第4次産業革命時代における韓国の科学技術―③第4次産業革命時代を勝ち抜くための戦略~基礎研究の強化編~

2022年12月13日 アジア・太平洋総合研究センターフェロー 松田侑奈

政策や法令の整備の次のステップとして、韓国が積極的に取り組んだのは基礎研究の強化である。基礎研究の強化は、第4次産業革命時代を先導できる最先端技術の確保に絶対的に必要なものである。基礎研究の強化は、廬武鉉政権時から継続されている取り組みの一環であるが、基礎研究への投資は年々増加傾向にある。科学技術において、他国との技術格差をつくるには、基礎研究の強化が欠かせないとされ、投資額の増加だけでなく、研究環境の整備、研究システム改革なども積極的に行われている。

(1)基礎研究予算の拡大

韓国で第4次産業革命への取り組みが本格的に始まった2017年頃から、基礎研究への投資を増やしている。2020年の基礎研究費は、13兆4481億ウォンと、前年度に比べて3%増加した。文在寅政権が公開した科学技術国政課題の一つである「科学技術の発展が主導する第4次産業革命」には、基礎研究への投資を大幅に増やし、基礎研究に従事している研究者の待遇を改善する旨が含まれている 1

韓国では、5年に一度政権交代と連携して、基礎研究振興総合計画を制定するが、2018年に「第4次基礎研究振興総合計画(2018~2022)」が公開された。当該総合計画では、研究者が主導する基礎研究のファンディングプロジェクトへの支援を2017年の1.26兆ウォンから2022年にはその2倍に相当する2.5兆ウォンに拡大するとした。また、ファンディングを受け基礎研究に従事している大学教員の数は、2017年時点で全体の22.6%であったが、2022年までに50%程度に引き上げるとした。人数で換算すると2017年の16,184人から2022年には20,000人以上の大学教員が支援を受けられるようになる見込である 2

若手への支援を強化する一方、一番多くの成果を生み出している、基礎研究分野の中堅研究者への支援にも注力している。具体的には、2019年より、研究者の研究能力や研究内容に合わせ、ファンディングプロジェクトの種類を多様化し、優秀な研究者(プロジェクトのリーダー相当)への支援額を増やしている。従来の中堅研究者ファンディングプロジェクトは、5千万ウォン以上3億ウォン以下と単一化されていたが、プロジェクトの規模等により、5千万ウォン~2億ウォンプロジェクトまたは2億ウォン~4億ウォンに分け、より柔軟性の高い支援体系に変わった。また、優秀な研究者への支援は従来の一律8億ウォンという設定から、8億ウォンまたは15億ウォンと支援の幅が広がった 3

2022年5月、政権交代を迎えて尹錫悦政権は、2023年のR&D予算で、人材育成と基礎研究に7兆8000億ウォンを投資する予定と明かし、基礎研究への継続的な強化が見込まれる 4

(2)研究システムの改革

基礎研究への投資額増加以外も、研究者が安心して研究を継続できる環境の整備や、公平かつモチベーション向上につながる評価方法に変えるため、諸改革に取り組んでいる。上記総合計画および2021年に公開された「第4次科学技術人材育成・支援基本計画」では、研究者の待遇改善や研究システム改革について多く触れている。

①5年以上の長期研究を支援

まず、KAISTを始めとする科学技術特化大学(研究中心大学)で、2020年より「科学難題挑戦融合研究開発事業」5が展開されている。これらはいずれも5年以上の長期難題研究プロジェクトである。予算としては、5年間で460億ウォンが投資される予定である。韓国におけるファンディングプロジェクトの周期は、多くが1~3年と、短期支援が多い傾向にあったが、基礎研究への支援を強化するため、長期支援プロジェクトにも支援を展開するようになった。

②若手研究者への支援を強化

大学院生やポスドク研究者への支援がより手厚くなった。経済的に要因で研究を諦める人がいないよう、大学院生の基本生活を保障する「基本学業奨励金Stipend」が導入・拡大される。

基本学業奨励金Stipend制度は、科学技術特化大学で2019年頃から導入され始め、大学によって金額の差があるが、修士課程の場合月80万ウォン、博士課程の場合月100万ウォン規模で支給されている。

基本学業奨励金Stipend制度の毎月の支給例 6

  • KAIST:修士70ウォン、博士100万ウォン
  • 光州科学技術院(GIST):修士61万ウォン、博士137万ウォン
  • 蔚山科学技術院(UNIST):修士80万ウォン、博士110万ウォン
  • エネルギー工科大学(KENTECH):修士130万ウォン、博士160万ウォン

基本学業奨励金Stipend制度は、まだ科学技術特化大学に限定されているが、徐々に全国の大学に普及されていく予定である。

また、ポスドク研究者への支援を強化するため、従来より実施されていた、教育部のポスドク国内外研修プロジェクト、国家科学技術研究会の研究機関フィット型人材育成プロジェクト、韓国研究財団のイノベーション・挑戦研究基盤支援プロジェクトに加え、韓国研究財団のKIURIプロジェクトと科学技術情報通信部(MSIT)の世宗科学フェローシッププロジェクトが新たに加わった。2022年10月の時点で、韓国で展開されているポスドク支援事業 7は、以下の5つである。

教育部のポスドク国内外研修(1996年より~):博士号を取得して7年以内の理工系の方が対象。格差解消のため地方大学も支援している。一人あたりの支援金は年間で約6千万ウォン(期限は1~3年)。2022年度の予算額は530億ウォンで、900人程度が支援を受ける予定である。

国家科学技術研究会 8の研究機関フィット型人材育成(2009年より~):理工系博士号を取得して5年以内の方(海外大学で博士号を取得した人を優先)が政府出捐研究機関で最大2年間研究ができるよう支援する事業である。国家科学技術研究会が選定する核心研究分野のみが対象であるが、詳細は各研究機関で定めている 9。選ばれた人は年間6千万ウォン以内の規模の支援が受けられ、4大保険 10、退職金も支給(最大2年)される。2022年募集人数は112人で、平均年俸は5千万ウォン前後である。

韓国研究財団のイノベーション・挑戦研究基盤支援(2012年より~):若手研究者が失敗を恐れず、イノベーション性のある研究に挑戦してほしいという目標で展開されている事業で、理工系全分野(非専任教員も対象)を対象としている。選ばれた人は年間7千万ウォン以内(期間は1~3年)の支援が受けられる。2022年の予算は1,555億ウォンで、約2800人程度が支援を受けることになる。

韓国研究財団のKIURI 11(2020年より~):こちらは、ポスドク研究員の産業進出を促す目的で始まった事業であり、企業との共同研究や企業の課題を解決する研究に携わることが条件となっている。従って、支援を受けられる分野も、企業にとって有益かつ企業との協力が見込める理工系分野に限定されている※。博士号取得して5年以内または満39歳未満の方が対象であり 12、年間5千万~1億ウォン(最大3年)の支援金が受けられる。2022年予算120億ウォン、支援人数92人となっている。2021年にはKIURI支援を受けた人の92人のうち、16人が協力企業にそのまま就職したという実績がある。

※ 現在支援対象となっているのは、ソウル大学(バイオヘルス)、成均館大学(エネルギー環境)、延世大学(未来自動車部品)、浦項工科大学(バイオ治療剤)である。

MSITの世宗科学フェローシップ(2021年より~):こちらは若手研究者が安定した支援を受けながら研究に邁進できるように支援する事業で、研究分野なども特に限定されていない。博士号取得して7年以内または39歳未満の方、非専任教員(有期採用)の理工系の人であれば、応募が可能である。支援金は他事業より多めで、年間1億ウォン以内で支援を受けることができるほか、子供手当なども支給される。支援期間は最大5年で、2022年の予算は3100億ウォン、支援人数は300人程度である。

③自由な研究環境作り 13

「自律、責任、公正、専門性」をキーワードに、研究者がより自由な環境で研究に邁進できるよう諸改革に取り組んでいる。まず、ファンディングプロジェクトの場合、元々毎年使える研究費が定められていたが、研究期間内であれば、研究費の使用を自由に調整できるようになった。すなわち、研究費総額と研究期間だけを定め、その具体的な使用額は研究者に委ねられたのである。また、研究プロジェクトの必要性に応じ、研究期間を一定期間延長することも可能となった(但し研究費は増加はなし)。

そして、事務作業が研究者に与える負担を軽減するため、大学では研究支援スタッフを増やし、研究費の支給、清算、各種申請資料の作成をサポートするようにしている。ファンディングプロジェクトでは申請資料を簡素化している。様式が細かく規定されていた、各種申請書、研究計画書、報告書については、各省庁が改善を行い、規定を必要最小限にとどめるとした。なお、経費の使用においても支出禁止項目を最低限に抑えるとした。

また、基礎研究の継続性を考慮し、実績のある研究者に対しては、継続的な研究ができるよう支援を強化するとした。評価の公正性、専門性を確保するため、専門評価チームを構成し、基礎研究について評価を行う際には、基礎研究プロジェクトを担当した経験のある専門家の参加を必須にしたうえ、分野別に評価を行うとした。その他、ピアレビューはもちろん、研究者との十分の議論もかねて、プロジェクトの特徴を生かした多様な評価方法に取り組むとした。

④安全な研究環境への取り組み

更には、学生がより安全な環境で研究・実験を行えるよう、2019年に「労災保険法」を改正し、もしも学生が大学の研究室で事故にあった場合、労災としてみなし、補償を行うようになった。また、大学での研究室安全管理委員会の設置・運営を義務化し、研究室には防具の配置を義務化した。更には、研究室安全管理費として使える予算が、大学の研究経費の1~2%程度に限定されていたが、2020年の研究室安全法改正によりその制限が廃止された。これによって学生の研究環境の整備に使える予算が増え、学生達がより安全で安心できる環境で研究や実験に取り組めるようになった。

科学技術において、先進国を追いかける国(Fast-Follower)から、先導する国(First mover)への変換は、韓国が多年間言及し続けた目標であり、新政権の国政課題でも同じ内容が言及されている。科学技術を先導する国になるには、基礎研究の強化が絶対的な条件であり、基礎研究の強化は、第4次産業革命での核心技術におけるボトルネックを解決できる方法でもあるため、今後更なる投資や強化が予測される。

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