2023年1月31日 JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー 斎藤 至
前編では東南アジア諸国連合(ASEAN)と欧州連合(EU)との間で採択された、史上初のEU-ASEANサミット共同声明を概観してきた。とりわけ、最近の情勢に照らして重要なのは「コネクティビティ(接続性)」の復興である。コネクティビティが重視される背景には、新型コロナ禍などにより生じたサプライチェーンの分断がある。後編ではこの点を軸にEUとASEANの協力について述べたい。
「コネクティビティ」とは、情報通信網を通じた人々のコミュニケーションにとどまらない。2010年代から現在に至る米中摩擦、新型コロナ禍、そして2022年2月にロシア軍によるウクライナ侵攻により、世界では接続性の分断、特にサプライチェーンの脆弱性が露呈している。こうした現状認識に立ち、各国政府はコネクティビティ復興策の一環として、ASEANとの通商・外交関係を近年相次いで強化している。
アジア・太平洋地域では、日本に続いて韓国も近年、ASEANとの関係強化を明確にし始めた。文在寅政権期の2018年頃から外国直接投資(FDI)が既に増額し、2020年には2010年の2倍に及んでいたが、2022年5月に誕生した尹錫悦政権では、さらに外交関係も強化するとしている 1。
そしてEUもASEANを、貿易・投資パートナーかつ、サプライチェーン確保の場として重視している。2021年12月には、発展途上国向けインフラ投資などを増強する新戦略として「グローバル・ゲートウェイ」を発表し、2027年までに世界へ約3,000億ユーロ(約43.2兆円)を投資することを掲げた。EU-ASEANサミットでも100億ユーロ(約1.4兆円)の拠出を表明し、ASEANはこれを「グローバル・ゲートウェイの実現に向けたEUの貢献」と捉えて歓迎を表明している。また既報の通り、EUはこの機会にASEAN加盟国であるマレーシアおよびタイとそれぞれパートナーシップ・協力協定(PCA)にも署名した 2。
グローバル・ゲートウェイ戦略は、新型コロナ禍対策としてはもとより、中国が掲げる一帯一路構想(Belt and Road initiative)への対抗という含意を併せ持つ。また、本稿では紙幅の関係で割愛するものの、近年のEUによる施策で言えば、エネルギーに関しては欧州グリーンディール 3を、研究開発振興に関しては研究・イノベーション資金助成枠組み計画であるホライズン・ヨーロッパ 4を、それぞれ見逃すことはできない。
EU-ASEANサミットに参加する両地域の首脳陣。(左から)シャルル・ミシェルEU大統領、リム・ジョクホイASEAN事務局長、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長
© European Union, 2022 / Source: EC - Audiovisual Service / Photographer: Christophe Licoppe
欧州統合はその当初から「多様性の中の統一」を理念に掲げ、EC/EUの推進する「モノ・カネ・ヒト」の自由移動は、EU域内関係では共同市場の形成から通貨統合への動き、シェンゲン協定の発効へと進んだ。またEU域外関係では人材交流や研究開発の支援という形で展開し、東南アジア地域の科学技術にも好影響をもたらしてきた。欧州と東南アジア、各地域の統合を推し進める「地域主義」から見れば、EU-ASEAN関係は、今日のASEANのあり方に影響を与えたと共に、気候変動対策やクリーンエネルギー導入に際して、近年重要性を増しているという 5。
両地域の関係が今回のサミットを契機に深まる一方、地域連合と加盟国の間には温度差が存在する。そもそもEU-ASEAN関係の重要性を認識しているEU加盟国は多くない、という調査結果もある 6。だが、上述した貿易(技術貿易も含む)や研究開発人材交流の厚みに照らせば、EU-ASEAN関係は、ASEANのみならずEUにも一定の好影響をもたらしているといえないだろうか。
2023年には、ASEANが日本との友好協力関係を結んで50周年を迎える。またASEANがEUとの外交関係を樹立した1977年は、日本が初めてASEANと首脳会議を開催し、両地域の対等なパートナーシップをうたった福田ドクトリン 7の表明と同年にあたる。この節目を見越して、日本では関係諸機関により様々な会合や対話の場が企画されている。EUそして日本との協力関係は、ASEANが地域連合として深まりを見せるに伴い、相互にますます発展のチャンスをもたらすに違いない。