インドのトップ大学・IITマドラス校がタンザニアに進出する訳は?

2023年10月26日

小林クリシュナピライ憲枝(こばやし・くりしゅなぴらい・のりえ):
長岡技術科学大学 IITM-NUT
オフィス コーディネーター

<略歴>

明治大学文学部卒。日本では特許・法律事務所等に勤務した。英国に1年間留学、British Studiesと日本語教育を学ぶ。結婚を機にシンガポールを経てインドに在住。インドでは、チェンナイ補習授業校、人材コンサルティング会社、会計事務所に勤務後、現在は、長岡技術科学大学のインド連携コーディネーターを務めるとともに、インド工科大学マドラス校(以下IITマドラス校)の日本語教育に携わっている。IITマドラス校の職員住宅に居住している。

インドのIITマドラス校が10月24日、タンザニアのザンジバルに初のオフショア・キャンパス「IITマドラス校 ザンジバル・キャンパス」を開校した。世界に一流のエンジニアやIT企業の経営者を輩出し、工学・科学技術系大学でインドトップのIITマドラス校は、ザンジバル・キャンパスでもその強みを発揮し、データサイエンスと人工知能(AI)の分野で4年制の理学士号(BS)と、同分野で2年制の技術修士号(BTech)が取得できるコースを開設した[1]。当初はコンピューターサイエンス分野に特化し、小規模からのスタートとなる。

ザンジバルは自治権があり、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に指定され、欧米人の観光客が多い、治安がよい島である。良好な教育環境といえよう。

IITマドラス校 ザンジバル・キャンパスのキャンパス風景(写真はIITマドラス校提供)

このキャンパスを率いるのは、IITマドラス校の卒業生で化学工学科教授であるプリーティ・アガラヤム学長である。アガラヤム学長は、IITマドラス校の化学工学科を卒業後、米国に渡り、ロチェスター大学で化学工学科の修士号を取得、マサチューセッツ大学アマースト校で化学工学科の博士号を取得している。アガラヤム氏は、IITキャンパスの学長に任命された初の女性学長となった[2]

プリ―ティー・アガラヤム学長
(写真はIITマドラス提供)

IITマドラス校のV・カマコティ学長は、アガラヤム学長の任命について、「私たちは持続可能な開発目標に従っており、その重要な目標の1つとして、ジェンダーバランスに留意する必要があることが示唆されます」と語り、「私たちは、アガラヤム学長に勇気づけられる多くのことを目にするでしょう」と述べた[3]

アガラヤム学長は筆者の取材に対し、「インドの教育機関が海外にキャンパスを設立するという、インドの教育における新しいモデルが注目されている。インド教育のグローバル化に向けた戦略的ステップの中でも、これは最も重要なものである。現在、23校あるインド工科大学全体では留学生や共同学位プログラムが一般的であるのに対し、マドラス校のオフショア・キャンパスの活動は新しく、熱意を持って受け止められている」と語った。

今回のタンザニアへの進出について、アガラヤム学長は「この新キャンパスを形成し、IITの卓越性を維持するだけでなく、地元に関連した展望や影響を発展させ、真にグローバルなデザインとするためには、何が役立つのか? IITはどのような成長を目指すべきなのか? 気をつけるべき課題は何か? そして最も重要なことは、個人の自由と質の高い教育へのアクセス向上という期待に応えるためにはどうすればいいのか?」と提起した。

それに関連して、「新キャンパスの制度は、インド・タンザニアの両国間の関係の中でとらえる必要がある。貿易、観光、教育は、人類の歴史を通じてインドと東アフリカを結びつけてきたが、新キャンパスをこの絆のもう1つの側面として考えることは価値がある」と新たな歴史に触れた。

STEM分野の影響力に関しては、「IIT卒業生が世界の秩序に与える影響は否定できない。このような影響のほとんどは、IITの学生が学問的な基礎を身につけるだけでなく、就職、キャリア、人脈作り、起業家精神など、さまざまな機会に恵まれることによってもたらされている。これらすべてを、海外のキャンパスにも持ち込むべきである」と述べた。

ザンジバル・キャンパスでは、IITマドラス校の学問の厳しさと卓越性、現代的な教育法とカリキュラム、数十年にわたる研究と技術革新の経験、そしてオープンマインドな教授陣が、学部と大学院の学位プログラムを通じて学生を手厚くサポートするという。

この海外キャンパスでは課題にも挑むという。「IITが長い間課題としてきた点があるとすれば、それは男女の比率である。工学分野の女性学生、研究者、教員の割合は、改善傾向にあるとはいえ、低いままである」と女子学生の少ない課題を挙げた。それに対処するために「IITのグローバル化は、この課題を克服する方法を提供することができる。学問と研究の卓越性の基礎となる枠組みにおいて、アクセスと公平性を重要な考慮事項として、プログラム、キャンパス、機関を設計することである」とアガラヤム学長は語った。

IIT各校の海外校設立をめぐっては、マドラス校のザンジバル・キャンパス設立に続き、2024年1月には、IITデリー校がアラブ首長国連邦(UAE)にアブダビ・キャンパスを設立する予定[4]

インドの大学の海外進出は活発であり、現在まで海外に分校を設置したケースは、調べた限り、以下のようになる。

アフリカ

1.メワル(Mewar)国際大学ナイジェリア校[5]

2.国立法医学大学ウガンダ校[6]

3.アミティ大学 モーリシャス校/ケニア校[7]

4.IITマドラス校 ザンジバル・キャンパス[1]

アラブ首長国連邦(UAE)

1.アミティ大学ドバイ校[7]

2.BITSピラニ大学ドバイ校[8]

3.マニパル大学ドバイ校[9]

4.SP ジェイン・スクール・オブ・グローバル・マネジメント ドバイ校[10]

5.VIT大学ドバイ校[11]

6.インスティテュート・オブ・マネジメント・テクノロジー(IMT)ドバイ校[12]

シンガポール

SP ジェイン・スクール・オブ・グローバル・マネジメント シンガポール校[10]

オーストラリア

SP ジェイン・スクール・オブ・グローバル・マネジメント シドニー校[10]

アメリカ

アミティ大学 ニューヨーク校/サンフランシスコ校[7]

イギリス

アミティ大学ロンドン校[7]

ウズベキスタン

アミティ大学 タシュケント校(ウズベキスタン)[7]

その他

インディラ・ガンディー オープンユニバーシティ(IGNOU)は、通信教育制のため、アフリカ、中東、アジア各地に22拠点のスタディーセンターがある[13]

このようにインドの多数の大学が海外分校を設立しているが、IITマドラス校のタンザニア進出は、インドのトップ大学の海外進出という点で意味がある。

世界のインド人口は14億人を超え、今年、世界1位になったと報じられた。平均年齢は28歳前後、人口ボーナスを長期的に享受できる。世界中に印僑と呼ばれる海外移住者とその子孫、インド人駐在員とその家族がいる。IITデリー校が新たに進出するUAEでは、インド人の人口は、国全体の30%とも40%とも言われており、数百万単位のインド人が在住している。

タンザニアが位置する南東アフリカにおいても、インド人の人口は数百万単位となる。インドとタンザニアとは交易や投資の歴史があり、昨今ではさらなる関係強化が試みられ、インドにとって、タンザニアは、アフリカにおける最も近く最大のパートナーと位置付けられる[14]

インド式の大学設立の手法として、最初から全ての学科や施設を整えてから開校するわけではなく、できるところから小規模で開校し、数年から10年ほどをかけて全校を完成させる。このためリスクを抑え、スピーディーに開校することができる。

以上のことから、IITマドラス校のザンジバル・キャンパス設立は、全体において安定と成長が十分に見込める進出といえるだろう。

IITマドラス校は、1959年にかつての西ドイツ政府(当時)から資金的、技術的援助を受けて設立され、60余年の時を経て、現在の発展に至った。時満ちて今は、これからは自分達が必要とされる国々に手を差し伸べる時代と捉え、国内での留学生の受入れにとどまらず、世界にオンライン・オフラインの様々な形で、教育の手を広げている。

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