量子技術で対話形式のウェビナー開催、国家戦略の実現を後押し オーストラリア

2023年7月6日 斎藤 至(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

量子技術が科学技術や産業界にもたらす影響は非常に大きい。世界で研究開発競争が激化するなか、アジア・太平洋地域は、2010年代に入って著しい論文発表数の伸びを見せている。本コラムでは、先般「国家量子戦略」を公表したオーストラリアの更なる動向を紹介する。

量子技術は社会全体に影響を及ぼすが、そのリスクや不確実性にも考慮を要する
(写真はイメージ)

オーストラリアは1990年代の基礎研究の蓄積を活かし、量子技術の研究開発を強化している。2010年代後半からは、サイバーセキュリティ成長センターの創設、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)による応用可能産業の特定、防衛科学技術戦略2030や重要技術青写真における言及など、政府の関係諸機関が相次いで強化策を打ち出してきた。

一連の動向の集約点となるのが、2023年5月3日に公表された、国で最初の「国家量子戦略」である。2022年4月6日から6月3日までパブリック・コメントを募集し、2022年9月23日には国家量子諮問委員会を設立するなど、市民社会と専門家双方の視点から議論が重ねられてきた。既報のとおり1、2030年までに22億オーストラリアドル(1豪ドル=97円、約2,130億円)の産業界で8,700人の、2045年までに60億豪ドル(約5,800億円)の産業界で19,400人の新規雇用創出を目標に掲げ、5つのテーマを掲げて進行中である2

2023年6月14日には、産業・科学・資源省(DISR)の主催で、対話形式の公開ウェビナーが開かれた。国家戦略の公表を踏まえ、量子技術の最新情報開示と意見交換を通じ、一般市民や関連研究者のニーズに沿った社会実装を図ることを目的とするという。

首相科学顧問のキャシー・フォーリー(Cathy Foley)氏は、ウェビナー冒頭の挨拶で、量子技術が2045年までに生むと期待される莫大な経済効果を踏まえ、「量子技術企業への投資インセンティブを高め、量子技術がもたらし得る根本的な変化に経済全体が備えるうえで、関連企業は量子技術のもたらす高い収益性を認識する必要がある」と述べた。一方で「今なお萌芽期にある量子技術は、研究開発に途方もないリスクを伴い、近い将来に成果・利益を得られるとは見込みにくいことから、投じる時間・労力・資源の見通しを考慮することも必要だ」と指摘した。

フォーリー氏の挨拶に続き、DISR量子技術チームの統括者であるジャクリーヌ・クック(Jacqueline Cooke)氏より、現在検討段階にある2つの新事業について概要が説明された。

オーストラリア連邦政府は2023年度の予算で、量子国家戦略に基づく研究開発振興として600億豪ドル(約5.8兆円)を計上し、「量子成長センター」「国家重要基幹技術課題プログラム」という2つのイニシアティブを立ち上げ、それぞれ198億豪ドル(約1.9兆円)、402億豪ドル(約3.9兆円)を充てるとしている。

「量子成長センター(Australian Centre for Quantum Growth)」は、量子技術産業の成長を支え、量子技術への需要を触発することを目指す。一連の産業成長振興策として、4年間で既存の組織に1,850万豪ドルのファンディングを付与する。同センターは、共同研究の機会支援、教育・啓発活動の実施、国際連携、技術輸出・投資機会の増進を図る。助成金の支給は公募による競争的選抜手続きをとり、年内に募集開始し、2024年初頭から2027年6月を助成期間とする予定である。

「国家重要基幹技術課題プログラム(Critical Technologies Challenges Program)」は量子技術を用いた国の重要課題解決に資するべく、一件3,600万豪ドルを助成金として付与する事業である。国内の研究者・企業が応募資格を持ち、研究グループの一員に必要であれば、オーストラリア国外からの参加も検討される。応募内容は政府配下の専門家パネルによる審査のうえ採否が決定される。

両氏の講演・説明ののち、開示された応募概要の詳細や見込まれる便益について、参加者との質疑応答がなされた。

国家戦略の策定を機に、オーストラリアも今後、量子技術開発競争のトッププレイヤーとして再び浮上してくると考えられよう。更に、戦略を踏まえた新しいプログラムの実施で、世界の成功事例に触発された課題起点のイノベーションが生まれ、産学官の広範な連携が進むことが期待される。

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