

日本 インド
・全てのセクターに先進技術があり、人的作業を最小限にする。生活をできるかぎり便利にする。 ・技術の進化のためにはまだまだ多くのことを達成していかなければならない。一方で人材が豊富で、テクノロジーに置き換えられる。
(筆者注: 一方で、人口の多いインドでは、大勢の雇用の機会を確保する点から、清掃や工場の一部作業など比較的単純な作業に、オートメーションよりも人間によるマニュアルワークの存続を優先する分野もまだ多い)
・日本の技術はオリジナルなものが多い。
・日本は自力で問題解決ができる。
・インドでは海外本社への供給的な仕事が多い。
・両国ともに技術はいいが、インドは品質に問題がありがちである。海外の技術を採用しがち。
・日本は階層システムが強いので、全ての新規結果が段階的に確認されてから次に進む。
・長所もあるが、昨今では、国際競争力において徐々に技術力を失っている感がある。
・インドの技術は結果の達成にできる限り集中する。会社のシステムは、そのために製品を製作し、最速で製品を送り届けるようになっている。
(筆者注:上記のシステムは、主に情報産業と思われる)
・日本は概して自動車産業に強い。 ・インドには強力な技術セクターはない。外国、特にアメリカへのBrain Drain(頭脳流出)の問題がなければ、もっと発展するはずだ。
・製造技術においてはドイツと日本が完全にリードしている。 ・インドはソフトウエア技術で急成長しており、国際的パワーハウスになってきている。
・自動化、製造技術、精密技術、人口知能(AI)が繁栄している。
・先進技術と強固なインフラのブレンドで 新規技術を創成し、競争力ある成果を提供できるだろう。
・インドはグローバルプラットフォームで情報産業に強い。
・一方で、地方の近代化が遅れている。

<筆者コメント>

◊ インドでは、伝統的に医学と工学に対する尊敬が強く、成績優秀者がこのどちらかの道に進むことが多く、これによって優秀なエンジニアが数多く輩出される。昨今では、コンピュータサイエンス学部が圧倒的な人気となっている。また、多くの学校で小学校1年生から、楽しみながら学べるところからコンピュータの学習が始まり継続するので、理系・文系を問わず、コンピュータやプログラミングになじんでいる学生が多い。

◊ 日本は人口が減少、インドは人口が増加している。また、日本では深刻なIT人材不足があり、今後、日本が魅力的な労働環境を提供できれば、より多くの優秀なインド人エンジニアが日本で活躍してくれることだろう。彼らに単に日本の労働力不足を解消してくれることを期待するのではなく、彼らが日本で自己実現の達成を感じられるような受入れ体制の整備を考えたい。コロナ禍で加速した働き方の多様性も最大限に活用すれば、勤務形態の選択肢などに幅を持たせることができるだろう。

=つづく

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