お互いフォーラム①~概要:日本とタイ、半導体・コメで相互補完

2021年10月27日

松島大輔

松島大輔(まつしま だいすけ):
金沢大学融合研究域 教授・博士(経営学)

<略歴>

1973年金沢市生まれ。東京大学卒、米ハーバード大学大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省後、インド駐在、タイ王国政府顧問を経て、長崎大学教授、タイ工業省顧問、大阪府参与等を歴任。2020年4月より現職。この間、グローバル経済戦略立案や各種国家プロジェクト立ち上げ、日系企業の海外展開を通じた「破壊的イノベーション」支援を数多く手掛け、世界に伍するアントレプレナーの育成プログラムを開発し、後進世代の育成を展開中。

この後、数回にわたって、日本とタイの二国間グローバル・オープンイノベーション・プラットフォームである、タイ王国公益法人お互いフォーラム(Otagai Forum)(以下、「お互いフォーラム」。)について説明する。お互いフォーラムは、今年(2021年)で10年を迎えることとなった。2011年といえば、日本とタイで大きな災害に見舞われたことを覚えているだろうか。日本では、3月11日に東日本大震災が発生し、大型地震と共に、未曽有の巨大な津波に襲われた。タイでは、同年秋口から、大洪水が深刻化した。

両国で同時に直面した課題とは何か?それは、サプライチェーン(供給網)の寸断という事態である。両国は生産ネットワークによって直接結び付けられていたのである。筆者は当時、日本とタイで二度にわたるこのサプライチェーンの寸断を経験した。当時、事業継続計画(Business Continuity Plan:BCP)という言葉が流行したが、生産効率を追求した日系企業のグローバルなバリューチェーンの脆弱性が露呈したものであった。このような状況の中で、どのように危機管理体制を敷くか? 大手企業にとっては、デュアル・システム(dual system)のような生産代替可能なバックアップ・システムを敷くことも可能であろう。また、メーカーにとっては、部品の代替供給を、下請け側の義務として要求するという動きもあった。しかし問題は、日本企業の99%を占める、中小・中堅企業である。特に下請けとして仕事を受け、メーカーと系列関係に入った企業群である。この場合、自社で独自のデュアル・システムを構築することは、経営体力的にも難しい。大企業であっても、国境をまたいだサプライチェーンに関して、BCPを敷くことは難しいだろう。こうした観点に立って、検討されたのがお互いフォーラムである。つまり、日本とタイの間で、産業クラスタの間で有事の際にバックアップを行うための連携である。「まさかの時はお互い様」という精神である。

実際、2011年の東日本大震災で自動車車載用半導体部品製造のルネサスエレクトロニクス株式会社(Renesas Electronics Corporation)の那珂工場(茨城県)が被災した際には、同じ半導体製造企業であるローム株式会社(ROHM Co., Ltd.)が代替生産を協力し、逆に、ロームがタイの洪水で被災した際には、ルネサスが代替して生産することで協力したという。

さらに、日本国内の産業クラスタ間では、メッキの生産組合どうしの連携が進められた。2011年には、神奈川県メッキ工業組合(神奈川県横浜市所在)と新潟県鍍金工業組合(新潟県三条市所在)が、危機の際の相互生産代替支援をあらかじめ約束しあう協定を、日本で初めて締結した。背景には、2004年に発生した新潟県中越地震に際して、日本海側のみで生産を完結することの危険性を認識したことにある。同時に、今後の南海トラフ大地震等の懸念という太平洋側の危機を想定した連携が展望される。その後、新潟県下の企業(群)については、実に4つものBCPに関する地域を越えた協定を提携している(下記、表参照)。下請関係で仕事を受けている中堅・中小企業にとっては、いったん仕事が他の企業に振り替えられると、新たな経路が構築され、その経路依存による履歴効果(hysteresis)が起こる可能性がある。つまり災害は、一時的な被災による被害だけでなく、顧客を失うことで操業の危機に直結する可能性がある。

協定を締結した時期 新潟企業(群) 他地域企業(群)
2011年4月 新潟県鍍金工業組合 神奈川県メッキ工業組合
2013年9月 ㈱BSNアイネット イッツ・コミュニケーションズ㈱(東京都)
2014年2月 (有)ミノルプレス工業所、後藤鋏業㈱ ㈱賀陽技研(岡山県)
2016年9月 胎内高原ハウス㈱ ジェイウォーター㈱

参考サイト(外部サイト):
胎内高原ハウス株式会社(胎内市)が、熊本県企業と『災害時における相互応援協定』を締結します - 新潟県ホームページ (niigata.lg.jp)

実はこうした連携は単に非常時のバックアップ、BCPを期待するだけではない。筆者が、このお互いフォーラムを政策的に仕掛けた理由は、オープンイノベーションとして日本とタイ両国の企業が相互補完、新結合によって、新たなイノベーション創造の機会を得るということを期待してのことである。同時に、このような相互補完体制、分業体制が出来上がることで、より微細な差異を生み出すことも大きな発見であった。一見全くの同業同種の企業や企業群であっても、何らかの強みと弱みをもつことになるだろう。そのような差異を認識することで、連携が相互に深化し、新たな価値を生むというわけである。

例えば、お互いフォーラムの初期に仕掛けてきたライスバレー・プロジェクトでは、日本とタイのコメをめぐる生産地の連携を進めてきた。日本のコメどころ魚沼(新潟県)と、タイのナコン・サワン県(Nakhon Sawan)との連携が端緒であった。ご存じの通り、タイのコメはジャスミン・ライス(jasmine rice)のような長粒種、インディカ米の品種である。1995年に勃発した「平成の米騒動」の際、タイから緊急輸入されたタイ米を覚えているかたも多いだろう。日本のごはんとしてはパサパサと水気が少なく、とても食べられたものではなかったため、当時筆者は学生であったが、多くがチャーハンなどに利用されたことを鮮明に覚えている。日本のコメ、ジャポニカ米は短粒種で湿気を多く含んだコメになる。

実際ライスバレー構想では、日本のジャポニカ米で展開された様々な機能性食品を、タイのインディカ米に展開して新たな市場の拡大を目指すという計画であった。その一つが、ホリカフーズが仕掛けた「低たんぱく米」精製技術。腎臓病を患い、人工透析を受ける必要がある患者であれば、低たんぱく質は食事療法として最適である。当時すでに魚沼産コシヒカリの低たんぱく米の精製技術を確立していた同社が、その応用として、タイのジャスミン・ライスで低たんぱく化に成功する技術を確立したのである。ご存じの通り、日本の人工透析の費用は国の健康保険費用を圧迫しており、数兆円のオーダーで毎年国が財政負担を強いられている。これに対し、もし食事療法が確立されれば、こうした問題が解決されるとともに、美味しいコシヒカリも十分に食することができるので患者のQoL(Quality of Life:生活の質)向上にもつながる。タイも当然ながら高齢化に伴い、人工透析患者も増えつつある。その際、新たな食事療法によって、生活習慣病のうち、腎臓病患者を救うことができるだろう。

お互いフォーラムが協力して実現する、こうした日本とタイの連携を前提とした横展開によって、新たな市場開拓が実現するとともに、その延長上に、それぞれの強み(「魚沼産こしひかり」と「ジャスミン・ライス」)の差異を利用することによって、当初国内のニッチ市場を目指していた企業が、直面する市場を拡大することができるというわけである。単に、日本米を売り込むという従来型の古典的な戦略ではなく、日本の食品加工技術を活用して、新たな市場を開拓することができるのだ。分業の深化が、結果として、新たな価値創造を実現するというわけである。実際、先ほど指摘した新潟県の相互連携BCPを進めてきた細坪信二・一般財団法人危機管理教育&演習センター理事長によれば、連携した相互の企業群で、やはり同じ業界・業種に属しているにもかかわらず、それぞれの強みの差異が「発見」され、新たなビジネス・アライアンスや協業体制が構築されていく機会になるという。

このあたりが、なぜ競合他社が国境を越え、地理的な距離を保ちつつ連携するメリットがあるのかを説明してくれるだろう。ライバルであっても、否、ライバルであればあるほど、分業を意識することによって互いの差異を「発見」し、そのプロセスを通じて、両者が連携して、新たな価値創造を実現することができるというわけである。

既存の技術やノウハウを単に組み合わせるだけでは、なかなか本格的なグローバルなオープンイノベーション(open innovation)を起こすことは難しいだろう。グローバルな連携には、それぞれの強みの差異を明らかにし、その相互補完を目指していく必要がある。