2023年02月06日 JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー 松田侑奈
2019年4月、文在寅氏は青瓦台会議で「政府がイノベーション成長という目標を実現するため、8大先導産業である、スマートファーム、バイオヘルス、スマートシティ、エネルギー産業、ドローン、未来自動車、スマート工場、フィンテックに継続的な投資を行ってきたが、個々の産業の規模が大きくなるにつれ、問題点や限界も感じている。政府としては、市場拡大、輸出額増加などに鑑み、成長可能性がもっとも高い、未来自動車産業、システム半導体産業、バイオヘルス産業の3つの産業に絞り、今後集中的に投資を強化する方針である」と述べた。この3つの産業を韓国では、第4次産業革命をリードするBIG3産業という。BIG3産業の育成に向け、どのような戦略を講じてきたのか、まず未来自動車から述べていく。
韓国では、2015年頃から、国内における自動車生産量が急減し(15年456万台⇒16年423万台、17年411万台、18年403万台)部品産業の経営難が続いていた。政府の発表 2によれば、世界100大部品企業数のうち、韓国企業は僅か7社しかなく、部品会社の46%は取引先が僅か1社で、自動車生産量の減少につれ部品企業も経営難に直面した。部品メーカーでは、未来自動車産業への投資を望んでいるものの、投資資金やニーズの不足に悩まされていた。そこで、政府は2018年12月、「自動車部品産業活力引き上げ方案」を公開し、成長の可能性はあるが一時的に資金調達で苦しんでいる部品メーカーに対し3.5兆ウォンを支援するとした。内訳を見ていくと、中小企業には150億ウォン、中堅企業には250億ウォンを限度に低金利で融資を提供し、既に抱えている融資については返済期限を1年間伸ばすとした。
また、内需を拡大するため、新車購入時の消費税を30%減免し、10年以上の老朽軽油車を登録抹消し、新車を購入する場合は、消費税を70%減免する破格的な措置を公開した。更には、電気自動車・水素自動車への切り替えを実現していくため、2018年に5.6万台しかなかった電気自動車を2022年には43万台に増やし、水素自動車も923台から6.5万台に増やしていくとし、それに合わせて、2022年まで全国に310個(2019年度の約20倍)の水素自動車充電スポットと、1万個以上の電気自動車充電スポットを設置するとした。
当該方案の実施後、2019年の自動車生産額は前年に比べ1.1%、輸出額も1.9%増加した。そして、2019年8月時点で、電気自動車台数は7倍増加、水素自動車台数は39倍増加した(2016年のデータと比較した場合)。
一方、自動運転については、高速道路でのテスト運営が2018年2月より始まり、テストベッドであるK-city 3も2018年12月に完成した。
なお、未来の自動車産業における韓国の強み・弱みについて、韓国政府は以下のように評価した。
通信基盤とエコ(環境にやさしい)という性能面ではとても優れており、通信は自動運転と繋がるサービスを支援できる世界最高レベルの基盤を有している。また、電気自動車・水素自動車は国産化を基盤にしており、効率と走行距離面でも世界トップレベルに達している。電気自動車は世界最高の燃費(現代アイオニック6.4㎞/kWh)技術を有しており、水素自動車は世界最長距離(609㎞)を実現した。但し、人工知能を基盤にする部品とソフトウェアの核心と言われる技術力がまだ先進国の77%レベルで低い。自動車サービス分野では各種利益関係が絡んでいるうえに、制度もまだ不完全であり、諸サービスの提供が遅れている。
これらの課題を乗り越えるため、政府は、2019年10月「2030 未来自動車産業発展戦略」を制定し、2030年に未来の自動車世界トップに飛躍するための戦略を講じた。当該戦略の第一の目標は、エコ技術力と国内の普及を通じ世界市場を先占し、2024年までに世界初となる完全自動運転のための制度と基盤を備えた国になることである。
目標の実現に向け立てた戦略 4は、まとめると以下4点である。
システム半導体は、韓国独特の表現であるが、システムLSI(複数の機能を統合した集積回路)の自主開発・設計・製造やファウンドリー(受託生産)サービスなど非メモリー事業全般を指している。システム半導体は、データ演算・制御等情報処理の役割を果たす半導体として、8,000以上の多様な製品で構成される。
2018年時点で、システム半導体の設計専門企業であるファブレスの市場占有率は、アメリカが61.4%、台湾19%、中国12.6%、EU3%、日本2.5%、韓国1.6%であった。アメリカの場合、基礎研究での強み、技術保護などを通じ民間企業へ惜しみのない支援を行ってきた結果、6つの会社(インテル、クアルコム、ブロードコム、TI、nVidia、AMD)がシステム半導体世界TOP10企業に選定され、世界の70%の市場を占有した。中国もメモリー・システム両方で半導体産業の育成戦略を推進しており、内需拡大と政府の手厚い支援により、ファブレス(技術・設計部門)市場占有率3位に浮上した。台湾は、ファブレス(技術・設計部門)とファウンドリー(生産部門)の連携を通じ、MediaTek、Novatek、Realtekなどのグローバルファブレス企業が成長を見せている。上述した状況に鑑みると、システム半導体において韓国は決して有利な立場とは言えないが、韓国政府はなぜシステム半導体を主力産業に指定したのか。それは、早い成長が見込める分野である同時に、韓国のネットワークの強さを生かせるからである。
韓国政府は、2019年「システム半導体のビジョン戦略 6」を制定し、目標を公開した。2018年に1.6%程度であったファブレス(技術・設計部門)の市場占有率を2022年には3%、2030年には10%に伸ばし、ファウンドリー(生産部門)における市場占有率も2018年の16%から2022年には20%、2030年には35%に引き上げるとした。また、システム半導体分野に関わる仕事を増やし、雇用人数を2018年の3.3万人から2022年には4万人、2030年には6万人に拡大していく見込みである。
上記目標の達成に向け、講じられたのは以下の5大戦略である。
① ファブレス:自動車、バイオ、エネルギー、IoT家電、ロボットや機械など需要が多い分野及び短期間で競争力確保が見込める分野に絞り、需要・供給企業間の協力プラットフォーム(アライアンス2.0)を構築し、「ニーズの発掘⇒技術を設計⇒R&D」を共同で推進するとした。アライアンス2.0には25の省庁、企業、研究機関が参加しMOUを締結した。ここで開発が必要と判断した技術については政府がR&Dに優先的に反映し、年間300億ウォンを投資するとした。
② ファウンドリー:先端市場とニッチ市場の同時攻略を目指し、ファウンドリーの代表企業はハイテク工程技術、中堅企業はミドルテクの工程技術の開発・投資に集中できるよう、企業に対し税金上の控除や金融支援を行うとした。その一例として、産業銀行が行う「産業構造調整に向けた支援プログラム」があり、主力産業の設備や技術に投資を行う企業に対し、最大2500億ウォンの融資を行っている。
③ 技術:人工知能半導体などの次世代知能型半導体技術開発に10年をかけ、1兆ウォン以上を投資し、国家の核心技術が海外に流出されないよう関連システムを整備するとした。この1兆ウォンの内訳としては、産業通商資源部が2020年から2026年にかけ5200億ウォン、MSITが2020年から2029年にかけ4800億ウォンを投資する。直近5年(2017~2022年)のR&D事業のうち、予備妥当性調査の予算 7が1兆ウォンを超えたのはシステム半導体が初めてである。
④ 人材:半導体契約学科を新設し、徐々に定員を拡大していくことで、企業が必要とする半導体人材を育成する。目標としては、2030年まで半導体人材を1.7万人育成することである。
また、システム半導体専攻トラック制度を新たに導入した。専攻トラック制度とは、定員を設けない学位取得プログラムで、自分の専攻と関係なく自由に選択ができ、所定の単位を履修すれば、ナノディグリーを取得できるものである。これは変化する社会の需要に応えられる融合型人材を育成するため新設したプログラムで、第4次産業革命時代が必要とするイノベーション性のある融合型人材の育成が期待されている。例えば、人工知能専攻の学生が、半導体専攻トラックも履修すれば、人工知能と半導体両方に詳しいという強みを持つことができ、就職で有利な立場になる可能性が高い。
その他、実務人材を育成するため、安城市にあるポリテク大学(専門大学)を半導体特化型大学に変換し、半導体設計教育センター(IDEC 8)への支援に20億ウォンを追加で投資する予定である。IDECはKAISTなど全国に9つの拠点を有し、オン・オフラインで講義やセミナー(2週間~6週間のプログラムが主)を提供する型で人材育成に貢献している。主に学生や社会人が自身のレベルアップに使っている。大学の教員が直接行う講義でありその分質が高く、無料で受講できるという魅力もある。
⑤ ウィン―ウィン体系:ファブレス業界の成長がファウンドリーの需要増加につながり、ファウンドリーの成長がファブリス製品の競争力の向上に貢献する、ウィン―ウィン体系を作ることが目標である。政府としては、ファブレスとファウンドリーの架橋役割をするデザインハウスの設計に最適化されたサービスやインフラを提供することが重要である。また、国家の核心技術が含まれている情報に対する保護を強化し、5G通信モデムチップの核心技術等を新規国家核心技術に追加するなどシステム整備を行う必要がある。企業はMPW(Multi Project Wafer)利用時の物量制限、シャトル運営などを改善し、工程別の適用回数を拡大する必要がある。
バイオヘルスケア産業の内容は、第4次産業革命時代における韓国の科学技術―④第4次産業革命時代を勝ち抜くための戦略~BIG3産業編(下)で詳述する。