尹錫悦政権の科学技術に関わる国政課題~若干の解説を加えて~(中)

2022年09月02日 松田 侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

尹錫悦政権の科学技術に関わる国政課題(上)に続き、(中)では人材育成に関する課題に触れていく。文在寅政権は2022年3月が制定した「第4次産業革命に向けた時期政権の課題」で、核心技術を先導できる人材育成と大胆な規制緩和こそが、次期政権の最重要課題と指摘した。これからの科学技術のグローバル競争で鍵に握るのは、人材と言っても過言ではないだろう。尹錫悦政権は、人材育成について、どう考えているのか。

参考:
尹錫悦政権の科学技術に関わる国政課題~若干の解説を加えて~(上)
尹錫悦政権の科学技術に関わる国政課題~若干の解説を加えて~(下)

(3)自律と創意性のある基礎研究を支援し、人材育成に力を入れる。

出典:韓国国家科学技術情報

目標: 研究者が主導する創意性がある挑戦的な基礎研究に投資を拡大し、基盤を作る。 大学の研究人材育成および科学技術研究の拠点としての役割を強化し、若手、女性、中堅・シニア層分け科学技術人材を支援する。

解説: 韓国は人口に対し研究者がもっとも多い国である。特に科学技術分野における人材育成については、5年に一度「科学技術人材育成・支援基本計画」が制定されるほど、力を入れている部分でもある。基礎研究への投資は、1990年代から始まり、遅れて走り出している分、まだ先進国に比べ差がある。ただ、政府による基礎研究への投資は年々増えており、創意・挑戦性の高い基礎研究に対し、2020年は2兆ウォン、2021年2.2兆ウォンを投資した。基礎研究がGDPで占める割合は0.68%で、これはアメリカの0.5%、日本の0.4%を上回る数値(2019)である。投資に比べ成果が微々であることに対しては、若手や非専任教員がR&Dプロジェクト担当者になりにくい、現場で実質的にリーダーの役割をしている中堅研究者への待遇が適切ではない、結局評価しやすいプロジェクトが採用される、などの意見が寄せられている。投資を増やすよりどこにどう投資するかにフォーカスを当てるべき時期と考えられる。今回の国政課題はこれらの問題を意識したとみられる。

主な内容:

(創意・挑戦性の高い基礎研究) 支援は行うが干渉はしないを原則に基礎研究環境を作る。

・ 研究者が主導する基礎研究とともに、国家の需要を反映し任務志向型の基礎研究にも投資を拡大し、質的成長に向け制度基盤を強化する。

・ 若手研究者から韓国を代表するトップ研究者まで、研究者レベルに合わせて支援事業への投資を拡大する。

(大学の研究力を向上) 大学を基礎研究と科技人材を育成する最主要拠点として支援する。

・ 大学の基礎研究事業を学問の類型別、特徴別、融合研究などに分け支援体系を改編する。

・ 核心技術における科学技術人材の育成と確保に力を入れる。

(全周期に渡る人材育成) 若手から中堅・シニア層に至るまでの科技人材を体系的に支援する。

・ 若手が研究だけに集中できるよう、奨学金制度、国内外で研究できるチャンスを増やし、科技兵役制度(科技専門士官、専門研究要員)を拡大・改編する。

・ 女性研究者の仕事復帰、経歴に合わせた支援体系を構築し、新産業・新技術における女性研究者を育成する。

・ 中堅・シニア層研究者に新しい仕事チャンスが回ってくるよう、循環教育を拡大し、優秀な研究者は定年以降も研究ができるように勤務環境を提供する。

期待できる効果: 基礎研究分野におけるトップ研究者を2倍に増やす。 核心技術における研究人材をG5(アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本の5つの先進国)レベルに育成する。

解説: 周知の通り、韓国には兵役義務が存在し、兵役のブランクにより学業やキャリアが影響を受けることが多い。科技専門士官制度は、理工系のエリート人材(学部生)が3年間国防科学研究所で研究開発を行うことで、兵役を代替する制度である。専門研究要員制度は、①修士(指定学科)学位取得者が指定された場所で3年間勤務する、②理工系博士が3年間研究を遂行する、③兵役判定検査4級者(補充役)で理工系学士を取得し、中小企業の付設研究所で3年間勤務する、ことで兵役を代替する制度である。いずれも理工系人材の研究や経歴にブランクが生じないよう配慮した制度である。

(4)官民協力を通じてデジタル経済覇権国家を実現する

目標:全世界がデジタル化と技術覇権で競争している中、官民が力を合わして、国家と社会のデジタルイノベーションの中心であるAI、データ、クラウドの技術基盤を強化して、メタバース・デジタルプラットフォームなどの新産業を育成してデジタル経済覇権国家に成長する。

主な内容:

(一流のAI国家) 最高レベルのAI技術を確保するため、大規模の挑戦的AI R&Dを推進して、AIの核心であるAI半導体育成事業を推進する。

・大学・中小企業のAI活用を支援するコンピューティングインフラを構築し(2023年より広州AI特化データセンター及び次世代スーパーコンピュータを導入する)、災害教育・教育・福祉など全分野においてAIを全面的に適応することでAI融合を拡大する。

(政府・民間のデータ統合) 国家データ政策司令塔を設置し、民間が必要とするデータを解放する。ユーザーが検索・活用しやすい産業基盤を作ることで、データイノベーション強国に変身する。

(クラウド・SW育成) AI・データの核心インフラであるクラウド・ソフトウェア(SW)の競争力を強化できるよう、民間クラウドと商用SWを優先的に利用し、サービス型SW(SaaS: Software as a Service)中心の環境を作り、SW革新技術の確保を進める。

(限界を突破する新技術を確保) 国家の戦略資産である技術の蓄積のため、官民共同で核心分野での大規模R&Dプロジェクトの推進を通じて技術革命を先導する。

(メタバース経済活性化) メタバース特別法を制定、日常生活・経済活動を支援するメタバースサービスを発掘することで、経済を活性化し、ブロックチェーンを通じて信頼の基盤を作る。

(イノベーション・公正なデジタルプラットフォーム) プラットフォームのイノベーション・成長を促進し、社会的価値の創出を最大化できるよう、戦略を立てるとともに、民間主導の自律規制体系を確立する。

期待できる効果: 2027年まで以下のことを実現できる見込みである。世界TOP3のAI国家(2021年は6位)、データ市場で2培以上の経済価値を創出(2021年は23兆ウォン)、グローバルメタバース市場占有率世界TOP5(2021年は12位)、世界最高レベルのデジタル技術力を確保(2020年は世界最高技術力保有国の88.6%に相当するレベル、2027年は93%相当まで目指す2)。

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