再創業支援型インターンシップと産学融合のすゝめ④~アントレプレナー・インターンシップのタイでの成功事例~

2022年03月08日

松島大輔

松島大輔(まつしま だいすけ):
金沢大学融合研究域 教授・博士(経営学)

<略歴>

1973年金沢市生まれ。東京大学卒、米ハーバード大学大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省後、インド駐在、タイ王国政府顧問を経て、長崎大学教授、タイ工業省顧問、大阪府参与等を歴任。2020年4月より現職。この間、グローバル経済戦略立案や各種国家プロジェクト立ち上げ、日系企業の海外展開を通じた「破壊的イノベーション」支援を数多く手掛け、世界に伍するアントレプレナーの育成プログラムを開発し、後進世代の育成を展開中。

参考:再創業支援型インターンシップと産学融合のすゝめ③~長崎ブレークスルーでのタイ実践事例~

森林火災の原因は「焼畑」

前回(上記参照)紹介したアントレプレナー・インターンシップを通じた、消防自動車メーカーのタイでの業態転換のストーリーについてさらにその経過を追っていこう。

舞台となったのはタイ北部の古都チェンマイ(Chiang Mai)。このチェンマイでは、ヘイズ(haze)と呼ばれる煙害が深刻化している。なかなかコロナ禍で簡単にタイに行くのは難しいが、近年、乾季である1月から3月ごろにチェンマイ空港に降り立つときはいつも、煙で真っ暗な空港に降り立つ日も多い。場合によっては、飛行機が下りられなくなる日もあるという。

当初、日本の消防自動車の輸出を目指し、この煙害対策のための消火活動をターゲットに調査が進められたが、森林火災の原因はなんと「焼畑」であった。タイのみならず、タイ北部で国境を接するミャンマーやラオスなどの地域から延焼によるものもあり、こちらはさらに深刻であった。再創業支援型インターンシップに参加した学生がなぜ山岳地帯の消火活動に着目したのか。実は、前回紹介した株式会社「ナカムラ消防化学」を分析したコア・コンピテンスシートに由来する。こちらが、学生が同社の「強み」を分析した、コア・コンピテンスシートである(図1参照)。

図1 コア・コンピテンスシートの例

消防自動車メーカーのみならず、消火・防火の新商品を開発し続けてきた同社にはいろいろな「強み」がある。同社は現会長の豊かな発想により、消火に関する商品が次々と生み出されてきた。例えば、「消す消火ボトルshobo」は、棒状のボトル型消火剤で、「しょうぼう」と「ぼう」をかけたネーミングが秀逸である。また、同じような機能のボール状の消火剤である「火護之守(ひごのかみ)」は、インパクトの強い一度聞いたら忘れないネーミングである。実際、タイやインドから産学連携ミッションが訪問した際には、同社工場を見学させていただき、その際、これらの消火剤の実演をさせて頂いた。「百聞は一見に如かず」の言のとおり、こうした海外ミッション団の皆さんに、その雄姿を十二分に示すことができた。

シスキューの性能に注目

そのなかで学生が注目したのは、ナカムラ消防化学が開発した消火ポンプ「シスキュー(SYSCUE)」である。

図表2 シスキュー(SYSCUE)とその特徴

シスキューは、図表2のとおり、超小型の機能性の高い消火ポンプである。写真では台車に載せているが、ポンプの部分だけを取り外し可能の可動式ポンプである。130キログラムということで緊急時にはこれだけを持ち運びも可能である。操作性にも優れ、高齢化が進む日本の地方の地域防災に対し、高齢者や子供だけでも消火活動ができるという。

極めつけは、送水の機能。ホースによる送水距離は1キロメートル、垂直に水を上に飛ばす場合、その距離は100メートルにもおよぶ。他社比較でみても、水平送水は4倍、垂直送水は3倍強となる(図表2参照)。なぜこのような機能的進化を遂げたのか。長崎の消火活動は特殊である。訪問された方は良く納得できると思うが、港町特有の坂の街としての風情がある。家が坂に沿って建てられているため、通常の大型消防ポンプ車が入ることが難しい。この長崎の地形に対して適応する過程を通じて、ポンプ車も独特の進化を遂げたというわけである。この送水距離に着目したのが、先ほどのチェンマイの山岳地帯の消火活動に投入できるどうか検討を進めた。

山火事対策の根本治癒へ

しかし話はここでは終わらない。消火はあくまで対処療法である。不幸にして毎年発生する山火事対策は可能であるが、根本的な問題解決には至らない。つまり根本治癒が必要である。ではどうすればよいか?ここで発想がさらに飛躍した。いわゆるセレンディピティ(serendipity、偶然を手繰り寄せる効果)である。と同時に、「根本治癒を図るにはどうすればよいか」という問いに変換する、問い立てをリフレーミング(再構成)することによって、破壊的なイノベーションの萌芽を見つける、これが、アントレプレナー・インターンシップの要諦である。参加した学生自身が、その実践的なプロセスのなかで見出していく実践である。決して、天下り式に「問題」が設定され、それを「解く」という方法ではない。「問い」自体を創造していく過程、すなわち、「課題」を「発見」し、「設定」する能力の涵養こそが、このプログラムの本質である。

農業形態の転換

根本治癒を図るのであれば、焼畑に頼らない地域の農業、経済システムが必要となる。ちょうどチェンマイでは、地方当局や地域を挙げて、農業のアップグレードを進める政策が展開されてきた。典型的なのは"Capital of Coffee"(珈琲都)構想である。チェンマイ・コーヒーをグローバルにブランド化しようという施策であり、インドネシアのマンデリンコーヒー宜しく、タイでも新たなコーヒーブランドを打ち立てようとしているのだ。チェンマイではほかに、ワインやベリーなどの栽培も進む。このように、果樹として栽培すれば、焼畑を行う農業形態から業態転換することができ、根本治癒になるというわけである。そのために必要なのが、山岳農業の灌漑システムとなる。シスキューはこうした課題解決に貢献できるというわけである。

実際、チェンマイ以北の山岳地帯は、かつてクン・サー将軍( Khun Sa、中国名「張奇夫」)率いる反政府勢力が拠点を構える無法地帯があった。ケシの花の栽培が広がり、麻薬製造によって得た収入がその資金源であったとされる。タイとミャンマー、ラオスの国境地帯、「黄金の三角地帯」とさえ呼ばれた地域である。これに対し、タイ政府は制圧を試みたが、ケシの花を焼却しただけでは、地元で生活する人々は所得を求めて、再び麻薬の栽培を始めるかもしれない。そこで王室プロジェクト(Royal Project)などを中心に、高原農法などを伝えることによって、この地域の授産体制を確立したという。こうした持続可能な農業を目指す農政によって、この地域が再生したというわけである。こうした歴史的経緯を踏まえ、果樹の楽園として地域が再生すれば、新たな産業の機会ともなるだろう。地域の課題を詳細に分析し、何度も何度も仮説をぶつけてみることで、新たな案件形成にアイデアを実現する。その典型的な事例といえるだろう。

長崎大学に勤務当時、こうした企業と学生の取り組みを支えるべく、タイ政府、チェンマイ市副市長、チェンマイ大学教授など大勢の要人をタイから招聘し、「国際防災イノベーション会議」という国際会議を長崎大学で開催した。これを弾みとして、同社のタイ展開を容易にする試みである。併せて、チェンマイ大学でも、今度は防災イノベーションに関するミッションを派遣することで、実ビジネスへの橋渡しをお願いした。

カステラとのコラボも

もう一つ、最近著者のところにうれしいお知らせがもたらされた。コロナ禍でオンラインを中心に長崎大学で継続的に授業を行った学生の中から、同じように地元企業との連携によって事業化に成功した事例である。長崎といえば、カステラ。200年以上続く、諫早市の老舗カステラ屋である株式会社「菓秀苑森長」が展開する半熟生カステラと、グローバルなチョコレートメーカーとのコラボレーションが実現したのである。学生が仮説を検討する過程で、同社の日本社長を紹介し、その対話のなかで、森長の国際事業を担当する株式会社「わかたむ」の代表取締役社長兼CEOで菓秀苑森長の総合企画室室長を兼務しておられる若杉和哉氏にお願いして具体化した。2021年7月から販売が始まっている。学生からも自らの手掛けたプロジェクトの成功を伝える喜びの声がもたらされた。ちなみに若杉社長は大変なアイデア・パーソンであり、また行動派の社長で、「半熟生カステラ」をタイのサイアム・パラゴンという目貫通りにあるデパートの地下で販売し、大成功を収めている。タイ人にとって「生」の食品はお腹を壊すのではないかと忌避されていたが、この半熟を「火山(溶岩)」に見立てて"Lava"とすることによって、売り上げが伸びたという。このように長崎ブレークスルーの学生も何人か若杉社長のもとで「修行」し、タイでのビジネスの立ち上げという実践を経験させて頂いた。

意欲と理解のある進取の気性に富んだ企業が、学生とコラボレーションすることによって、再創業の萌芽をつかむ。このような具体的な成果が積みあがることによって、コロナ禍を経た日本でも新しい事業がどんどん生まれていくことを期待したい。