2024年3月11日
小林クリシュナピライ憲枝(こばやし・くりしゅなぴらい・のりえ):
長岡技術科学大学 IITM-NUTオフィス コーディネーター
<略歴>
明治大学文学部卒。日本では特許・法律事務所等に勤務した。英国に1年間留学、British Studiesと日本語教育を学ぶ。結婚を機にシンガポールを経てインドに在住。インドでは、チェンナイ補習授業校、人材コンサルティング会社、会計事務所に勤務後、現在は、長岡技術科学大学のインド連携コーディネーターを務めるとともに、インド工科大学マドラス校(以下IITマドラス校)の日本語教育に携わっている。IITマドラス校の職員住宅に居住している。
本シリーズ②[1]では、IITマドラス校内で、在学生が運営する技術イノベーション活動と、プレ・インキュベーションシステムについて紹介し、同シリーズ③[2]では、大学に隣接するリサーチパーク(IITM-RP)の、産学連携施設について報告した。IITM-RPには、IITマドラス校の卒業生を中心としたスタートアップ活動を支える、IITMインキュベーションセル(IITM-IC)[3]も併設されており、今回はそれについて紹介する。
IITM-ICは、2013年に設立され、インドの主要なディープテックスタートアップの中心であり、IITMの先進的な研究と産業界との交流から生まれる、イノベーションと起業家精神を結合している。学生、教職員、卒業生、外部の起業家がディープテックスタートアップを創成し、産業を変革し、社会に利益をもたらすことを支援している。
現在までの実績を数値で見ると、以下のようになっている。
創出スタートアップ企業数 | 351 | 内、ディープテック企業 | 200社以上 |
---|---|---|---|
内、農村等地方技術のスタートアップ | 65社 | ||
内、105社で、IIT教員が創業者または少数株主になっている | |||
2022-2023年度収益 | 314億ルピー(1ルピー=1.82円換算で、約571億円) | ||
エンジェル投資家・ベンチャーキャピタルからの投資額 | 1,042億5千万ルピー(1ルピー=1.82円換算で、約1,897億円) | ||
評価額 | 4,500億ルピー(1ルピー=1.82円換算で、8,190億円) | ||
創出雇用数 | 8,800以上 | ||
特許出願数 | 210件以上 |
創業者数 | 688 | 内訳 | 外部 | 56% |
---|---|---|---|---|
卒業生 | 25% | |||
教員 | 13% | |||
学生 | 4% | |||
プロジェクトスタッフ | 2% | |||
製造/自動車・電気自動車/ロボティックス | 60社以上 | |||
人口知能、機械学習、データサイエンス、AR/XR(拡張現実/クロスリアリティー)、サイバーセキュリティー | 60社以上 | |||
健康及び補助技術 | 60社近く |
今後、2024年には100社のスタートアップ創設を目標にしている。[4]
(写真は筆者撮影)
以下に、IITM-IC内のスタートアップの例を挙げる。
IITマドラス校には、CEET (Centre for excellence for energy and telecommunications) [6]と呼ばれるエネルギーと電気通信の卓越センターがある。C-BEEVは、その元で、電池工学と電気自動車(EV)の研究開発をし、また、これら製品の商業化の支援をしている。
同社は、大手自動車 OEM と協力して、インドで急成長する電動モビリティ分野において画期的な研究開発を促進するために、2016 年に設立された。汚染燃料の代替品としてバッテリーの研究開発に注力し、電気自動車とEVサブシステムにおいて、手頃な価格のインド独自のソリューションを行い、全国規模でサービスを提供している。主な研究開発領域は以下である。
メイク・イン・インディア政策を推進
(写真はIITM-RP提供)
長岡技術科学大学の教員・学生が施設を見学
(筆者撮影)
IIT マドラス校とインド政府バイオテクノロジー局の共同イニシアチブである HTIC は、様々な学際的研究に取り組んでいる。 ヘルスケアに影響を与え、イノベーションを推進するというビジョンを掲げ、数多くの課題に取り組んでいる。
代表例として、2013年に、チェンナイ市で有名な、シャンカラ・ネトララヤ眼科病院 (Sankara Nethralaya) と共同で、移動式白内障手術ユニットを創設した。手術ユニットごと出張することで、医療設備や医師が不足する地方や経済的弱者に対して、アクセスとコストの両課題を解決し、手術を施すことを可能にし、世界最大の視覚障碍者人口のあるインドにおいて、国民の失明予防に貢献している。
この移動式白内障手術ユニットは、地方の道も走れるよう、手術準備用ユニットと、手術用ユニットが目的地まで別々に走行し、現地で2台を連結して手術を実施できるシステムになっている。
白内障手術ユニット模型
(筆者撮影)
実際の手術ユニット内部
(写真はIITマドラス校提供)
Planys は、海洋ロボット工学、非破壊検査 (NDT)、インテリジェントなデータ分析とレポート作成における最先端技術の先駆者である世界的なソリューション プロバイダーである。 Planys のテクノロジーは、海事、インフラ、エネルギー分野における水没資産の検査方法を変革している。
同社は、2012 年以来さまざまなプロジェクトからアイデアを蓄積した後、IIT マドラスの卒業生と教員によって 2015 年に設立された。以来、過酷で制約された環境で複雑なミッションを実行するための有能な検査ソリューションを開発してきた。 同社の特許取得済みのテクノロジー、ドメイン知識、生産システムは、コンセプトからプロジェクトの実施、そしてそれ以降に至るまで、より高い効率を実現する。 同社はインド国内だけでなく、オランダやサウジアラビアにも事業を拡大している。
Planys は現在、海洋インフラ、製油所、港湾、ダム、橋梁資産メンテナンス分野の企業から支援を受けており、水中および水没構造物、陸上および海上のカスタマイズ可能な自動検査ソリューションを提供する世界的リーダーとなることを目指している。 また、業界全体にわたる長期的な資産完全性監視のための遠隔操作車両 (ROV) および自動潜水艇の分野で、主要な製品およびサービスのプロバイダーとして卓越することを目指している。
また、同社は、一般財団法人武田計測先端知財団のヤング武田賞(2016 年)、インド起業家賞 (2019 年)、クアルコム デザイン イン インディア受賞 (2020 年)、ダム安全賞 (2021 年)など、幅広い評価を獲得している。
Planys社の水中ドローン、遠隔操作車
(写真は同社提供)
SatoriXRの社名は、日本語の「悟り」から来ている。
同社のミッションは、3D、VR、AR、XR、メタバース技術を活用して、進化するビジネスニーズに合わせたスケーラブルなソリューションを提供することである。
具体的には、同社の技術を活用して、デジタルツインサービス、ソフトウェア開発、エンジニアリング設計・開発、無駄を省いた構築、ターンキーソリューション等を提供できる。同社のインダストリー4.0ソフトウェアスイートは、ビジネス上の問題点に対処し、++-の結果: (+)売上の増加、(+)顧客体験の向上、(-)運用コストの削減の成果を提供する。
SatoriXRの4DIOコンセプトは、3D、追加時間次元(4th D)、インタラクティブ性を融合させたイノベーションである。4DIO は、エンドユーザーが製品を体験し、現象を理解する方法を再定義する。エンゲージメントを向上させ、最終的には売上やトレーニングの成果を向上させる。例えば、営業生産性アプリケーションは、ARを利用して現実世界のコンテクストで製品を紹介し、4DIOのコンセプトが、インタラクティブな製品探索のために新たな時間レイヤーを追加する。トレーニングやオンボーディングのアプリケーションでは、4DIOコンセプトが時間ベースのシナリオを導入し、学習体験を豊かにする。
(写真は同社提供)
以上、IITMインキュベーションセルの概要と、そこで創成されたスタートアップ企業、スタートアップを卒業した企業のごく一部を紹介した。各社の活動は大変活気があり、今後さらに多くのディープテック企業が創成されていくことであろう。
次回は、チェンナイ市近郊に新設のIITマドラス ディスカバリーキャンパスを紹介する予定。