G20における科学技術・研究・イノベーションに関連する議論④―G20とCOP27/COP15

2022年12月09日

樋口義広(ひぐち・よしひろ):
科学技術振興機構(JST)参事役(国際戦略担当)

1987年外務省入省、フランス国立行政学院(ENA)留学。本省にてOECD、国連、APEC、大洋州、EU等を担当、アフリカ第一課長、貿易審査課長(経済産業省)。海外ではOECD代表部、エジプト大使館、ユネスコ本部事務局、カンボジア大使館、フランス大使館(次席公使)に在勤。2020年1月から駐マダガスカル特命全権大使(コモロ連合兼轄)。2022年10月から現職

気候変動と生物多様性

エジプトで開催されたCOP27では、気候変動対策のための資金負担について、先進国といわゆる「グローバル・サウス」と総称されるようになった開発途上国との対立が先鋭化した。COP27は会期を延長して、気候変動の「損失と損害」を受ける途上国を支援するための新たな基金を創設するとした成果文書を採択して閉幕した。基金の具体的な内容は来年のCOP28で議論されることになる。

COPに先立って開催されたG20 環境・気候大臣会合(8月31日)には、G20メンバー以外に、エジプト、カンボジア、オランダ、フィジー、シンガポール、スペイン、アラブ首長国連邦が招待国として参加したが、共同声明の採択は見送られ、成果文書は議長総括となった。議長総括は、生物多様性を含む環境パートと気候変動パートに分かれている 1

G20の昼食会の様子
(出典:首相官邸ホームページ)

バリ首脳宣言では、環境と気候変動に関して多くのパラが割かれているが、2つのCOPに関して、気候変動に関しては「アフリカで開催されているCOP27において損失及び損害について進展させることを奨励する」旨(パラ13)、また生物多様性については「ポスト2020生物多様性枠組み(GBF)の実現に向けたこれまでの進展を歓迎する」とともに、COP15第2部において「GBFを妥結させ、採択することを全ての締約国及び国に求める」(パラ14)としている 2

G20議長国インドネシアが特に重視する生物多様性に関しては、12月はじめに生物多様性条約(CBD)のCOP15第2部がカナダで開催される。当初、COP15は2020年に中国で開催される予定であったが、新型コロナの世界的な流行という状況を踏まえて延期された後、第1部と第2部に分けて開催されるという異例の展開となった。COP15第1部は、2021年10月に中国・昆明で開催され、2010年の「愛知目標」に続く生物多様性の新たな世界目標「ポスト2020生物多様性枠組:Post-2020 Global Biodiversity Framework (GBF)」の採択を目指す第2部が2022年に開催されることになった。しかし、今年6月にCOP15第2部は開催地を中国からカナダに変更して12月に開催されることが新たに発表された。COP15第2部の議長国は引き続き中国が務める。

今年6月、ケニアのナイロビにおいて、GBFに関する第4回公開作業部会(OEWG4)が開催され、今年3月のOEWG3に引き続き、この枠組の各目標案を中心とした議論が進められたが、多くの論点について合意に至らず、議論は持ち越された。カナダのCOP15第2部でどのような形で実効性のある野心的な目標が採択されるのかについては予断を許さない。

その他のG20関連大臣会合等での科学技術・研究・イノベーションの扱い

先に述べたように、科学技術、イノベーションとそのための研究開発は、G20プロセスのその他のテーマに関する議論の中でも横断的な形で関わってくるテーマであり、多くのG20関連大臣会合の成果文書の中に関連する言及や記述がちりばめられている。これら全てを網羅的に見ていくことは難しいが、ここではその幾つかについて簡単に見てみたい。

(保健)

G20保健大臣会合は6月と10月の2回に亘って開催され、10月会合では成果文書として議長総括が発出された 3。同会合では、「強靱なグローバルヘルス・システムの構築」、「グローバルなデジタルワクチン証明」、及び「グローバルな製造・研究ネットワークの拡大」を主なテーマとして議論が行われた。

併せてG20財務大臣・保健大臣合同会合も開催され、パンデミック対応における財務・保健の連携の必要性や、世界銀行に設立された「パンデミック基金」について意見交換が行われた。この流れを踏まえ、バリ首脳宣言では、「我々は、世界銀行が主管するパンデミックPPR(prevention, preparedness and response:予防・備え・対応)のための新たな金融仲介基金(パンデミック基金)の設立を歓迎する」旨記述され、G20首脳の支持(political blessing)が与えられた。現時点で同基金には20カ国と3つの慈善団体(ビル&メリンダ・ゲイツ財団等)が総額14億ドル(約1900億円)の拠出を表明しており、日本政府も5千万ドルの貢献を行うことを表明している。新たなドナーに対しても貢献が呼びかけられている。

研究開発の文脈では、保健大臣会合の議長総括とバリ首脳宣言にほぼ同趣旨の内容(ワクチン、治療薬及び診断薬へのより良いアクセスを促進するために現地及び地域的な保健医療用品の製造能力及び協力を強化する必要性を認識し、官民パートナーシップ、技術移転や知見の共有の重要性を強調する等(首脳宣言パラ23))が盛り込まれている。

(エネルギー移行)

G20エネルギー移行大臣会合は、9月2日に開催され、クリーンで持続可能な、公正かつ負担可能な、包摂的なエネルギー移行を加速するための行動について議論が行われ、議長総括が発出された 4。議長総括は、スマート・クリーン技術のスケールアップとそのための投資、技術開発と技術移転のための協力の強化等の重要性を強調するとともに、「バリ・コンパクト」(議長総括付属文書)にて、官民協力、商業的実現可能性の改善、及び次世代技術へのアクセスの確保を通じて、研究、開発、実証、普及、展開を促進するためのイノベーションの生態系(ecosystem)の構築・強化を含む、メンバー国が自主的に取り組む9つの原則を提示している 5

(デジタル経済)

9月1日に開催されたG20デジタル経済大臣会合は、デジタル・トランスフォーメーション(DX)に関して、接続性・COVID19からの回復、デジタルスキル・リテラシー、及び信頼性ある自由なデータ流通(DFFT)と越境データ流通の3つの優先事項を中心に議論が行われ、議長総括が発表された 6。G20を含む多くの国で、DXは経済回復を可能とする重要な手段(enabler)となっている。同大臣会合では、イノベーションはグローバルなデジタル経済の発展の駆動力となることから、研究、開発、イノベーション、デジタル技術を共同で促進し、包摂的かつ具体的な成果を実現し、特に途上国や中小企業を含む、幅広い多角的なステークホルダーの参加を得てイノベーションを可能とするエコシステムを構築することは、国際社会にとって共通の利益であるとの認識が示された(議長総括パラ14)。

まとめ:科学技術外交の場としてのG20

ここまで科学技術、研究、イノベーションというキーワードを切り口として今年のG20プロセスを概観してきた。G20という大きな国際舞台は、議長国のインドネシアにとって多国間の場で科学技術外交を展開する機会を提供したと見ることができる。

科学技術と外交の関係は、「外交のための科学技術」、「科学技術のための外交」、「外交における科学技術」の3つの側面で捉えられるとされるが 7、今回のG20プロセスにおけるインドネシアの科学技術外交は、主として「科学技術のための外交」であった。

もちろんG20以外にも科学技術外交の場や機会は多数存在する。科学技術を直接的なテーマとした二国間協議の機会もあるし、科学技術により特化した多国間フォーラムもある。

特に発展が著しいアジア・太平洋地域では、各国が挙って科学技術の発展と活用に力を注ぐようになっており、各国間の国際協力も強化されている。昨年、科学技術振興機構(JST)にアジア・太平洋総合センター(APRC)が設置された背景にも、このような現状認識がある。この地域における科学技術分野での国際的な協力が強化される中では、外交的な側面もまた増えてくるだろう。このような文脈の中で、今回インドネシアがG20議長国を務め、科学技術・研究・イノベーションについて積極的な外交を展開しようとしたことは、この地域で生じているダイナミックな動きを我々に垣間見させるものでもあった。今後もアジア・太平洋地域では、こうした各国の科学技術外交が様々な形で縦横に展開されていくことが想定される。

=このシリーズおわり

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