尹錫悦政権の科学技術に関わる国政課題~若干の解説を加えて~(上)

2022年08年26日 松田 侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

尹錫悦政権は8月17日で就任100日目を迎える。「再び飛躍する大韓民国、誰もが豊かになる国民の国を作る」というビジョンとともに登場した尹錫悦政権は、7月に120の国政課題を公開した。そのうち科学技術に関しては、「科学技術で先導できる飛躍の基盤を作る」という大きな目標の下で、7つの課題を公開した。本稿(上)では1~2を紹介する。

参考:
尹錫悦政権の科学技術に関わる国政課題~若干の解説を加えて~(中)
尹錫悦政権の科学技術に関わる国政課題~若干の解説を加えて~(下)

(1)国家イノベーションに向け科学技術システムを再設計する

目標: 国家R&D100兆ウォン(約10兆円)時代、政府と民間が力を合わせ、科学技術強国として飛躍するため、国家科学技術システムの再設計を推進する。

出典:韓国国家科学技術情報

解説: 上記図は、政府と民間のR&D費用を合わせたものである。2020年の場合、民間71兆ウォン、政府22兆ウォンで計93兆ウォンを記録した。2021年については、民間の統計がまだ不完全で正確な総額は提示されていないが、民間企業のR&D成長率(2011~2015年7.5%、2016~2020年8%)や政府のR&D投資額(2021年27.4兆ウォン、2022年29.8兆ウォン)から推移した場合、100兆ウォン近くか超えることが予想されている。1963年12億ウォン(約1.2億円)から始まったR&D投資は、約50年をかけ100兆ウォンにまで成長した。これで、韓国はアメリカ、中国、ドイツ、日本に続き、「R&D100兆ウォンクラブ」に加入した5つ目の国となった。他の先進国より遅れてR&D投資を開始したが、官民協力で短期間で技術格差を縮め、電子、半導体、鉄鋼、造船などの産業で世界トップレベルの技術力を確保し、ICTインフラは世界1位をマークしている1

主な内容:

(科学技術の役割を強化) 科学技術基盤のイノベーションで経済大国・強い安全保障・幸せな国家を実現できる科学技術政策に転換する。

・ カーボンニュートラル、高齢化など、国家が直面している問題を解決するため、タスクを明確にする科学技術体系を作り、民間・地方の主導に転換した上で、産学官連携を強化する。

・ 国家科学技術諮問会議を改編し、民間の参加と省庁間の協力・調整を強化する。

(R&Dの質的成長を目指す) R&D予算について政府総支出の5%レベルを保ち、中長期投資戦略と戦略的R&D予算配分・調整体系を作る。

・ 技術や環境変化に柔軟に対応できるよう予備妥当性調査を改善し、1000億ウォン以上のR&D案件のみ予備妥当性調査を実施する。活用性の高い成果創出のため評価制度を改善し、成果を活用できる支援体系を作る。

解説: 予備妥当性調査は、国家予算が投入される事業の妥当性を事前に検証することで、予算の浪費と事業のリスクを軽減するため1999年から導入された制度である。今までは、500億ウォン(財政支援を受けている場合300億ウォン)以上の事業が調査対象であったが、これからは1000億ウォン以上(財政支援を受けている場合500億ウォン)が対象となる。産業通商資源部は、民間企業が研究開発を行う過程での規制を少なくすることで、イノベーションを促すことが改正の目的であると明かした。予備妥当性調査が導入されて20年以上となり、その間GDPは3.3倍、物価は1.6倍上昇しものの、調査対象額は一度も調整されておらず、平均調査期間も18.4か月と調査指針の9か月をはるかに上回るものであった。民間による研究開発費が70%を超える(2020年は76.8%)韓国社会の特徴に鑑みれば、今回の改正は企業の研究開発やイノベーションを促す適切な措置であると考えられる。

(民間の科学技術レベルを強化する) 税金面での優遇措置を更に拡大することで、民間のR&Dへの支援を強化する。技術影響評価などを通じ潜在的課題をいち早く探り出す。

・ 民間の成長活力を最大限に引き出すため、企業のイノベーション能力別、類型別に合わせたR&D支援を考案する。

(研究者支援)研究者の創意性の高いイノベーション成果を創出するため、国家の研究データプラットフォームを構築し、大学や研究機関のデジタル化を支援し、デジタル研究環境を整える。

・ 研究行政システムの整備、研究行政に関わる制度の改善、研究者の権利を拡大することで、研究者への支援を強化する。国際共同研究及び設備共同活用を推進することで共同研究の活性化を実現する。

期待できる効果:科学技術システムの再構築を通じ、科学技術5大強国という目標の実現、経済成長、強い安保、国民の幸福に貢献する。

(2)他国を圧倒する核心技術で科学技術5大強国となる

目標: 技術覇権時代において、グローバル競争で勝ち抜くには、国益・安保に欠かせない核心技術を強化し、国家の力を集結して強国として成長する。

解説: 韓国が目指している科学技術5大強国というのは、アメリカ、EU、中国、日本と肩と並ぶことのできる科学技術強国となることである。韓国はこれまで先進国を追従する方法で経済や技術発展を成し遂げてきた。追いかけの方法は、新しい市場を開拓しないといけないリスクが減り、先をいく国が構築したインフラも活用できるなど一定のメリットもあるが、第4次産業革命時代においては、新産業における核心技術の確保が必要であり、追いかけの方法ではイノベーションを果たせないことが明らかになっている。今まで韓国の主力産業と呼ばれてきた、自動車、鉄鋼、船舶の市場占有率は下がり続ける一方であり、韓国が、核心技術への投資を拡大し、核心技術の確保を今まで以上に強調しているのは、これらの事情が背景にある。

主な内容:

(核心技術への投資を拡大) 半導体、ディスプレイ、二次電池、次世代原発、水素、5G、6G、バイオ、宇宙、航空、量子、AI、ロボット、サイバーセキュリティーなどを経済成長と国家安全に関わる最優先核心技術と指定し、他国に追いかけられないほどの技術確保を目標とする。

・ 部署を跨ぐ民間共同会議を開き、戦略的ロードマップを制定し、核心技術確保のため、R&D投資を拡大し、中長期R&Dプログラムを通じ核心技術の基盤を作る。

・ バイオ転換に対応できるデジタルバイオの育成、量子技術強国に成長するための技術・産業基盤を作る。

(特別法の制定) 核心技術の育成の司令塔を構築し、R&Dを優先的投資し、人材育成や国内外の協力体制に必要な「国家核心技術育成特別法」を制定する。

(R&Dプロジェクト) 目に見える成果の創出が可能で、民間の投資を促せる技術開発プロジェクトを中心に、各部署が力を合わせてR&Dプロジェクトを企画・推進する。民間専門家を中心に企画・管理を行い、産学官パートナーシップを通じ実質的成果の創出に集中する。

・ 大学・研究機関を核心研究拠点に指定し、産学官共同研究を活性化する。

(技術スケールを拡大) 大学・研究機関の研究成果を事業化できるスケールアッププログラムやファンディング支援を拡大し、実験室から創業に繋がるワンストップ支援体系を強化する。

(インフラの整備) 革新技術・産業の成長や融合を促進するため、5G、6G、量子暗号通信ネットワーク、韓国型衛星航法KPS(Korean Positioning System)、スーパーコンピュータなどの科学技術インフラを構築する。

(国際協力を強化) アメリカ、ヨーロッパを中心とする先進国との技術協力を強化し、共同研究、優秀人材の誘致、グローバルプロジェクトにおいてのインフラ共有を推進する。参考できる先例としてはアメリカとEUが共同で設置した(量子)技術共同研究センター新設などがある。

期待できる効果: 革新技術を体系的に育成することで、技術覇権を先導し、科学技術5大強国としての成長が期待できる。

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