気候変動対策・宇宙開発・がん関連研究に注力...2021年「韓国の10大科学技術ニュース」から読み解く

2022年04月26日 松田侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー)

韓国の科学技術の研究開発はどのような成果を上げているのか。また、どの分野を重視しているのか。2021年「韓国10大科学技術ニュース」の成果がそれを読み解く手がかりになるかもしれない。

この10大ニュースは、韓国科学技術団体総連合会(The Korean Federation of Science and Technology:KOFST)が2021年12月29日に公開した。

2021年 「韓国の10大科学技術ニュース」
分野 分類 タイトル
宇宙開発 科学技術トピックス ① 国産ロケットヌリ号の打ち上げー「未完の成功」
パンデミック 科学技術トピックス ② コロナワクチン接種および変異ウィルス
デジタル転換の加速化 科学技術トピックス ③ メタバース時代を開く科学技術
気候変動 科学技術トピックス ④ 気候変動時代の科学技術とESG
電気自動車プラットフォーム 研究開発成果 ⑤ 国産電気自動車の競争力を高める専用プラットフォーム「E-GMP」を開発
がん細胞 研究開発成果 ➅ がん細胞が免疫細胞の攻撃を避ける原理を究明
3Dゲノムマップ 研究開発成果 ⑦ 全世界最大規模の3次元がんゲノムマップデータベースを構築
3Dディスプレイ 研究開発成果 ⑧ 折り紙のように自由自在に折れるQLEDを開発
AI診断技術 研究開発成果 ⑨ 尿検査で前立腺がんを20分で診断
4世代放射光加速器 研究開発成果 ⑩ 人類史上最高の明るさの光を実現

まずは、科学技術トピックス4件から紹介する。

① 国産ロケットヌリ号を打ち上げー「未完の成功」

韓国南部の全羅南道・高興にあるナロ宇宙センターから10月21日に打ち上げに成功。ロケットはきれいに発射塔をクリアし、青空の中を飛翔。第1段の燃焼、分離、第2段エンジン点火と燃焼、フェアリングの分離、そして第2段の分離と第3段の点火といったシーケンスを次々クリアしたが、第3段エンジンが、計画の521秒間燃焼に及ばず、475秒で停止した。ロケットは軌道速度に達せず、未完の成功となったが、これで韓国は世界で10番目にロケット打ち上げに成功した。

② コロナワクチン接種および変異ウィルス

韓国は、2021年2月26日からコロナワクチン接種をはじめ、早いスピードで接種率80%を突破したものの、変異株の発見により、再び感染が広がり、パンデミックの収束に苦戦している。

③ メタバース時代を開く科学技術

コロナ禍でメタバースを用いた非対面活動やテレワークが主流となり、人工知能(AI)、情報通信などでも活用される見込みである。

④ 気候変動時代の科学技術とESG

韓国の過去10年間の気温は、30年前に比べ、0.9度上昇。2021年7月の東海海面水温は、1982年測定開始以来、最高温度を記録した。気候変動に対応するため、ESC【環境(E: Environment)、社会(S: Social)、ガバナンス(G: Governance)】経営を宣言する企業が増えている。なお、2021年8月に「カーボンニュートラル基本法」が制定され、「2030年までに、2018年の排出量比35%以上の範囲内で、大統領令で定める割合を削減することを中長期目標とする」と定めた。

続いて、研究開発成果6件を紹介する。

⑤ 国産電気自動車の競争力を高める専用プラットフォーム「E-GMP」を開発

ヒョンデグループが電気自動車専用プラットフォーム「E-GMP(Electric-Global Modular Platform)」を開発。バッテリー充電システムは、世界で唯一800Vの電圧を使用し、高速充電を実現した。

⑥ がん細胞が免疫細胞の攻撃を避ける原理を究明

イム・ソナ免疫学博士が所属されているアメリカセント・ジュード・チルドレンズ・リサーチ病院研究チームは、SREBPsタンパク質がT細胞だけを活性化し、自己免疫に影響を与えずに、免疫細胞の攻撃を避ける原理を究明した。腫瘍細胞で、SREBPsの活性化を防げば、免疫抗がん剤の効果も高まることが期待されている。今まで効果がなかった或いは少なかった患者も免疫抗がん剤を使用できる可能性が提示されている。

⑦ 全世界最大規模の3次元がんゲノムマップ構築

韓国科学技術院(KAIST)生命科学科ジョン・インギョン教授と韓国生命工学研究院・国家生命研究資源情報センターイ・ビョンウク博士チームは、全世界最大規模(400種以上)の3次元がんゲノムマップデータベースを構築した。大規模構造変異と3次元ゲノムマップを連携できる分析ツールも開発し、大規模がん遺伝子構造変異による3次元ゲノムマップ構造の変化と標的遺伝子を究明できるようになった。この研究は、がんの発症原理を理解し、抗がん剤の開発に重要なデータを提供できると考えられる。

⑧ 折り紙のように自由自在に折れるQLED開発

基礎科学研究院(IBS)ナノ粒子研究団のキム・デヒョン副研究団長(ソウル大学化学生物工学部教授)とヒョン・テクファン団長の(ソウル大学化学生物工学部碩座教授)共同研究チームは、3次元ディスプレイ源泉技術を開発し、既存の平面ディスプレイでは、表現できなかった情報も見せることができるようになった。飛行機や蝶々など多様なデザインのQLEDを製作したが、64のピクセルで構成されたピラミッド型の3次元フォーダブルQLEDは、2次元と3次元を跨ぐ構造変異が自由であり、好きな形に折れるディスプレイの可能性を提示した。

⑨ 尿検査で前立腺がんを20分で診断

韓国科学技術研究院(KIST)生体材料研究センターイ・クァンヒ博士チームとソウルアサン病院ジョン・インガップ教授の研究チームは、尿検査だけで100%に近い正確さで前立腺がんを診断できる技術を開発した。超高感度電気信号を基盤とするバイオセンサーに、スマートAI分析法を搭載し、技術の開発に成功した。このような検査は、便利だけでなく、組織検査を不要とするため、患者が苦痛を感じずに検査ができる点と、副作用が少ない点が特に評価されている。

⑩ 人類史上最高の明るさの光を実現

浦項加速器研究所カン・フンシク博士研究チームは、4世代放射光加速器(PAL-XFEL)にセルフシーディング(Self-Seeding)方法を適用し、既存のSASEの方法より約40倍明るい、人類史上最高の明るさの光を作りだした。これは、アメリカ、日本、ドイツの4世代放射光加速器より10倍以上明るいとされる。

「10大科学技術ニュース」は2005年から公開が始まった。科学技術に対する国民の関心を高めるため、その年の主要研究開発成果および注目を集めた科学技術トピックスで構成された10大ニュースを毎年選定・公開している。

選定方法は、①研究開発成果の分類審査②2回行われる選定委員会による審議③科学技術専門家と一般ユーザー13,227人によるオンライン投票結果を総合考慮するものとされる。

上記の10大科学技術ニュースの中でも、ヌリ号の打ち上げは、歴代最大の得票率である71%(重複投票可)を記録したとされる。宇宙開発事業が空前の注目を浴びているといえる。また、2年連続でコロナ関連ニュースがTOP10入りしているだけでなく、がん関連研究も3件入っていることから、医療や保健に対する国民の関心が非常に高いといえる。

筆者としては、韓国の気候変動への対策も注目したい。2020年10月、文在寅大統領が初めて2050カーボンニュートラル計画について言及して以来、「2050長期低炭素発展戦略」、「2030国家温室効果ガス削減目標」、「2050カーボンニュートラ推進戦略」が次々と制定され、気候変動への取り組みが本格化しており、その成果に期待が高まる。その過程にある2021年の研究開発成果は、基礎研究から技術開発まで、多岐にわたっているのが特徴であり、従来の技術開発にフォーカスした研究開発事業の構造に、変化が訪れていると思われる。

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