2025年12月24日 斎藤 至(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
12月5日、シンガポールの次期5カ年計画である「研究・イノベーション・企業2030年計画(以下、RIE2030)」が第15回研究・イノベーション・企業評議会(RIEC)で承認され、首相府より発表された。同国の研究とイノベーションを推進し、経済的・国家的優先事項を支援するため、RIECが策定しており、今回は今後5年間でGDPの1%に相当する約370億シンガポールドルの研究開発予算を掲げ、前期計画のRIE2025を拡充した内容となっている。本稿では同計画の概要を述べ、過去の歩みと対比しつつその特徴を明らかにする。
RIE2030は、RIE2025と同じ4領域に「学術研究・人材」を加えた5領域で構成されている。
さらに、国家重要領域の主要課題に対応する一連の研究プロジェクトを支援する強力なミッション主導型のプログラムが発表された。具体的には2つの「RIEフラッグシップ」と2つの「RIEグランド・チャレンジ」を立ち上げ、2026年4月にそれぞれの1領域を下記の通り開始する予定である(それぞれの2つ目の領域については、現在、未発表)。
「半導体」の強化はAI・付加的製造業・ロボティクスの研究力を高め、地場中小企業をグローバル・サプライチェーンに組み込んで、5領域のうち(1) MTCの強化に寄与する。また超高齢社会への対応は、(2) HHPの強化に寄与する。
RIE2030では国際協力強化も盛り込んでいる。欧州連合(EU) の研究イノベーションプログラム、ホライズン・ヨーロッパへの参加は、準加盟国として2024年5月から交渉を開始しているが、このたび、中期計画の一部として補完基金と国内連絡窓口(NCP)が設置された。
なお、シンガポールの中心的な研究機関であり、産学連携を主とした研究統括・支援機関でもある科学技術研究庁(A*STAR)も、RIE2030を踏まえたビジョンを表明した。タン・チョー・チュアンA*STAR議長は、2025年12月開催のシンガポール科学会議(SSC)で講演し、データ・AI・計算機の研究開発能力を一体的・相乗的に強化すると表明した。具体的には、①ドメイン研究者、AI専門家、データ科学者・計算機科学者が相互交流できる場の構築。②AI・計算機ドメイン高度人材の獲得・育成、③関連研究・イノベーションイニシアティブ、をそれぞれ促進する。あわせて、同庁に附置された情報通信研究所 (A*STAR I²R) と高性能計算機研究所 (A*STAR IHPC)を統合し、データ・AI・計算機の能力構築を一手に管轄するとしている。
以下では、RIE2030を過去のRIEと比較してみたい。
まず、研究開発予算はRIE2025においては250億シンガポールドルであったため、約1.5倍の増額になる。9月に議会で論じられた経済青写真でも、「科学技術イノベーションの経済成長に対する寄与」が重ねて強調され、特に、長期的・持続的な投資が国の研究開発基盤を強固にしてきたと総括されている。本計画における予算の運用は、この観点を踏襲すると考えられる。
次に枠組だが、RIE2030で示された5領域のうち「学術研究・人材」を除く4領域は、範囲を調整しつつ、RIE2020・RIE2025で示された4領域をほぼそのまま引き継いでいる。但し、フラッグシップとグランド・チャレンジを国家重点課題として別途掲げた点が新たな特徴と言える。前者については、半導体を基盤とするAI技術を念頭に、国家AI戦略2.0(NAIS2.0、2023年)、スマート・ネイション2.0(SN2、2024年)などの発表を通じ、布石が打たれてきた。後者については、人口の超高齢化が社会課題として重視される背景があるとみられる。
最後に、RIE2030の5つ目の横断的な領域である「学術研究・人材」の位置付けである。人材はシンガポールの建国当初から重要な国家資源と認識され、人材開発は21世紀に政府が策定した過去全ての科学技術5カ年計画に盛り込まれてきた。具体的には、生物・医学分野を手始めに外国トップ人材を高待遇で抜擢しつつ、シンガポール国立大学と南洋理工大学の主要2大学を研究型大学へと大胆に変革し、優秀な国内人材の育成やASEAN域内留学生の確保に取り組んできた。世界的にも高度人材獲得競争は一層激化している。RIE2030では、こうした国際情勢に即応した制度の立ち上げが複数予告されており、これらの具体的な発表を引き続き注視すべきである。