2021年12月13日
松島大輔(まつしま だいすけ):
金沢大学融合研究域 教授・博士(経営学)
<略歴>
1973年金沢市生まれ。東京大学卒、米ハーバード大学大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省後、インド駐在、タイ王国政府顧問を経て、長崎大学教授、タイ工業省顧問、大阪府参与等を歴任。2020年4月より現職。この間、グローバル経済戦略立案や各種国家プロジェクト立ち上げ、日系企業の海外展開を通じた「破壊的イノベーション」支援を数多く手掛け、世界に伍するアントレプレナーの育成プログラムを開発し、後進世代の育成を展開中。
お互いフォーラムについて、最新の状況をアップデートしよう。2020年8月28日に第19回お互いフォーラムが開催された。読者は、世界中がコロナ禍で大変な時期にどのように国際会議を実施したと思われるだろうか?今回、実は全行程オンラインで初めて開催することとなった。
第19回お互いフォーラムでは、タイ工業省とタイ科学技術省所管のチェンマイ大学(Chiang Mai University、以下「CMU」。)北部サイエンスパーク(Northern Science & Technology Park、STEP)(http://www.step.cmu.ac.th/(外部リンク))が中心となって準備が進められた。このSTEPは、中心にコメの形を象ったホールがある。このホールに象徴されるとおり、CMUが農学やバイオサイエンスに強みをもつことから、日本の大学や企業にとって、将来的に有望なパートナーとなりうるだろう。
今回は、ビヨンド・コロナを機会とした新たなイノベーションとして「ビヨンド・コロナ・イノベーション(beyond Covid-19 innovation)」を掲げる、日本・北陸とタイ・チェンナイからそれぞれ5つの企業が参加し、今後の連携の可能性を模索した。既にビヨンド・コロナ・フォーラム(Beyond Covid-19 Forum)の紹介で解説した通り、ビヨンド・コロナというコンセプトは、巷間説かれている「アフター・コロナ(after Covid-19)」でも、「ウィズ・コロナ(with Covid-19)」でもない。すなわち、コロナ後に、コロナ以前の状態に回復した時代が到来することを期待してひたすら耐えるという考え方、或いは、コロナとの共生を進めることで、「新しい日常」をいわば受け身的に構築するという考え方ではない。「ビヨンド・コロナ」とは、「コロナ禍を奇禍として、コロナ禍以前の諸課題を一挙に解決するため、コロナ禍を、コロナ以前には実現できなかった破壊的イノベーションの契機とする」という戦略である。なぜここまでコロナ禍のピンチをチャンスに変えるというアプローチが重要なのだろうか。100年に一度というパンデミック(pandemic)による未曽有の危機こそが、むしろ日本の経済社会を変える契機を提供する可能性があるという時代認識である。「破壊的イノベーション」にとって、コロナ禍という強烈なインパクトは大きな可能性を提供する。
そもそもここでいう「破壊的イノベーション」とは単なる虚勢語ではない。昨年亡くなられたイノベーション研究の泰斗、ハーバード大学のクレイトン・M・クリステンセン(Clayton M. Christensen)によれば、どんな成功した企業でも、むしろ巨大企業で成功体験が大きければ大きいほど、新たな軌道を変えるようなイノベーションをものにすることができず、必ずや新興企業との角逐に敗れ、劣後していくという、「イノベーターのジレンマ(the innovator's dilemma)」に陥るという。イノベーターを最初に定式化したジョセフ・A・シュンペーター(Joseph. A. Schumpeter)が言う通り、「馬車の事業者は、決して鉄道会社を興すことはできない」というわけである。ここでは、成功している既存事業を「カイゼン」しようとする「持続的イノベーション」に傾注する余り、この「破壊的イノベーション」をものにすることができないということを意味する。この前提に立つと、特に日本の場合、新たな衝撃が無ければ、「破壊的イノベーション」を成功裏に導くことは困難になるだろう。その具体例が、DX(digital transformation=デジタルトランスフォーメーション)化である。
日本は、キャッシュレス化について他国に大きく立ち遅れている。コロナ禍以前の2015年以降、中国やインドに出張した人なら皆何度か苦い思いをしたと思うが、日本は圧倒的にこれら新興国にデジタル化で後れを取ることとなった。グラブ(Grab: https://www.grab.com/ (外部リンク))などのアプリが無ければタクシーを捕まえることすらできない。筆者が2018年に中国東北地方の中心都市である長春に出張した際、アナログ式で手を挙げてタクシーを捕まえるのに1時間以上かかったものである。さらにフードコートで食事した時、一緒出張した中国人の友人がアリペイで支払ってもらったので、筆者の持っていた、30年前の人民元を渡したら、骨董的値打ちがあると笑われて、むしろ喜ばれたものである。インドでも、東南アジアでも同じようなエピソードには事欠かない。
つまり、デジタル化は容易に日本のシステムで受け入れられないということであり、そのために新たな破壊的イノベーションは、新興国で起こしやすいとみるべきであろう。コロナ禍以前には、筆者は専門分野である新興国への海外展開こそが、日本企業にとって「破壊的イノベーション」への着手を可能とする方法的戦略であると提唱してきた。しかし、このコロナ禍によって、逆説的にではあるが、海外ではなくても、むしろ日本国内に新たな「制度の隙間(Institutional voids)」が生まれ、ここに新たな「破壊的イノベーション」の可能性が生まれたと見ている。
そしてビヨンド・コロナ・イノベーションとして協力できる日本とタイの両国企業がオンライン上で集まったのが先述の第19回お互いフォーラムであった。具体的に、タイ側で発表した企業の中心は、コロナそのものの対策、第3回で指摘したOXIRAのような空気清浄システムである。これに加えて、免疫力の向上などの対応や、自粛生活における巣ごもり需要に対応できるオーダーメードの家具提供である。
日本側では、タイ側に比較して様々な提案を得ることとなった。一つめの会社は素部材としての特殊鋼材を提供する会社であったが、近年は完成品のメーカーとしても検討を進めてきた。同社は巣ごもり需要を反映して、鋼材によるオブジェ、装飾品の展開の可能性が指摘された。実はそのあと、美術系の大学学部と連携し、その装飾品の具体化に向けた展開を検討することになった。
次に登場した眼鏡の会社では、ウェアラブル分野に進出することを検討し、一般の眼鏡にも着脱可能なデバイスを開発することを説明した。例えば、ゴルフのプレー中にゴルフ場の各ヤードのデータを映し出すデバイスや医療分野での手術中の患者のカルテを眼鏡のレンズに反映する仕組みなどである。これらも、その後、医学部との連携が実現し、具体化に向けた試行錯誤が始まっている。そのほか、免疫力増進のためのハーブ生産を前提とした日本とタイとの連携や、匿名性を担保する情報セキュリティ・システムの提案、あるいは、既存の工作機械生産の技術やノウハウを生かして、昆虫工場の製造システム提案などがもたらされた。昆虫食などは、ご存じの通り、人類の食糧確保、特にタンパク質の栄養素確保の観点から極めて有望な分野であるが、CMUには食用昆虫の権威の先生もおられ、以前CMNUに訪問した際には、冬虫夏草の養殖に成功したということで、試食させていただいた。冬虫夏草などは、少量でも高額で取引される漢方原料であることから、その養殖に成功すれば大変な将来性がある。
以上のような日本側の発表者として、金沢大学の学生諸君に挑んでもらった。各企業とのオンラインを通じたインタビューやヒアリングを通じて情報を集め、これらを踏まえてオンライン国際会議当日、学生が英語でプレゼンテーションしたのである。このオンライン・インターンシップ教育プログラムは、「勝手にイノベーション」と命名され、参加企業の強み(core competence=コア・コンピテンス)を学生が特定したうえで、その展開可能性を参加したタイ企業に求めるという内容であった(下記、写真参照)。わざわざCMUの先生方が、オンラインでタイのコロナ禍の現状と課題を説明してもらい、それを前提に、各企業の持っている技術やノウハウを用いて、どのようにその課題を解決するかを仮説的に提案するというものであった。
第19回お互いフォーラム・オンライン「勝手にイノベーション」の模様
筆者は現在、この成果を前提に、「勝手にイノベーション」(学生が各企業の強みを生かして破壊的イノベーションの提案する手法)を教育プログラムとして、アントレプレナー・インターンシップとして教育システムを確立し、継続して展開しているところである。次回以降は、産学が一緒になってグローバル展開を促進する、このアントレプレナー・インターンシップの話を進めよう。