2022年02月09日
松島大輔(まつしま だいすけ):
金沢大学融合研究域 教授・博士(経営学)
<略歴>
1973年金沢市生まれ。東京大学卒、米ハーバード大学大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省後、インド駐在、タイ王国政府顧問を経て、長崎大学教授、タイ工業省顧問、大阪府参与等を歴任。2020年4月より現職。この間、グローバル経済戦略立案や各種国家プロジェクト立ち上げ、日系企業の海外展開を通じた「破壊的イノベーション」支援を数多く手掛け、世界に伍するアントレプレナーの育成プログラムを開発し、後進世代の育成を展開中。
アントレプレナー・インターンシップを通じ、新しいカタチの大学と企業との在り方を追求する。著者は、前職長崎大学在職中から、従来の産学連携の在り方を超えて、国際産学融合を実践してきた。長崎大学では、「長崎ブレークスルー」という取り組みを通じて、単なるインターンシップではなく、学生を触媒とした地元企業の、タイやインドなど新興国市場への海外展開を通じた再創業を進めるというものである。
現在、筆者が奉職している金沢大学で2021年4月に発足した先導学類では、2年次の正課必須科目としてこのアントレプレナー(未来成長分野開拓型)・インターンシップを提供する=下記図。
2年次のインターンシップの流れ
本学類では、3年次では留学や海外インターンシップが必須であり、この2年次のアントレプレナー・インターンシップ必須科目を踏まえて、海外での新事業創出を目指すことが可能である。1年間の企業へのインターンシップというカリキュラムを通じて、学生を育成してく。その具体的なプロセスを紹介しよう。
ではどのように具体的に実践していくのか?金沢大学の試みはこれからになるが、実際に再創業支援型のアントレプレナー・インターンシップについて、海外との連携の結果、再創業の萌芽をつかんだ具体的な成果事例を紹介しよう。このプロセスを理解することによって、この再創業支援型のアントレプレナー・インターンシップがいかに重要であるか、また大学として、「教育×地域×研究」という、後述の産学融合につながる視座を持つ重要性が理解できるだろう。
前職の長崎大学では、長崎ブレークスルーという産学が連携してアントレプレナー・インターンシップの萌芽を展開する組織を創設した。この組織を通じて、学生の参画による企業の新興国市場展開を通じた再創業を進めてきた。一般社団法人「長崎ブレークスルー+」を創設、学生の海外でのインターンシップや留学を支援するための奨学金ファンドを組成することに成功した。当時、日本政府が協力する海外留学支援のスキームや地方自治体の企業支援スキームを活用し、地元企業の賛同と資金拠出によって、学生の具体的な支援が可能となった。最終的に、3年近くの活動を通じ、全体で50名近くの学生が留学することで、現在でもグローバルに活躍する学生が輩出されたことは心強い。世界中の地域課題を収集し、これまで新興国を中心に国際産学連携に対して極めて濃厚で有用なネットワークを構築してきたところである。
この仕組みを活用して再創業型を実現した事例を一つ紹介しよう。消防自動車製造事業を展開する、長崎県大村市に所在するナカムラ消防化学(http://www.n-fc.com/)の事例である。同社の事例については、既に企業目線で説明した(『新アジアビジネス』松島大輔(2019)P.245参照)。ここでは、敢えて大学と学生目線で説明する。
同社のタイ展開について、当初、当然ながら消防自動車市場がターゲットとされた。どの国でもそうだが、防災関係や災害対策(Disaster Management)関連の市場は政府直轄であるか、相当厳しい規制業種であることが多い。いわゆる政府間調達(government to government: G to G)が主流になるため、民間企業が出る幕が無いというわけである。日本も御多分に漏れず、消防自動車製造は規制業種であり、現在日本には8つのメーカーが存在する。防災の要である消防自動車が規制を受けることは当然であるが、同時に、日本の国内市場における構造的なシュリンクによって、消防自動車市場も成長は見込みにくい。地域性がモノを言う世界でもある。大学など研究機関がこうした分野で協力するとすれば、例えば、消火活動に投入される消火成果などの実証を行うことは重要である。効果測定については、従来型の大学の関与が効果的である。すなわち、その分析的な検証、再現可能性の確認である。これが従来型の産学連携であるとすれば、今回展開されたアントレプレナー型の産学融合とは、繰り返しになるが、これを逆立ちさせる。先ずは市場の課題を設定するところから始めるというわけである。
ナカムラ消防化学の場合、先ずは手探りでタイの消防自動車市場を調査することから始まった。先ずは仮説として、日本と同じようなニーズが存在するか否か、このあたりを確かめるというわけである。この市場調査の密命を帯び、最初に長崎ブレークスルーに参加する学生が、タイの国際機関メコン研究所(Mekong Institute)に国際インターンシップを兼ねて留学することになった。このメコン研究所の名物国際部長がMadhurjya K. Duttaさんというインド出身でASEAN(東南アジア諸国連合)の開発畑一筋の方であり、著者がインド関係で長く仕事をしていた関係で大変仲良くしていただいた=下記写真。そのよしみを通じて、長崎大学の学生の面倒を見てもらったというわけである。
Duttaさん(左)と筆者
このメコン研究所は、日本の読者にはなじみが薄いかもしれない。タイ政府が肝入りで応援している国際機関であり、タイ東北部イーサン(Isan)地域の重要都市コンケンにあるコンケン大学(Khon Kaen University)の中にある。タイを良く知る方なら、イーサン料理は激辛で有名で、一方、訪問するたびに勧められるのは、「アリの卵入りのオムレツ」という珍味である。また化石の発掘でも有名になっており、王女の名を関した恐竜博物館があり、ちょうど福井県も世界三大恐竜博物館を擁し、コンケンの化石の発掘調査支援をしているということで、タイの大臣とご一緒して訪問させて頂いたことがある。
このメコン研究所がなぜ重要なのだろうか。実はいわゆる「陸のASEAN」と呼ばれるメコン河流域諸国であるタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナムという政府および政府関係機関の若手や中堅官僚の研修所となっているという点である。この国々は、新興国としてこれからの発展ポテンシャルも高く、同時にこれから山積する課題の解決を目指すという意味でも、注目すべき地域といえるだろう。この地域では地域協力のフォーラムとして、大メコン地域サミット(Greater Mekong Sub-region (GMS) Summit)を立ち上げている。中国は官民挙げてこのメコンサミットに大変関心が高く、筆者が2011年にタイ王国政府国家経済社会開発委員会(National Economic & Social Development Board:NESDB)政策顧問として出向していた際、アーコム長官に誘われてミャンマーの首都ネピドーで開催された第4回GMSサミットに参加した。その際、中国企業が100社以上参加し、それぞれの作業部会で自らのビジネスチャンスを模索して積極的に交流を進めている模様であった。国境を接する中国ならではの方法である。日本も日メコン首脳会議を開催し、この地域へのプレゼンス向上に躍起になっているが、「一帯一路構想」や「アジアインフラファンド」などの資金的な裏打ちのあるイニシアティブや、こうした民間企業の活動がメコン地域に浸透していくことによって中国の影響が色濃くなりつつある。
集まってくる各国政府の若手、中堅官僚たちは、ちょうど明治維新期に新国家造りを託された若者たちのような真剣さがある。著者も何度もこのメコン研究所で講義やワークショップを担当してきたが、いつもいろいろな発見や出会いがある。ここに長崎大学の学生を派遣し、様々な仮説を学生自らが検証してきた。
最初は消防自動車として、タイやメコン地域の市場でどのように貢献できるかがテーマとなった。しかしすぐさま最初の問題に直面する。当然ながら、タイでも消防自動車の製造会社は存在する。またタイの場合、中国やインドからも消防自動車を輸入しており、競争力の観点から、コストやスペックについて検討する必要がある。特にスペックについては、「現地化」が不可欠であり、タイの消火活動の現状を理解する必要がある。これらを学生が実地に調査しいくつかの提案に繋がった。この探索型のプロセスが極めて重要である。こうした試行錯誤のプロセスを経ることで、新たな破壊的イノベーションの萌芽を得ることができる。その一方で重要なのは、無手勝流に、全く関係ないところから試していくというのも効率が悪い。むしろこの企業のコア・コンピタンスに着目し、その活用方法を模索することによって、適正な範囲での詮索、探索活動が可能となる。その妙味こそが、再創業支援型インターンシップの要諦である。企業の強みを別の文脈で展開する。このための探索活動を学生が担当することで、学生にとっては破壊的なイノベーションの萌芽をつかむトレーニングとなり、また組織化やシステムメーキングというアントレプレナーとして必要となる能力を育むことにつながる。学生を受け入れる企業側にとっては、再創業のチャンス、特に海外であれば、その可能性を吟味せぬまま終わっている機会損失を回収することができる。まさに互恵的な取り組みなのである。
今回この試行錯誤の結果、タイ北部チェンマイ(Chiang Mai)の山岳地域に注目することになった。その内容については、次回さらに話を進める。