インド交通渋滞改善プロジェクトにチャレンジ!(4)

2021年8月19日

坪井 務

坪井 務(つぼい・つとむ):
名古屋電機工業
新事業創発本部SATREPSプロジェクト
プロジェクトリーダー(博士)

<略歴>

1955年静岡県生まれ。79年日立製作所入社、重電モーター設計に従事し、87年半導体事業に異動、弱電技術最先端に専門を移す。97年日立アメリカに出向、米国のシリコンバレーの空気に触れる。2000年半導体事業部に帰任し、自動車分野での半導体開発を担当。03年ルネサステクノロジーに出向、10年日立製作所スマートシティ統括本部でスマートシティ事業従事。両親の介護の関係で12年浜松地域イノベーション推進機構に、14年名古屋電機工業に入社。

参考:インド交通渋滞改善プロジェクトにチャレンジ!(3)

今回は、本プロジェクトにおいて大変重要な役割を占めている地方行政を通しての活動に関して実体験を踏まえてのコラムを紹介する。活動が多岐にわたるため、1回での解説は難しく、2回にわたってお伝えする。

今回のプロジェクトでは開始当初から深くかかわって頂いているインドのアーメダバード市行政に触れる必要がある。インドの各都市でも指導的役割を果たすのが、国内でいえば市役所に相当する組織であり、Municipal Corporationと呼ばれている地方行政が様々な都市における方針や具体的執行に関しても大きな責任を持っている。このアーメダバード市のMunicipal Corporationは都市の頭文字をとって、AMCと呼ばれており、このトップの役割を担うのがMunicipal Commissionerで、地元ではMCと呼ばれている。このMCはインド中央政府からその役割を命ぜられた公務員が担当し、地域における権限は大きなものがあるものの、市レベルのトップは住民の選挙で選ばれた市長がその役割を担っている。

インドそのものの説明は専門書や他の解説書に任せることにするが、簡単に基本知識について触れておく。インドは1947年8月15日、2世紀に及んだイギリスの植民地支配から独立した立憲民主共和国である。すなわち、君主を持たない政体で、共和制を敷いている。この共和制では、統治上の最高決定権を、国民により選ばれた国家元首たる大統領や首相が担うと決められている。現在の第18代インド首相は、言わずとも知れたナレンドラ・モディ氏で、アーメダバード市があるグジャラート州首相を務めた人物である。インドとの地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS) のプロジェクトは2016年に開始したが、その2年前の2014年5月に首相就任式が行われた。出身のグジャラート州は、インドの中でも発展が目覚ましい地域である。そのため筆者がSATREPSプロジェクトで選んだアーメダバード市では比較的停電も少なく、港も整備されており、まさに発展が見える形で進んでいる。日本とのつながりでは、高速鉄道の開発で新幹線を採用することで、よく知られた大きな関係を構築していている。アーメダバード市に目をやると、マハトマ・ガンジーがその支持者と一緒に1930年に英国植民地政府による塩の専売に反対し、ダーンディー海岸までの約380キロメートルを行進したが、その抗議活動を開始した拠点がアーメダバード市であることも有名な話(塩の行進)であり、歴史的にも意義深い都市となっている。

アーメダバード市にあるガンジー博物館では、非暴力を唱えた塩の行進を象徴するため、日本の東照宮にある三猿(見猿・聞か猿・言わ猿)の彫刻も陳列しているのは興味深い。博物館のすぐ横はアーメダバード市の中央を流れるSabarmati川であり、河川敷がきれいに整備されているのが印象的である。

左上:ガンジー博物館の入口 右上:館内に展示されている三猿の彫刻 下:ガンジー博物館の横を流れるSabarmati 川

さて、AMCに話を戻すと、SATREPS活動で一役を担ってくれた人物が副コミッショナー(Deputy Municipal Commissioner:DMC)であった。地方行政との付き合い方が大変な面もあるが、基本的に彼らは中央政府から任命されているため任期が2年から3年で交代するのが常であり、既に本プログジェクト期間中に3名の異動があり、この原稿を執筆している間でも、新DMCの任命を待っている状態となっている。このため、せっかく築き上げた関係が継続しないという悩みが常に存在する。この関係はインド特有でもなく、在印の日本大使館人事においても同様で、やはり2年ないし3年で大使や担当職員が異動していく。しかしながら、今回のプロジェクトで恵まれていたのは、いずれのDMCも大変親身にプロジェクトに向き合ってくれ、現地で開催した2回のワークショップにもかならず出席いただき、またさまざまな課題やそれに対する思いを紹介してくれた点であった。交通関係で進めている本プロジェクトには、AMCが管掌するバス専用レーンを運行管理する会社Janmargや、現在建設が進行するメトロを運営する会社GMRC(Gandhinagar Metro Railway Corporation)ではグジャラート州政府と共同で管理している主要メンバーにも声掛けを頂き、ワークショップへの参加を頂くことができた。2018年7月には第1回目ワークショップが実施された。

ワークショップ参加者ら
(前列の右から、地域オートリキシャ―社の社長、Janmargの部長、本部長、筆者、DMC、アーメダバード交通警察署長)

左:DMCからの発言 右:メモを取るJanmarg社の本部長

第1回目ワークショップに参加頂いたDMCのRakesh Shanker氏は、インド国内以外にも先進諸国で行われているスマートシティ開発や、公共交通を活用したモーダルシフトなどに関する知見も非常に高く、交通渋滞の悩みを抱えるアーメダバード市にとっての解決を、今回のプロジェクトで何らかの解決を見出したい希望と情熱をもって意見を出された。この点は今も記憶に新しい。また身体的ハンディーキャップをもつオートリキシャ―社長のNirmal Kumar氏は社会的保証の低いオートリキシャ―のドライバーに対し、みずらか銀行等の手続きや責任を持ち、ドライバーの教育も実施する財団を設立して、モディ首相からも表彰を受けるほどの人物であり、地域貢献を率先して推進している。筆者も個別に3度もKumar氏との面談を行っているが、常に熱く夢を語る氏のハンディーキャップを感じさせない姿勢に感心させられた。また、インドの中ではBRTとして先進的に導入を進めているJanmargの本部長に対しては、DMCからは更に利用者を増やすための努力として叱咤激励を会議中も飛ばしていたことも記憶に残っている。筆者とメンバーにて後日、Janmargを訪問した際、バス運行管理システムの紹介を受けた。

左:Janmarg 内バス運行管理システムの前 右:Janmarg 入口

このようにアーメダバード市でのバス運行管理システムは、AMCの強い指導力のもと、着実に推進している様子がうかがえる。一方で、詳しく話を聞く中で、こうした先進的な取り組みを進めているものの、なかなか交通渋滞は解消できておらず、むしろ産業の発展する速度が、公共交通を進めるインフラ整備の速度を上回っている状況にあり、地域行政の悩みはなかなか解消に至っていないのが実態であることもDMCから直接お話を伺っての実感として伝わってきた。このBRTの運行管理は、日本のようにバスの時刻表通りに運行している状況とは異なり、まず時刻表なるものが整備されておらず、仮に整備されたとしても運行時間の予測が難しいために、役に立たない実情があった。このため、Janmargのシステムではリアルタイムに運行状態を可視化し、主要バス停の状況もカメラでモニタできる画期的なシステムとなっており、運行管理室にはおよそ20名弱の若手職員が常に監視している。全体をまとめるJanmarg本部長からは、比較的新規に開発している市の西側(通常New Cityと呼ばれる)地域は成功しているものの、川を挟んで東側(Old Cityと呼ばれる)では、BRTの専用レーンを通す道幅が確保できない個所も多く、混雑解消には至っていないとの説明を頂けた。このように街の良い面の紹介ではなく、現在抱えている課題に対しても、隠さず情報提供してくれる行政および管理会社のオープンさには大変有難く感じると共に、プロジェクトへの期待が伝わってくる。そうしたワークショップを実施できたのも、日本とインドの良い関係構築ができているからこそ思うのは筆者のみであろうか。

次回は、第2回目のワークショップを交え、日本政府が推進するアーメダバード市のメトロ建設に関しても触れる予定。