2026年7月17日 小西 隆 (JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
前回(第1回)では、インドが世界30か国以上と結んでいる「戦略的パートナーシップ(SP)」体系に三層構造が存在し、最上位の「特別」グループには、10年以上にわたってロシア(2010年)、日本(2014年)、韓国(2015年)の3か国のみが含まれていたことを示した。それに対して、2026年に入ってから、わずか3か月のあいだにフランス(2月)とイタリア(5月)が立て続けに加わった。
第2回となる本稿では、フランスとの「特別グローバル戦略的パートナーシップ」(2026年2月)、続いてイタリアとの「特別戦略的パートナーシップ」(2026年5月)について、その経緯、首脳会談の中身と科学技術協力の実態を紹介する。そのうえで両国の位置づけを比較し、最後にインド側の外交上の期待を読み解く。
フランスは1998年に、インドにとって「西側諸国で初めての」SP締結相手となった国である。その後の信頼の蓄積を背景に、2026年2月17-19日のマクロン大統領訪印時に「特別グローバル戦略的パートナーシップ(Special Global Strategic Partnership)」へ格上げされた。エリゼ宮の公式共同声明は、この格上げを、「両国の繁栄とレジリエンスを構築し、安全保障を前進させるだけでなく、不確実性を増すグローバル環境における課題に集団的に取り組み、安定したルールに基づく国際秩序を構築するための力として機能する」と位置づけている[23][24]。
2026年2月の首脳会談では、計21の合意・文書が交換され、なかでも科学技術分野は内容が充実したものとなった[25]。主たる取り組みを6つの柱で整理する。
インドとイタリアは2004年にSPを締結したが、その後の関係は決して順調なものではなかった。2012年、イタリア国旗を掲げる石油タンカーMV Enrica Lexie号に乗船していたイタリア海軍の海兵隊員が、インドの漁船に向けて発砲し、漁師2名が死亡するという事件が発生し、二国間関係は深刻な外交的対立に陥った。
さらにイタリアは2019年、G7諸国としては唯一、中国の「一帯一路構想(BRI)」に参加したが、2023年12月にこれを正式に離脱した。米国と欧州の関係を研究する代表的なシンクタンクであるジャーマン・マーシャル・ファンド(GMF)のCristiani(2024)は、このBRI離脱と並行してイタリアが「日本とインドという2つの柱に基づく、新たにより積極的なアジアへのアプローチ」を採用し始めたと分析している[34]。
その流れのなかで、2023年のG20を契機にイタリアはインド太平洋への関与を明確化し、2024年11月のG20リオデジャネイロ会議では「共同戦略行動計画2025-2029」が採択された。そして2026年5月19-20日のモディ首相訪伊時、「特別戦略的パートナーシップ」への格上げが合意された。イタリア外務省(2026)は「インドはイタリアにとって優先パートナーであり、両国経済は高度に補完的」と述べている[37][35][36]。
印伊共同宣言(2026年5月20日)の「科学・技術・イノベーション・スタートアップ・AI」セクションに明記された協力の柱は、以下のとおりである[37]。
ここまで見てきたフランスとイタリアの特色を明確にするため、両国のそれぞれの協力関係を、戦略的位置づけ、地政学的関与、経済連結性、および主要な科学技術協力分野ごとに比較した(表3)。
インドとフランスおよびイタリアとは長年の信頼蓄積に基づく安全保障・防衛・原子力を含む厚みのある関係が見られる。一方、イタリアとはBRI離脱後の経済連結性とイノベーションエコシステムを軸とした関係構築が進められていることが分かる。
| 比較項目 | インド×フランス | インド×イタリア |
|---|---|---|
| 戦略的位置づけ | 1998年に西側諸国初のSP締結、28年の信頼蓄積 | 2004年SP、2012年Enrica Lexie事件で冷却、2023年以降再活性化 |
| インド太平洋への関与 | 海外領土(レユニオン等)と7,000名規模の常駐軍事プレゼンス | BRI離脱後にインド太平洋関与を明確化、IMEC(インド-中東-欧州経済回廊)への積極参画 |
| 経済連結性・FTA活用 | EU-FTAの主要推進国の一つ、航空宇宙・エネルギー分野での産業連携 | EU-FTA活用の欧州ゲートウェイ、IMEC西端アンカー、2029年200億ユーロ目標 |
| AI・デジタル | Inria-DST二国間デジタルセンター、ANR-DST共同公募(応用数学×AI)[26][27] | INNOVIT India(スタートアップ加速)、AI分野での第三国協力 [37] |
| 基礎科学 | CNRS-DST先端材料センター、AIIMS印仏AI in Healthセンター[25][28] | Elettra放射光施設(15年以上の協力、XRD2/XPRESSビームライン)[39] |
| 宇宙 | CNES-ISRO戦略宇宙対話、TRISHNAミッション(2026年打上げ)、ガガンヤーン支援 [30][32] | ISRO-ASI協力(地球観測・太陽物理学中心)[37] |
| 原子力 | ジャイタプール原発(EPR×6基)、SMR/AMR共同研究[29] | 協力なし(イタリアは原発非保有) |
| 量子技術 | CNRS連携の基礎研究[28] | スーパーコンピューティング協力、量子技術共同研究[37] |
| 制度的深度 | CEFIPRA、年次外相対話、Horizon 2047ロードマップ[23] | INNOVIT India、共同戦略行動計画2025-2029、外相主導レビュー機構 [37] |
これまでの事実を踏まえ、インドが両国を新たに「特別」レベルに位置づけた背景にある外交上の期待について、まずは両国に共通する期待、続いて各国固有の期待を整理する。
カーネギー国際平和財団の分析によれば、グローバルな不確実性の高まりがEUとインドの接近を促しており、米国の相対的後退と中国の台頭の間で、インドは欧州にとって重要な中間的パートナーとなりうると指摘されている[40]。すなわち、今回の格上げの背景には、EUとインドの双方とも、特定の国への対抗ではなく、米中をめぐる不確実性のなかでパートナーシップを多角化する構造的な必要性がある。
2026年1月27日の第16回EU-インドサミットで交渉妥結が発表されたEU-インドFTAは、両国格上げの直接的な制度的基盤となった。20億人の市場をカバーし、世界のGDPの約4分の1を占める大型貿易合意で、フランス・イタリア双方との格上げは、この経済的枠組みの上に位置づけられている。実際、印伊共同宣言はEU・インドFTAを踏まえた機会を活用し、双方向貿易を2029年までに200億ユーロに引き上げる方針を示しており、FTAが二国間格上げを後押ししたことがうかがえる[37]。
EU27か国のなかでフランスが先に「特別」レベルに選ばれた背景には、フランス固有の2つの強みがある。
第一に、フランスはEU加盟国のなかで唯一、インド太平洋に海外領土と常駐軍事プレゼンスを有する国である。レユニオン、マヨット、ニューカレドニア、仏領ポリネシア等に7000名規模の軍事要員を常時配置し、排他的経済水域(EEZ)の大半がインド洋・太平洋に位置する。さらに、2025年の仏インド太平洋戦略改訂では、海外領土の軍事強化に130億ユーロを投じる方針が示された[41][42]。
この「居住型インド太平洋大国」という地位は、他のEU加盟国には存在しない固有のもので、インドがフランスを欧州における最優先の安全保障パートナーと位置づける構造的な理由となっている[43]。
第二に、両国の協力には長い歴史的蓄積がある。防衛分野では、インドが1960年代にフランス製航空機を導入して以来の関係が続いており、2015~2019年の間にインドのフランスからの武器輸入が715%増加したとの報告もあるなど、 近年も装備面での結びつきは強い[44]。加えて、民生用原子力や宇宙分野でも協力が積み重ねられてきた。タラプール原子力発電所への核燃料供給や、ISRO創設期における技術協力など、こうした3分野での協力の歴史的蓄積は、他のEU加盟国には見られない深さと幅を形成している[45][46]。
イタリアの場合、フランスのような長期にわたる安全保障協力の蓄積はない。その代わりに、IMEC(インド-中東-欧州経済回廊)構想と製造業連携を通じて、「不可欠の経済ゲートウェイ」としての立場を確立しようとする動きが見られる。
印伊共同宣言が「EU-インドFTAの成功裏の交渉妥結に基づく機会を活用し、双方向貿易を2029年までに200億ユーロに引き上げる」と明記したことは、イタリアがFTA活用のための欧州側のアンカー(拠点)として自らを位置づけていることの表れである。さらに注目すべきは、印仏共同声明にはIMECへの言及がない一方、印伊共同宣言ではIMECが独立したセクションとして明記されている点である。この非対称性は、イタリア固有の「経済連結性戦略」を裏付けるものである[37][23][36]。
これらを総合すると、フランスとイタリアの格上げは、性格の異なる2つの軸で欧州との関係を強化する「補完的な二輪構造」を形成していることが見えてくる。こうした動きは、インドが欧州において分野ごとにパートナーを使い分ける『アラカルト(à la carte)』型の戦略を採用しているとの指摘とも整合的である[47]。すなわち、インドは安全保障(フランス)と経済連結性(イタリア)という2つの軸を通じて、欧州との関係を最適化しようとしているといえる。
第1回と第2回を通じて見てきたとおり、2026年のフランス・イタリアとの格上げは、共通する地政学的要因を土台としつつ、フランスとは「安全保障軸」、イタリアとは「経済連結性軸」という性格の異なる2つの軸で「補完的二輪構造」を形成しているものと整理できる。
インドの「校正された多角的連携(calibrated multi-alignment)」戦略は、特定の国への依存を回避しつつ、安全保障・経済連結性・先端技術といった多面的な領域で、全方位的にパートナーシップを築いていく構造的な行動として機能している。科学技術協力はその一翼を担うものとなっており、ロシア・日本との関係で蓄積されてきた厚みに、欧州2か国の新たな力が加わった構図となっている。
「特別」というラベルは、インドが「この国とは容易に代替できない関係を築きたい」と公的に宣言する政治的シグナルである。今回の欧州2か国の参入により、「特別」グループは露・日・韓・仏・伊の5か国となった。今後、この5か国を起点として、インドの世界戦略がどのように展開していくのか、引き続き注視すべき動向である。