【現地専門家インタビュー】韓国大学の創業人材育成③~学生創業数1位を誇る漢陽大学篇

2024年1月18日 松田 侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

※【現地専門家インタビュー】韓国大学の創業人材育成シリーズは、韓国の大学発創業、創業人材育成実態について明らかにするため現地調査を行い、専門家のインタビュー内容をベースに作成されたものである。

韓国には、科学技術に特化した各大学をはじめ、韓国の科学技術の発展及び理工系の教育を先導している優秀な大学がいくつも存在する。アジア・太平洋総合研究センターではこのほど、韓国の理工系名門大学とファンディングエイジェンシーである韓国研究財団(NRF)を訪れ、大学での創業人材育成についてインタビュー調査を行った。3回目は漢陽大学を紹介する。

漢陽大学は、理工系人材、特に実務人材の育成で有名である。また、創業支援を最も早く開始した大学でもある。学生による創業企業の数5年連続1位、CEOを最も多く輩出した大学3年連続1位、教育部が選定した創業教育最優秀大学に2年連続に選定されるなど、数多くの優秀な実績を持つ。漢陽大学は、如何に創業人材を育成しているのか。今回は、創業支援センターのセンター長を務めるジン・ギチョルさんを取材した。

漢陽大学 創業支援センター センター長ジン・ギチョルさんに聞く

漢陽大学創業支援センター長 ジン・ギチョルさん

ジン・ギチョルさんへのインタビューは以下の通り。

Q1:漢陽大学は、最も早く創業支援を開始した大学と聞いたが、早期から創業支援を注目した理由は?

ジンさん:創業企業の養成を目的とするグローバル企業家センターは2009年に設立された。これは国内大学としては初である。また、スタートアップアカデミーは2012年から運営を始めたが、非常に早いスタートだと言える。当時は、社会全体が創業への認識が進んでおらず、運営が難しかったが、政府は仕事の創出に注力していたため、創業支援が絶対的に必要だと判断した。今になってみれば、当時の選択は正しかったと思う。

Q2:創業への認識や雰囲気は支援を始めた当時と比べて大きく変わったのか?

ジンさん:だいぶ変わった。難しい部分は依然として残っているが、例えば、ソウルはスペースに限りがあるから創業スペースへの悩み、資金調達、親の反対等。ただ、政府の支援も豊かだし、大学も10年以上創業支援を行ってきたので、ノウハウも蓄積されている。

漢陽大学コマックススタートアップタウン

Q3:漢陽大学ならではの創業支援の特徴はあるのか?

ジンさん:ホームページが非常によくできている。支援申請等はWEB完結ができるから、手間がかからないというのが大きな特徴といえる。

また、漢陽大学の教員や学生のみならず、一般人にもプラットフォームを提供している。すなわち、可能性があるアイテムと判断したら、校内校外問わず、支援できるようにしている。採択された人には、教育プログラムで創業に必要な知識全般を教えている。

漢陽大学では、学校の支援が無くなった後でも、学生が自力で企業を運営できるよう、「自立・成長」をキーワードにカリキュラムを組んでいる。学生にまずチャレンジできるチャンスを多く付与し、必要な支援を惜しみなく行っている。そして、投資家や創業に欠かせない各分野の専門家の紹介、投資家の前に如何に自分のアイテムをアピールすべきかを教えるため、プレゼンの練習や指導を他所より多く行っている。こうした徹底した教育のおかげで、漢陽大学が学生創業数国内1位になれたと思う。

キャンパス内には、学生のための創業空間である「コマックススタートアップタウン」が用意されてある。これは302.53㎡の2階建てのビルであるが、中には会議室、商品制作室、スタジオ、事務室、学生の宿舎等が入っている。創業を希望する学生達には最適な空間である。キャンパス内に学生の創業のための専用ビルがある大学は実に珍しいと言える。

また、総合技術研究院(HIT、Hanyang Institute of Technology)という建物も別途あるが、ここには、外部のベンチャー企業、大学の研究機関のための研究・業務スペースが用意されている。今、HITに入居しているベンチャー企業は25社程度である。

総合技術研究院(HIT)

Q4:漢陽大学で進めている創業支援事業の中で規模が最も大きいのは?

ジンさん:「創業中心大学」事業が最も規模が大きい。これは、韓国中小ベンチャー企業部が毎年670億ウォン程度を投資して行っている事業であり、地域別に6つの大学を選定して5年をひと周期に進めている。6つの大学の中では漢陽大学が最も早く選ばれた。

それから、ソウル自治体が進めている「ソウル市キャンパスタウン」事業に参加している。キャンパスタウン事業は、大学のキャンパス周辺に創業支援施設や創業スペースを沢山作り、投資を希望する企業もそのエリアに入駐することで、企業―大学―自治体の協力で地域の活性化と創業推進を目指すものである。先ほど紹介した「コマックススタートアップタウン」もこの一環である。

Q5:留学生も多いと知られているが、留学生向けの創業支援も活発であるか?

ジンさん:残念ながら留学生向けの創業支援はあまり活発ではない。まず韓国に定着が難しい部分があるし、留学生は留学生だけでコミュニティができてしまい、韓国の学生との融合が難しい傾向がある。そのため、創業を希望する人も少ない。

Q6:他大学を取材した際に、ディープテク関連創業が少ないことが課題と言われたが、漢陽大学はどうなのか?

ジンさん:その課題には共感する。我々もディープテクには支援したい気持ちが非常に強い。ただ、ディープテクは教員、大学院生がメインになってくるので、そうすると研究室の技術特許問題が関わってきて、ややこしい部分が多い。

現状でいうと、ディープテク関連では、20チーム程度支援している。主にロボット、ブロックチェーン、バイオ、エネルギー分野である。

Q7:就職と創業の希望者でいうと、割合はどうなのか

ジンさん:7対3くらいである。まだ就職を希望する人が多い。ただ、創業希望者が年々増加してはいる。学生達が自ら立ち上げて運営する創業クラブも120個程度まで増えている。我々の創業支援センターでもPR活動に全力を注いている。「失敗してもいい、やってみって!シードマネーは支給するから」が一番多く言っているフレーズである。

Q8:創業支援センターの実績はどうなのか

ジンさん:実績のカウントが難しいし、失敗ケースの定義も難しいので何とも言えないが、漢陽大学は毎年高評価を頂いている。我々は支援を受けた人々が継続的に活動を行っているかどうかだけフォローし具体的な統計は取らない。率直にいうと卒業したら追跡が難しい。それから、スタートアップって最初はどこも赤字が多いから、いちいち気にすると創業支援ができない。

Q9:失敗ケースの定義が難しいと言ったが、優秀なケースは何をもって判断するのか?

ジンさん:民間の投資を受けたら成功事例とする。政府は初期の育成段階だけ支援を行うので、投資は企業から得る必要がある。初期以降からが本当の実力勝負なので、民間から投資が得られたら、優秀と言える。

Q10:創業支援には企業の支援も大事であるが、漢陽大学と企業の協力はどうなのか?

ジンさん:ありがたいことに協力してくれる企業は多い。そのおかげで、大企業とコラボしてコンペを開催したり、LG等のオープンイノベーションに積極的に参加したりする。百貨店が学生活動のためにセクション譲ってくれる場合もある。

Q11:第一線で創業支援を行っているが、感じる課題は?

ジンさん:1つ目は、大企業は「育てる」というところには、あまり興味がなく、良さそうな技術があれば、投資より直接買っちゃうことが多い。それが海外との一番大きい違いだと感じる。

2つ目は、ソウルはスペースがいつも足りない。私たちの大学も創業希望者の宿舎も数が足りなくて、司法試験制度改革前に使っていた宿舎をリノベーションして使っている。しかもひとり2年限定で。よく言われるのが、「ソウルはスペース不足、地方は人材不足」。

3つ目は、専門家が少ないこと。どこもそうだと思うが、就職難である同時に人材不足問題があり、1つの分野に詳しい専門家の確保が決して容易ではない。

4つ目は、資金調達である。投資する企業は審査基準が厳しい。また、企業との相性もあるので、ただ技術が優れているから調達できるわけでもない。複数の要因があり難しい。技術的には可能性があるのに、投資してくれるところがない時が一番苦しい。

最後に5つ目は、教授の認識。学生の創業が活発になるには、いくら自分の研究室を使って研究したとしてもそれは学生の成果と認めるべきだが、教授は自分の研究室で出た成果は全て自分のものと思う。

Q12:漢陽大学の創業支援プログラムの中で評判がいいのは?

ジンさん:産業界の人々による講座は人気が高い。あとは、「スタートアップトークコンサート」といって、創業に成功したOB/OGによる講演等も評判がいい。やはり創業を促すには、成功事例に沢山触れることだと思う。そこから「私もやってみようか」という気持ちが沸いてくると思う。

Q13:グローバル進出を目指す学生はいるのか?

ジンさん:少ない。まずは国内でしっかり基盤を作るのがファーストステップである。グローバル進出だとコンサルティングを受けるだけで相当な金額である。ただ、漢陽大ネットワークはよくできている。海外で活躍している漢陽大出身者も非常に多いので、漢陽大ネットワークでメンター(Mentor)グループも構築しており、創業人材育成に大きく貢献している。

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