2023年12月20日 JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 斎藤 至
東南アジア諸国連合(ASEAN)は2023年を通じ、欧州連合(EU)と3回の「技術マネジメント・ハブ」(Technology Management Hub, TMH)ワークショップを実施した。外交関係45周年を迎えた2022年末のEU-ASEANサミット1に次ぐ具体的な取り組みとなる。本稿では、各回の開催概要を振り返りつつ、両地域間協力の将来を展望してみたい。
多様性を持つASEAN諸国の科学技術協力を促す取り組みが始まっている(イメージ)
参考:
ASEAN-EU外交関係45周年、さらなる科学技術協力へ向けて(前編)
ASEAN-EU外交関係45周年、さらなる科学技術協力へ向けて(後編)
技術マネジメント・ハブ(TMH)とは、ASEAN内で設置構想中のオンライン・プラットフォームで、商業化に適した大学の基礎研究をイノベーティブな民間企業の事業活動と掛け合わせ、研究加速・知識交換・技術移転を促す取り組みである。2023年開催のワークショップ概要は下記の通りである。
開催月日 | 第1回(2月23~24日) | 第2回(3月16~17日) | 第3回(11月21日) |
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開催地 | ジャカルタ (インドネシア) |
シェムリアップ (カンボジア) |
プノンペン (カンボジア) |
開催主旨 | ステークホルダーによるTMHの協働デザイン | TMHの組織構成、実施プロセス、財政の検討 | 越境的技術移転の好事例、TMHのPoC起草 |
企画・主催 | COSTI, DG RTD, BRIN | COSTI, DG RTD, MISTI | COSTI, DG RTD, MISTI |
3回にわたる技術管理ハブ(TMH)ワークショップの開催概要
(EU、ASEAN 各ウェブサイトを参照し筆者作成。なおPoCとは「概念実証」の略語で、新たな概念やアイデアの実現可能性を示すために、簡易的なシステムを導入して検証すること)
今般一連のワークショップはASEAN単体ではなく、ASEAN科学技術イノベーション委員会(COSTI)と欧州委員会研究・イノベーション総局(DG RTD)の連携で実現した。E-READI2での合意の下、EUとASEANの間の政策対話やASEANの科学技術分野における統合を支援するプロジェクトの一環として進行している。2022年のサミット共同声明で見られたように、EUがASEANの主導する各分野での取り組み支援を基調に置きながら、地域連合間の協力を緊密化する構図となっている。これは多くの域外協力枠組にも見られるASEANの「中心性(centrality)3」を尊重する構図と言える。
諸外国の有力なパートナーを域内に誘致してイノベーションを促すハブ機能は、2022年に発表された「EU-ASEAN 戦略的パートナーシップ青書」でも、「研究・イノベーション政策交換プラットフォーム」の構築が待望されている状況である。2025年までのASEAN行動計画4でも、「科学技術インフラと支援システムの強化」は戦略的柱の5つ目として位置付けられている。同行動計画で第1の戦略に掲げられた「ASEAN科学技術ネットワーク (ASTNET)」の設置と共に、ASEAN TMHは科学技術の産業応用面で域内諸国の連携を強化する構想と捉えることができる。
人材交流は、特にEUの立場からすれば、域内外の研究者の相互交流を促すことにつながるため、欧州研究圏(ERA)の拡大という理念にも合致する。2022年12月12日、ブリュッセルで開かれた合同サミット共同声明でも「エラスムス+」(2021~27年)、高等教育への支援(EU SHARE)(2015~22年)などが表明された。既に稼働中のEUによる研究人材ポータルEURAXESSでも、北米・アフリカなどの諸地域や日中韓などの諸国と並んでASEANのページ5が見える。
地域研究インフラ(RRI)整備の一環として見れば、ASEAN COSTIは「研究インフラのための欧州戦略フォーラム」(ESFRI)と協力して、ASEAN加盟国域内の研究インフラの調査活動が進められている。2023年11月13~15日にはタイ・バンコクで進捗・知見の共有を目的としたフォーラムが開催された。個別分野で見ても、新型コロナ禍中の2021年より高性能コンピューティング(HPC)に関する共同教育プログラム6が開かれるなど、既に交流は活発である。
ASEAN TMHは、ASEAN域内はもとより、世界の地域連合を見渡してもEUの科学技術協力に次ぐ取り組みであり、もし実現すれば東南アジア地域内の科学技術協力を促す大きな一歩と期待できる。新たな節目に向けた両地域間の協力を注視したい。