2025年1月29日 斎藤 至(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
1月20日にドナルド・トランプ氏がアメリカ合衆国(以下、米国)の第47代大統領に就任し、第2次トランプ政権(以下、トランプ2.0)が発足した。自国第一主義に根ざす「偉大なアメリカの再興」を掲げ、関税や国境管理等の手段による隣国への排外的姿勢や、欧州や中国への強硬姿勢が懸念され、アジア・太平洋地域への姿勢にも変化が注目されている。本稿では科学技術協力の観点を織り交ぜつつ、今後の可能性について考察したい。
バイデン前大統領は、東南アジア諸国連合(ASEAN)関連のサミットを2023年から2年続けて欠席した。これにより、ASEAN加盟国の首脳陣に「自国・地域は米国の最優先事項でない」との認識を与え、米国の東南アジア地域での影響力が低下しているとの指摘が複数ある1。
相対的に、東南アジア地域ではその他の諸外国・地域が存在感を増している。欧州連合(EU)が東南アジア地域固有の天然資源を活かしたグリーン技術で協力を行えば、中国はデジタル技術でASEANへの協力を積極的に実施し、同地域への関与を深めている。特にシンガポールとは科学技術協力協定を更新し、有力大学同士の共同研究プロジェクトが複数進行している。
こうした状況下、近年の米中対立の激化は、両国との関係から科学技術力で発展のチャンスを見出してきたシンガポールに影響を及ぼしつつある。2023年8月、米国が、半導体やマイクロエレクトロニクス、人工知能(AI)、量子情報技術を対象に、対中投資を規制したことによって、過去に中国の支援を受けた同国のスタートアップ企業が打撃を受ける可能性や、シンガポールで上掲の先端科学技術発展が停滞する恐れも指摘されている2。
米中対立の間で揺らぐASEANの立ち位置は、日本の今後にとっても看過しがたい。2016年8月に第1次安倍晋三政権がインド太平洋(Indo Pacific)の概念を提唱して以降、この広域的枠組みの実質的な再定位が求められている。
南洋理工大学の古賀慶准教授によれば、日本は伝統的な外交枠組み(米国との同盟およびASEANの多角的外交)に組み込まれつつ、クアッド(Quad)やインド太平洋経済枠組み(IPEF)などの新興外交枠組みにおいても中心的な立場を担っている。この点から日本は「先進国と新興国の橋渡し役を担い、インド太平洋においてルールに基づく国際秩序の維持と構築を図りうる」と同准教授は指摘する3。
古賀准教授が欧州安全保障開発政策研究所(ISDP)の取材に応えた最近のインタビュー4は、より示唆に富んでいる。同准教授は日本の取るべき途を「戦略的エンパワーメント」つまり「欧米との同志国関係とアジアに立脚したアプローチの両立」と概念化し、以下の理由からその現実性を強調する。東アジアでは歴史認識と「過去の清算」が複雑に絡まり、日本が主導的な立場を取ることは容易でない。対して、日本は東南アジアで最も信頼されている国の1つであり(cf. ISEAS「東南アジア意識調査」)、日本は同地域と良好な関係を保ちつつ外交枠組みを主導しうる。特に、日本がASEAN諸国に大国の動きに対峙する戦略的自律性を促すことで、集合的な外交的発言力を醸成できる。
科学技術協力の観点から日本が取りうる途とは何だろうか。ASEAN諸国では特にAIを中心としたデジタル技術の発展が近年加速しており、国家戦略の策定も相次いでいる。2024年2月には「AIのガバナンスと倫理に関するASEANガイド」5の公表により、商業的、非軍事的、デュアルユースの用途で、国家間および国内のマルチレベルな相互運用性を促す枠組みが示されるなど、制度的基盤も整いつつある。例えば、こうした発展の著しい分野を、日本が更に支援し協力を緊密化することで、互恵的な発展が期待できると考えられる。
むろん、伝統的な外交枠組みの観点からは、日米同盟の維持が不可避である。だがトランプ2.0下ではルールに基づく国際秩序の揺らぐ懸念から、米国以外とも協力関係を確保し発展させることが戦略的に重要であろう。ASEAN諸国とは、2022年の「日ASEAN友好協力50周年」を機に、科学技術・イノベーション協働連携事業(NEXUS)が立ち上げられ、国際共同研究や研究人材交流・育成、拠点形成が進められている。また通商関係では、先端デジタル技術において日ASEANのスタートアップ企業同士が協業することで「経済共創」を目指す取り組みも進んでいる。諸分野で進む日ASEAN協力の今後を注視したい。