2025年6月26日 安 順花(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
世界的に科学技術分野の高度人材獲得競争が激しくなっている中で、韓国政府がAI融合分野の博士レベルの若手高度人材の確保に本格着手した。
韓国科学技術情報通信部(科技部)は6月15日、韓国科学技術院(KAIST)など4つの科学技術院と共に、今後5年間3000億ウォンを投じて、AI分野のポストドクター(ポスドク)400人を採用すると明らかにした。ポスドク一人当たり年俸9000万ウォン(約946万円)を保障し、研究費を追加支援することで、優秀な若手研究人材を呼び込む。
具体的には、科技部とKAIST、光州科学技術院(GIST)、大邱慶北科学技術院(DGIST)、蔚山科学技術院(UNIST)の科学技術院4校はAIコア技術及びAI融合技術研究をリードしていく8つの「イノコア(InnoCORE)研究団」を選定し、それぞれポスドクを採用する。
科技部と科学技術院はこのイノコア研究団事業を通じて、国内博士レベルの高度人材の海外への流出防止及び、海外滞在の韓国人研究者の呼び戻し、海外の優秀な外国人人材の誘致につなげる。近年科学技術人材の国際交流や移動が拡大しているなかで、国家間移動がより容易な若手人材であるポスドクの獲得に重点を置く。
イノコア研究団事業は4つの科学技術院から出捐金を受けて実施され、国内の優れた産学研究機関との協力型融合研究を支援する。韓国政府はAI分野を中心に激化しているグローバル科学技術人材獲得競争で後れを取ってはいけないという認識から、至急を要する事業として前政権下の5月2日に2025年度追加補正予算に盛り込まれ、直ちに研究団選定作業に着手したもの。初年度の2025年度(6か月分)は300億ウォンを配分し、来年度からは年間600億ウォンずつ、5年間合計3000億ウォンを投じる。
ポスドクは先端技術研究において成果創出の潜在能力に高い期待が寄せられているが、韓国では臨時職員として支援規模や処遇など待遇の不十分さが指摘されている。韓国科技部によると、米国MITの場合、2024年時点で専任教員1090人に対して、ポスドク数は1534人である。一方、同年の韓国の科学技術院4校の専任教員数は1388人、ポスドク数は792人であり、MITに比べてポスドクの割合が少ない。年俸では、MITのポスドクの場合、約8万ドル(約1159万円)に対し、韓国の4つの科学技術院は約4800万ウォン(約505万円)であり、韓国の科学技術院ポスドクの平均年俸はMITの41%程度にすぎない。これが国内博士号取得者の米国ポスドク志願増加の原因となり、高度科学技術人材の海外流出につながっていると指摘されている。そこで、同事業ではポスドク一人当たり報酬9000万ウォン、研究費6000万ウォンに加えて、企業や寄付金などから追加マッチングすることで、年間1億5000万ウォン以上の水準で処遇を改善する。
4つの科学技術院はAIモデル、フィジカルAIに、製造・バイオ・エネルギーなどAI融合分野となる8つの研究団を選定した(表参照)。
研究分野 | 研究団・目標 | 参加研究機関 |
---|---|---|
AIモデル | 超巨大言語モデル革新研究団:超巨大言語モデルの国家源泉技術力の確保 | KAIST(主幹)など4つの科技院、ソウル大学、NAVER、LG AIリサーチ、Google、Meta、IBM Researchなど |
フィジカルAI | Bio embodied physical AI研究団:AI・ロボット・バイオ基盤の次世代フィジカルAIエコシステムの造成 | DGIST(主幹)など4つの科学技術院、ソウル大学、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(UIUC)など |
製造AI | AI基盤知能型設計-製造統合研究団:知能型製造全周期AIプラットフォーム構築を通じた産業革新 | KAIST(主幹)など4つの科技院、LG電子、HD現代重工業、機械研究院、MIT、カリフォルニア大学バークレー校など |
AI+バイオ | AI-革新新薬研究団:AI基盤の新しいモダリティによる5大難病克服、新薬開発の全周期における革新を先導 | KAIST(主幹)など4つの科技院、化学研究院、生命工学研究院、KISTI、KIST、マックスプランク研究所など |
AI+バイオ | 脳疾患早期診断に向けたAIナノ融合研究団:退行性脳疾患の早期診断を通じたグローバル健康増進 | GIST(主幹)など4つの科学技術院、全南大学病院、KIST、T3Q、ハーバード大学など |
AI+航空・宇宙 | AI-Transformed Aerospace研究団:航空宇宙AI分野の市場シェア5%確保、年間25兆ウォン市場創出 | KAIST(主幹)など4つの科学技術院、ソウル大学、MIT、ドイツ航空宇宙センター(DLR)/オランダ航空宇宙センター(NLR)など |
AI+エネルギー | 知能型水素技術革新研究団:AI基盤グリーン水素技術の商用化により、既存水素工程の50%を代替、年間200兆ウォン市場創出 | UNIST(主幹)など4つの科学技術院、POSTECH、ソウル大学、化学研究院、スタンフォード大学など |
AI+エネルギー | AI-宇宙太陽光研究団:AI基盤の宇宙太陽光発電分野市場シェア10%を確保、年間1兆ウォン市場創出 | UNIST(主幹)など4つの科学技術院、ソウル大学、化学研究院、オックスフォード大学 |
出典:韓国科学技術情報通信部
8つの研究団は科学技術院間の融合研究のみならず、国内外からの産学研究機関も参加するオープンイノベーションを目指す。各研究団は複数の科学技術院、大学・研究機関と提携し、教員-ポスドク-大学院生の協業研究の形で構成される。また、研究力向上のために、ポスドクに複数の科学技術院の教員をマッチングするマルチメンタープログラムも運営する。加えて、科学技術院の研究施設や装置など研究インフラをポスドクに開放することで、優れた研究成果創出につなぐ。
今回イノコア研究団事業は、国内外からAI分野のトップレベルの優秀な若手人材を選抜し、最高レベルの処遇を提供することや、ポスドクの個別研究を中心とする形態から、国家レベルの研究開発テーマを掲げて科技院を中心とする国内外の産学研究機関の優秀な研究者グループとのチーム型・融合研究を行うこと、また、優れた研究インフラの共同活用といった最高の研究環境を提供することなど、これまでのポスドク支援事業とは大きく異なる。
韓国科技部と科技院は6月にポスドク公募開始とともに、優秀な外国人人材および海外滞在韓国人人材を呼び込むために、米国ニューヨーク、シリコンバレー、ボストンで現地説明会を開催する。また、ネイチャー、サイエンスのような国際的なジャーナルに広報活動も行う。
「InnoCORE」ポスドク採用説明会広報ポスター
(出典:韓国科学技術情報通信部)