【現地専門家インタビュー】韓国大学の創業人材育成④~少数精鋭で手厚い支援 浦項工科大学篇

2024年1月23日 松田 侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

※【現地専門家インタビュー】韓国大学の創業人材育成シリーズは、韓国の大学発創業、創業人材育成実態について明らかにするため現地調査を行い、専門家のインタビュー内容をベースに作成されたものである。

韓国には科学技術特化大学として、韓国科学技術院(KAIST)、光州科学技術院(GIST)、大邱慶北科学技術院(DGIST)、蔚山科学技術院(UNIST)、浦項工科大学(POSTECH)がある。これらの大学は研究中心大学であり、韓国の科学技術の発展及び理工系の教育を先導している。

アジア・太平洋総合研究センターではこのほど、韓国の科学技術特化大学とファンディングエイジェンシーである韓国研究財団(NRF)を訪れ、大学での創業人材育成についてインタビュー調査を行った。4回目は浦項工科大学の学生創業チーム長のベク・チャンウォンさんのインタビューを紹介する。

浦項工科大学は、1986年大企業であるポスコ(当時は浦項製鉄)の支援を受け設立された大学で、設立当初から広々で美しいキャンパスと豊かな奨学金で知られていた。学生数は4千人未満(2021年基準、学部生・院生合わせて)であるが、韓国中央日報大学評価2023では工学分野1位、自然科学分野3位にランクされるほどの理工系の強豪である。まさに少数精鋭の大学である。近年は、グローカル(グローバル+ローカル)大学への転換を目標としている。

学生創業チーム長 ベク・チャンウォンさんにインタビュー

ベク・チャンウォンさん

ベク・チャンウォンさんへのインタビューは下記の通り。

Q1:浦項工科大学ならではの創業支援の強みは?

ベクさん:組織的にいうと学内には産学処があり、産学処の傘下に学生創業チーム、実験室創業革新チーム、イノポリスキャンパス事業チームがある。名前がチームとなっているが、センターに相当する大規模の組織である。学生の創業を支援するため、正式に1つの部署を立ち上げているのは、全国で浦項工科大学が唯一である。浦項工科大学が学生の創業に本気である証とも言える。他大学では創業支援業務を行うスタッフがついでに学生の創業支援も行っているが、浦項工科大学の学生創業チームは専門スタッフを正社員として採用した上で行うので、学生の創業支援業務だけに集中でき、より質の高い仕事ができていると思う。

それから、科学技術ホールディングス制度がある。要は科学技術ホールディングスで大学が有している技術を事業化し、事業化を通じて得た収益は再度研究に投資する仕組みである。他の大学は外部の企業が科学技術ホールディングスを立ち上げ、大学に入居しているが、浦項工科大学はポスコがあるから、大学が自ら科学技術ホールディングスを立ち上げている。これも全国で唯一である。科学技術ホールディングスは毎年創業大会を開催するが、ここで受賞した人は直接ポスコの投資を受けている。

Q2:学生の創業は何をもって成功とするのか?

ベクさん:大学の創業支援は、民間のように利益を最優先するものではない。教育機関であるから、教育的な観点から出発し、「可能性」を成功の基準とする。すなわち、もっているアイテムや技術が専門家の目線でみて成功の可能性があると判断したら成功とみなす。

Q3:浦項工科大学といえばポスコとの関係を切り離せないが、学生創業チームもポスコの支援で設立したのか?

ベクさん:学生創業チームは、企業や政府の支援があったからというよりは、時代のニーズや流れによって設立されたといえる。1998年に小規模であるが創業保育センターを校内で設立し、2010年以降に徐々に規模が大きくなってきた。そして、今の学生創業チームが立ち上がったのは2019年である。もちろん、立ち上がった後はポスコの支援を多く受けている。先ほど科学技術ホールディングスの話にもあったように、ポスコは社会への還元の一環で、浦項工科大学の学生の創業に投資を行っている。また、浦項工科大学はポスコのオープンイノベーション等には積極的に参加している。なので、他の大学に比べれば学生の活躍機会が多いと思う。

Q4:浦項工科大学で進行中の学生創業事業には何があるのか?

ベクさん:大きくは3つほどある。1つ目は、最も規模が大きい事業であるが、政府が推進している韓国型I-Corps事業である。これは米国立科学財団(NSF)のI-Corpsをロールモデルに始めた事業であるが、研究室に所属している研究者が技術事業化を主導できるように、実験室の創業や教育を支援している。予算は年間10億ウォン程度である。5年間で100チームを支援してきて、創業した企業は47社、誘致できた投資金は436億ウォンである。

2つ目は、イノポリスキャンパス事業である。こちらは浦項地域にある、技術力と成長ポテンシャルをもつ創業希望者を支援し、仕事の創出と新産業の育成を目指す事業であるが、実際行っている支援内容はI-Corpsと大差がない。

3つ目は、教育部が主導している地域革新事業であるが、地方の産学研連携を促進するための事業で年間予算は5億ウォンである。地方にある大学と自治体、そのエリアの企業が力を合わせて、技術開発や研究を行い、地方のイノベーションを図る事業である。我々は、有望技術に関わる創業希望者を支援している。

それから同じく産学連携を図る目的で進めているリンク事業と創業革新先導大学事業も、規模は大きくないが同時に進めている。

Q5:ホームページには、グローカル事業が紹介されている

ベクさん:グローカルはグローバルとローカルを合わせた単語である。地方の大学ではあるがグローバル的に活躍できるように支援するという意図で、政府が2023年に開始し、11月から正式に始まったので、これからだと思えばいい。これは、創業のみならず、研究、教育全体の振興を目的としている。予算は1000億ウォン程度だと聞いている。

Q6:浦項工科大学といえば、チェンジアップグラウンドのビルが有名だ

ベクさん:チェンジアップグラウンド創業支援のためのビルとも言われ、投資会社やスタートアップ企業、支援に関わる機関、各種会議室やスタジオ、Wet-lab基盤創業空間、VRゲームもできる休憩室等、創業に必要な全てがここに集まっている。地下1階、地上7階の立派な建物であり、創業インフラ構築に最適な空間と自負する。今、チェンジアップグラウンドは浦項に1つ、ソウルにもう1つあるが、設備やインフラ面では国内最高レベルである。

チェンジアップグラウンドのビルの外観(上)と内部(下)

Q7:学生への創業教育で一番大事だと思うものは?

ベクさん:創業してみることが何よりいい教育だと思う。教育内容は既に他の大学もインタビューして色々聞いたと思うが、内容は大して変わらない。大事なのは如何に1人でも多くの学生さんにチャンスを付与するかということ。

浦項工科大学では、スタートアップインターンシップ制度がある。企業で4カ月ほどスタートアップを体験するプログラムであるが、このような経験は大事だと思う。あとは、優秀な専門家をどれだけ多く確保できるのかで差がでると思う。浦項工科大学は、OB/OGのネットワークやポスコの人脈があるから、膨大な専門家プールを構築できている。

Q8:学生創業の一番の難点は何なのか?

ベクさん:成功の可能性が大きいのはやはり大学院生による創業であるが、指導教員の創業に対する態度に大きく左右される。若手の教員は創業に非常にポジティブであるが、年配の教員は共感してくれないので、それの説得が難航する場合が多い。頑固な教員に対しては、我々も打つ手がない。

Q9:延世大学とオープン共有キャンパスも運営していると聞いたが、目的は何なのか?

ベクさん:他大学との連携、協力というのは、政府からの評価指標の1つである。指標としてあるので展開しているのが一番大きな理由である。それから、このような協力体制で支援を行うとより多様な支援ができるから、メリットが大きいと思う。

Q10:浦項地域ではどのような分野が創業としてホットであるのか?

ベクさん:ポスコの影響があるから製鉄関連産業がやはり多い。それからバイオ、人工知能(AI)が人気である。これらの分野は自治体が注目している分野でもあり、自治体からの支援も分厚いし、なるべく地方に定着して成長できるように地域からのサポートが多いほうである。

Q11:成功事例を教えてほしい

ベクさん:メディア等でも報道されるほどの優秀な企業は多い年で8社程度、少ない年でも4社程度の成功事例が出てくる。近年で大きな成功を収めた企業をいくつか紹介すると、下記の通りである。

まず、Tissenbiofarmという培養肉を生産するバイオ企業は、FoodBev Media社が開催した国際細胞培養食品大会で、培養肉部門優勝に輝いた。Tissenbiofarmは霜降り肉を量産できる技術で脚光を浴びている。それから、MiDas H&Tというヘルスケア企業は、AIと新素材に着目してヘルスケア製品を開発しているが、ヘルスケアビックデータ部門では国内スタートアップ企業としては唯一国際医療データ標準認証を取得している。また、PlaskというAIを活用したアニメーション製作プラットフォームは大手企業NAVERから投資を受ける等、可能性が認められている。

Q12:最後にこれからの学生創業に対する展望を教えてほしい

ベクさん:学生創業はやっと活発になり始めた段階なので、まだ多くは望めない。ただ、国際大会で受賞するとか、大企業から認められるケースも増えているので、グローバル的に活躍する企業もこれから出てくると信じたい。個人的な望みとしては、学生創業のブームがこれからも続き、創業に興味をもつ学生がどんどん増えてほしいし、ポテンシャルの高い技術も多く発掘できたらと思う。

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