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―NSFC青年科学基金プロジェクト(A類)採択者のキャリアパス分析―

中国のトップ研究者はどこで育ち、どこでキャリアを形成するのか(1)
―NSFC青年科学基金プロジェクト(A類)採択者のキャリアパス分析―

渡辺浩司(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー) 2026年07月01日

一、本調査の概要

 近年、中国人研究者は中国だけでなく各国の大学・研究機関で活躍している。その数は多く、優れた研究成果を挙げる例も少なくない。一方で、米中関係や国際情勢の変化、各国の政策動向などにより、中国と米国の間をはじめとする国境をまたいで形成されている研究人材パイプラインが変化する可能性がある(白尾, 2026)。しかし、中国人研究者の大学学部から現職に至るまでのキャリアパスについては、十分に把握されていない。その実態を明らかにすることは、今後の国際科学技術協力や人材政策を検討する上で有益な示唆を与えると考えられる。

 JSTアジア・太平洋総合研究センター(APRC)では、「Science Portal China」において「中国の研究人材育成に対する米国の影響」と題した一連のコラムを通じて、中国人研究者の米国をはじめとする海外における育成・交流動向の分析を行った。また、「海外ネットワークが支える中国の研究開発力」と題したコラムでは、「Science」誌および「Nature」誌に掲載された論文の中国系姓をもつ第一著者を対象に、国際共著ネットワークの動向を調査した。

 これらの調査分析で得られた知見や問題意識を踏まえ、本調査では、将来の有力研究者と考えられる層に着目し、そのキャリアパターンを明らかにすることを目的とした。

二、調査対象・データセット

1.調査対象

 調査対象は、2025年度中国国家自然科学基金委員会(NSFC)の「青年科学基金プロジェクト(A類)」(旧・国家傑出青年科学基金プロジェクト)採択者全216名(うち、香港所在者2名、マカオ所在者2名)とした。

 本プロジェクトは、基礎研究分野で優れた成果を挙げた若手研究者を対象に、独創的な研究を支援し、将来の学術リーダーの輩出を目的としている。1994年に前身となる「国家傑出青年科学基金」が創設され、2025年に現在の名称・内容へと改編された。

 応募資格は、博士号または教授級の職位を有し、研究経験を持つ若手・中堅研究者としている。応募年齢上限は男性45歳、女性48歳であり、採択後は所属機関において年間9か月以上研究に従事することが求められる。

 なお、本調査は特定の条件で選抜された中国人研究者を対象としており、中国人研究者全体の特性を示すものではない。また、公開情報に基づく調査であるため、一部にデータの欠損等が含まれる点にも留意が必要である。

2.収集データ

 研究者のキャリアパスの傾向を分析するため、公開情報をもとに下記表の情報を可能な範囲で収集・整理した。

表1 データ主要項目
※過去所属については、一定のデータ数が収集できた過去所属1(博士号取得後最初の所属)のみをキャリアパス調査に使用した。
データ主要項目
・現所属機関
・学部卒業大学名・専攻・卒業年
・修士課程大学名・専攻・修了年
・博士課程大学名・専攻・取得年
・博士修了・博士号取得後の研究経歴(所属年順に過去所属1~過去所属5に記録)
・それぞれの所在国・地域

3.データセット

 公開情報をもとに、上記主要項目からなる研究者の学歴および研究経歴などに関するデータセットを構築した。修士課程に関するデータは127名分(59%)が欠損している。ただし、中国では学士課程修了後に直接博士課程へ進学するケースも少なくないために、修士課程の経歴自体を有しない研究者が一定数含まれると考えられる。

 信頼水準95%、許容誤差±5%を前提とした場合、統計的に有効な分析に必要なサンプル数は約139名(N>138.5名)である。本データセットは、修士課程に関するデータを除き、統計的に必要なサンプル数を確保している。

表2 データセット各項目のデータ有無
※母数=216
項目 データ有 データ無
現職 216(100%) 0(0%)
学士 200(93%) 16(7%)
修士 89(41%) 127(59%)
博士 216(100%) 0(0%)
過去所属1 202(94%) 14(6%)

三、調査分析結果

 データセットをもとに、中国人研究者の学士、修士、博士、過去所属1、現職の各キャリアパスにおける所在国の推移をグラフに示したものが図1である。

図1 研究者のキャリアパスにおける所在国:2025年度NSFC青年科学基金プロジェクト(A類)採択者

1.キャリアパスにおける所在国・所属大学の変化

 ここでは、各段階におけるキャリアパスの特徴について、所在国及び所属していた大学・研究機関(本コラムの補足資料参照)をもとに分析する。なお、ここで示す分析結果は、2025年度NSFC「青年科学基金プロジェクト(A類)」採択者216名を対象としたものであり、採択時点(2025年)で36~48歳に相当する世代(博士号取得年:2003~2017年)に関するものである。

(1)学位取得段階(学士・修士・博士):国内有力大学(C9・985)が中心

 学士課程段階では、90%以上の研究者が中国国内大学に所属しており、修士・博士課程においても経歴が判明している範囲では同様の傾向が確認される。所属機関については、中国のトップ9大学「C9」や、1998年5月に中国教育部が国際水準の研究力の実現を目的として開始した重点支援プロジェクト「985工程」の対象39大学、中国科学院(中国科学院大学)への集中が顕著であり、学士ではC9・985工程が約60%、博士ではC9・985工程が約47%、中国科学院が約15%、合計約62%である。学士・博士の学位取得先の約6割は、C9・985工程大学または中国科学院(中国科学院大学を含む)で占められている。

 博士課程段階では一定数の海外移動も確認され、25.9%が海外や香港・マカオで博士号を取得している。特に米国への集中が顕著であり、11.6%と海外所在者の半数近くを占める。

(2)ポスドク等の初期キャリア段階:半数以上が海外へ

 研究者の国際移動が最も活発となるのは、博士号取得後のポストドクター等の初期キャリア(過去所属1)である。所在国別でみると中国国内36.6%、米国33.3%、その他海外地域23.6%である。米国とその他海外を合わせると56.9%となる。この結果は、博士号取得後に米国をはじめとする海外研究機関で研究経験を積むことが、中国人研究者のキャリア形成において重要なステップであることを示している。

 所属先別でみると、中国国内機関では、中国科学院、浙江大学、清華大学、北京大学等の有力大学が多い。海外所属機関では、ハーバード大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)、イェール大学、カリフォルニア大学バークレー校(UCB)、コーネル大学、メリーランド大学等、米国トップ大学に所属経験のある者が多い傾向が示された。

(3)現職:中国科学院・国内有力大学(C9・985)への集中

 NSFCが中国国内研究機関所属者を対象とした研究助成プログラムであることから、採択者の現在所属機関はすべて中国国内機関であり、中国本土212名、香港2名、マカオ2名の構成である。現職所属先について分析すると、単一機関としては中国科学院が最多で36名(16.7%)、次に南京大学13名、浙江大学11名と続く。C9・985全体では117名(54.2%)と非常に多い。中国科学院とC9・985で合計153名(71.0%)であり、これらの機関に顕著に集中している。

(4)中国科学院(CAS):中国人研究者のキャリアハブ機能

 修士課程以降のキャリアにおいて、中国科学院所属経験者数が他の機関に比べて非常に多いことが顕著である。中国科学院は人材規模と研究水準の両面で中国を代表する研究機関であり、多くの優秀な学生や研究者の進学先・進路となっている。つまり、中国科学院は、中国人研究者のキャリア形成におけるハブとして機能し、人材育成と研究活動の双方で中心的な役割を担っている。

(5)キャリア形成モデルに関する示唆

 以上の結果から、中国人研究者の典型的なキャリアパターンとして、「中国国内の有力大学で学位を取得し、中国科学院を含む中国国内有力大学・研究機関で博士号を取得した後、米国を中心とする海外有力大学・研究機関でポスドク等の研究経験を積み、その後、中国国内の有力大学や中国科学院で研究を継続する」というモデルが示唆される。

2.キャリアパスと各要因の関係:年齢、分野、性別

 年齢、研究分野、性別などはキャリアパスに一定の影響を与える可能性があるため、ここでは、それぞれの要因がキャリアパスにどのような影響を与えているのかを検証する。

(1)年齢

 本調査の対象の年齢は主として「青年科学基金プロジェクト(A類)」申請上限に近い35~45歳に集中し、39~41歳が最も多い年齢層となっている。(なお、48歳の研究者が含まれるが、これは博士課程早期修了者、あるいは女性研究者に適用される年齢上限(48歳以下)の対象者である可能性が考えられる。また、35歳以下および44歳以上の研究者についてはサンプル数が限定的であるため、ここでは参考値とする。)

 図2から、博士号取得大学所在国と過去所属1所在国の両方のグラフにおいて、比率の増減はあるものの、36~43歳においては、中国国内、米国、海外(米国+米国以外の外国)の比率は一定に近い。

 博士号取得大学所在国を見ると、中国国内で学位を取得した研究者がおおむね全体の約8割を占め、研究者育成が中国国内を主として行われている。他方で、過去所属1(ポスドクなど、博士号取得後最初の勤務先)の所在国に着目すると、中国、米国、米国以外の海外の比率はいずれも概ね3割前後で推移している。米国と米国以外の外国を合わせると6割前後を占め、米国をはじめとする海外研究機関でポスドク等の初期の研究経験を積んでいる。

図2 年齢による変化

(2)研究分野

 研究分野別にみると、いずれの分野においても中国国内で博士号を取得した研究者の割合が高い傾向にある。その一方で、「コンピュータサイエンス」では中国4名に対して海外3名、「海洋・地学・環境」では中国11名に対して海外8名、「生命科学」では中国10名に対して海外7名となっており、これらの分野では他分野と比較して海外で博士号を取得した研究者の割合が相対的にやや高い。

 また、過去所属1の所在国に着目すると、「医学」、「工学」、「土木・建築」、「物理学・数学」では中国国内所在の方が多く、ほかの分野では米国所在の方が多い。特に「コンピュータサイエンス」と「生命科学」では米国の割合が比較的高いことも特徴である。

図3 分野による傾向

(3)性別

 性別による違いをみると、学士課程および博士課程の所在国において顕著な差は確認されなかった。一方、修士課程では女性研究者の中国国内所在率がやや高く、過去所属1については男性研究者の海外所在率がやや高い傾向がみられた。ただし、全体的な傾向は男女で概ね共通している。

図4 性別による傾向

(4)国際共同研究ネットワークの構築と維持

 海外研究者との共同研究状況について、任意に選択した6名を対象に補足的な分析を行った。調査の結果、海外での研究経験を有する研究者では、共著者の全体の2~3割程度が海外機関所属研究者であった。

 一方、海外研究経験を有しない研究者では、海外機関所属の共著は限定的であり、中国国内の研究者のみと共同研究を行っている者も確認された。このことから、海外での研究経験は国際共同研究ネットワークの形成に一定の役割を果たしている可能性が示唆される。

 また、特定の研究者のキャリアの各段階(学士、修士、博士、ポスドク、現職)における論文の共著者の所属機関を確認したところ、研究者が所属する国・地域の研究者が論文の共著者となりやすい傾向がみられた。つまり、米国で研究活動を行う期間には米国所在の研究者との共著論文が増加し、帰国後は、米国研究者との共著比率が低下し、中国国内研究者との共著比率が高まる傾向が確認された。他方で、中国国内に所属した後も、新規研究プロジェクトや国際共同研究の枠組みを通じて、新たに海外研究者と共同研究を行う事例も確認された。

四、まとめ

 NSFC「青年科学基金プロジェクト(A類)」は、中国国内の大学・研究機関に所属する研究者のうち、基礎研究分野において優れた研究実績を有する若手研究者を対象とした主要な研究費支援制度である。その採択者を対象としたキャリアパス調査は、中国の将来を担う研究者層の特性を把握する上で重要である。

 中国の研究人材育成については、優秀な学生が米国をはじめとする海外大学へ留学し、その後国内外で活躍するとのイメージがしばしば語られる。また、海外有力大学で学位を取得した研究者や海外研究経験を有する人材が、中国の有力大学・研究機関に採用される傾向も指摘されている(Lin et al., 2024)。しかし、本調査の結果によれば、2025年度NSFC「青年科学基金プロジェクト(A類)」採択者の74.1%は中国国内の大学で博士号を取得しており、海外で博士号を取得した者は全体の約4分の1にとどまっていた。

 一方で、海外経験は主として博士号取得後の段階に集中していることが明らかとなった。初期キャリア段階(過去所属1)では6割以上が米国をはじめとする海外研究機関に所属しており、中国国内機関に所属していた者は36.6%にとどまっていた。このことから、海外での博士号取得よりも、博士号取得後の海外研究経験のほうが、研究者のキャリア形成において重要なステップとなっていると考えられる。また、学位取得先やその後の所属機関は、C9・985工程大学および中国科学院(CAS)に集中しており、この傾向は先行研究(Tian et al., 2026)等で示されている結果とも整合した。

 本調査の結果から、2025年度NSFC「青年科学基金プロジェクト(A類)」採択者の典型的なキャリアパターンは、「C9・985大学(学士)→C9・985大学/CAS(修士)→C9・985大学/CAS(博士)→国内外の有力大学・研究機関/CAS(ポスドク)→C9・985大学/CAS(現職)」として整理できる。すなわち、調査対象としたプロジェクトに採択された中国の有望な若手研究者は、国内の有力大学・研究機関を中心に育成され、博士号取得後に海外で研究経験を積んだ後、再び国内の大学・研究機関で活躍する傾向が明らかになった。このことから、中国の高等教育・研究機関が高度研究人材の育成基盤として機能していることに加え、博士号取得後の海外研究経験がキャリア形成や国際共同研究ネットワークの構築に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。しかしながら、本調査は特定の条件に当てはまる限られた母集団を対象としているため、中国人研究者全体や他の母集団を対象とした場合には、異なる傾向を示す可能性があることに留意が必要である。また、各研究支援プロジェクトでは、それぞれ独自の方針や関連要因に基づいて研究者が選定されるため、本調査結果をより的確に理解するためには、NSFCのプロジェクトについても詳細な分析が必要である。

 今後は、米中関係や経済安全保障政策、各国の高度人材獲得競争などが、若手研究者層の国際移動や研究ネットワーク形成にどのような影響を与えるのか、継続的に分析していく必要がある。また、単年度だけでなく複数年度を対象とした分析により、NSFCプロジェクトに採択される優秀な中国人研究者のキャリア像をより包括的に把握できると考えられる。

【補足資料】

 研究者の各キャリア段階について、所属大学・研究機関別人数上位10機関、大学群別(C9、985、211、双一流)人数、海外所属者の国・地域別人数上位5か国・地域を集計。なお、「双一流」は、一流大学建設大学または一流学科建設大学のどちらかに指定された大学を含む。

補足表1 学士データ集計値
順位 大学 人数   大学群 人数
1 中国科学技術大学 12 C9 54
2 北京大学 11 985 129
3 武漢大学 10 211 163
3 浙江大学 10 双一流 175
5 清華大学 7 海外 人数
5 南開大学 7 海外合計 4
7 華中科技大学 6 ①シンガポール 2
7 吉林大学 6 ②米国 1
7 山東大学 6 ③英国 1
10 四川大学 5
補足表2 修士データ集計値
順位 大学 人数   大学群 人数
1 中国科学院(中国科学院大学) 7 C9 12
2 北京大学 6 985 38
3 ハルビン工業大学 4 211 50
3 中山大学 4 双一流 58
3 浙江大学 4 海外 人数
6 華中科技大学 3 海外合計 8
6 南開大学 3 ①米国 2
7 河海大学 2 ②シンガポール 2
7 山東大学 2 ③香港 1
7 上海師範大学 2 ③英国 1
7 清華大学 2 ③フランス 1
7 同済大学 2 ③韓国 1
7 中国石油大学 2    
7 シンガポール国立大学 2    
補足表3 博士データ集計値
※日本3人の内訳:東京工業大学1人、富山大学1人、名古屋工業大学1人。
順位 大学 人数   大学群 人数
1 中国科学院(中国科学院大学) 33 C9 45
2 北京大学 10 985 101
2 浙江大学 10 211 118
4 吉林大学 8 双一流 128
5 清華大学 7 海外 人数
6 華中科技大学 6 海外 52
7 中国科学技術大学 5 ①米国 25
7 復旦大学 5 ②香港 9
7 厦門大学 5 ③シンガポール 4
10 ハルビン工業大学 4 ③フランス 4
10 武漢大学 4 ⑤英国 3
      ⑤日本 3
補足表4 過去所属1データ集計値(博士号取得後の最初のキャリア。主にポスドク。)
※日本7人の内訳:産業技術総合研究所2人、東京大学1人、大阪大学1人、東北大学1人、名古屋大学1人、日本ファインセラミックス研究センター1人。
順位 大学 人数   大学群 人数
1 中国科学院 17 C9 17
2 ハーバード大学 6 985 37
3 カリフォルニア大学 サンディエゴ校 5 211 42
3 浙江大学 5 双一流 45
5 イェール大学 4 海外 人数
5 清華大学 4 海外合計 122
5 北京大学 4 ①米国 72
8 カリフォルニア大学 バークレー校 3 ②香港 9
8 コーネル大学 3 ③日本 7
8 メリーランド大学 3 ④英国 6
8 吉林大学 3 ⑤オーストラリア 5
8 武漢大学 3  
8 香港科技大学 3  
補足表5 現職データ集計値(NSFC採択時)
順位 大学 人数   大学群 人数
1 中国科学院 36 C9 52
2 南京大学 13 985 117
3 浙江大学 11 211 142
4 北京大学 10 双一流 149
5 華中科技大学 7 大陸以外 人数
6 南開大学 6 香港 2
6 武漢大学 6 マカオ 2
8 吉林大学 5
8 西湖大学 5
8 南方科技大学 5
8 復旦大学 5

参考資料

 

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