第18回アジア・太平洋研究会「世界転換期のアジアと日本」(2023年1月19日開催/講師:白石 隆)

第18回アジア・太平洋研究会講演録「世界転換期のアジアと日本」

[2] 講演資料 5-15

次に、軍事支出を見ます。本来であれば、冷戦が終わった1989年の数字も入れておくとよく分かるのですが、アメリカを100とすると、アメリカの同盟国の軍事支出は、その6%から8%弱、全部合わせてアメリカの半分程度にしかなりません。そのくらいアメリカが突出していると言えます。

2020年のデータでは、中国の軍事支出はアメリカの32%くらいになっております。中国の場合、何をもって軍事支出とするのか、いろいろ難しい問題があるのですが、SIPRIのデータによれば、仮に中国がGDP比でアメリカと同じレベルの軍事支出をすれば、中国の軍事支出はアメリカの3分の2を超えてきます。

ちなみに、1989年にはアメリカを100とすると、中国の軍事支出は4%でした。また、ソ連の軍事支出は、この冷戦最後の年でアメリカの3分の2でした。したがって、中国がGDP比でアメリカと同じ水準の軍事支出をすれば、かつてのソ連と同じ水準になります。

また、インドの軍事支出も2010年代から日本より大きくなっております。東南アジア諸国は軍事的にはカウントしませんが、これもデータ的に明らかです。東南アジアではシンガポールの軍事支出が最も大きくて、ある意味、シンガポールが東南アジアでイスラエルのような地位を占めていることも、ここから見てとれるかもしれません。

次に、NISTEPのデータは少し古いですが、2003年には中国はまだ科学技術の世界では非常に存在感が小さかった。インド、ブラジルなども小さかった。それが2015年になると中国はアメリカに次ぐ大ハブになっていますし、インド、ブラジルなども存在感を増しております。

これから20年ぐらい先を考えますと、新興国と言われている国は、中国、インド、ブラジル以外にも、インドネシアとかトルコとかは、科学技術の分野でも台頭してくる可能性がある、出てきても不思議はないんだということを申し上げておきたいと思います。

今までは国の単位で見てきましたが、国内的には何が言えるか。まず新興国について申しますと、重要なことは期待が膨らんでいるということだろうと思います。これは中国の人については当然のことですし、インドネシア、インドなどでも明らかです。みんな、これからは自分たちの時代だ、自分たちの生活はもっとよくなると思っています。実際、中間層は拡大しています。ただし、格差の問題も深刻化して、中位所得層と下位所得層の格差は縮まっていない。また、一般的に言えば、ナショナリズムが高揚して、グローバル化の恩恵を享受してが、同時に、現在の世界秩序は先進国がつくったもので、自分たちがつくったものではないという意識もある。そのため、現在の秩序に対するオーナーシップはない。ナショナリズムの方がはるかに強い。

これまでは、あるいは感染症危機の前までは、経済は順調に成長した。そのため、国内的には、経済成長が政治の目的だ、そういう意味での経済成長の政治が定着した。ということは、逆に言えば、国民の期待に応えられないと、政治は不安定化するということです。新興国の政治エリートは、これについてほとんど恐怖のような懸念を持っています。これはいくつかの国を具体的に考えていただければすぐ分かると思います。経済成長が減速すると、多くの場合、中位所得層あるいは中間層と下位所得層の対立が激化します。中間層の人たちは、何で自分たちの納めた税金が下位所得層のために使われるのか、なぜ、例えば税金が医療システムの充実に回されなければいけないのか、と考える。こういう形で中間層と下位所得層が対立することはよくあることです。

一方、先進国の方は、よく言われることですが、中所得層から下位所得層の所得が伸び悩んでいます。同時に、富裕層の所得は非常に大きく伸びて、その結果、所得格差、資産格差が拡大しています。

その結果、所得が伸びない、1つだけ職を持っていても食えない。あるいは親の世代よりも子供の世代の方が生活水準が落ちている、そういう人たちの間で、グローバル主義への反発が非常に強くなって、内向きのナショナリズムが強くなっている。

トランプ登場以来、米中対立が激化しておりますが、世界経済に占める貿易、直接投資などの比率を見ると、すでに2008年の世界金融危機以降、下降トレンドに入っています。その意味でグローバル主義が終わるとともに、グローバル化も減速している。これは今述べたような国内的トレンドを考えないと理解できないだろうと思います。

このグラフは有名な象の頭でして、データ的には少し古いのですが、2008年の世界金融危機後の先進国の国内政治動向を理解するには非常に有用なため、入れております。ここでAというのが世界の中間層で、新興国中間層というのはこのAのグループです。Bは先進国の下位所得層、さらには中位所得層の下半分、こういうところにいる人たちの所得がほとんど伸びていない。Cはグローバルエリート、世界人口の0.2%ぐらいの人たちで、この人たちの所得は非常に伸びたということです。

これはIMFのデータを使って、1人当たりGDPが、実質で、それぞれの国の通貨で、2000年から2019年までの20年間に所得がどのぐらい伸びたのかを東アジア諸国と主要先進国で計算したものです。中国の1人当たり所得は4.67倍になって、非常に所得が伸びた。それに比べると、数字的には落ちますが、それでも、インドネシア、フィリピン、ベトナムでは、所得が2倍から3倍近くに伸びてますし、シンガポールとかマレーシアのように、高所得国、あるいは上位の中所得国の国でもまだ伸びている。これは2019年までのデータですので、ミャンマーの場合、クーデター以降の経済的低迷は反映されていませんが、ここは急速に下がっているはずです。

それに対し、先進国では1人当たり所得はほとんど伸びていません。日本の場合、20年で1人当たり所得は17%伸びただけですから、実感としては全然伸びてない。これはほかの先進国についても言えます。

問題は新興国の成長はこれからも続くだろうかということです。もちろん分かりません。しかし、国民が期待するような成長、生活水準の向上が達成できないと、政治が不安定化することはほぼ確実に言えます。しかも、展望は決してよくない。その1つの理由は、この3年間のコロナ対応の結果、家計の貯蓄、企業の蓄えが減っており、その意味で抵抗力が下がってきている。債務も拡大しています。また、資源価格の高騰もあって、先進国以上にインフレになっております。

そういう中、この1年余り、アメリカ、さらには欧州諸国の中銀が金利を上げ、その結果、ドル高になって、現地通貨建てで見ると、ドル建て債務が拡大し、しかもそれまで新興国などに入ってきていた資金も流失しているということで、多くの国が金利を上げ、その結果、景気後退が起こっていて、国によっては債務危機が始まっている。スリランカ、パキスタン、ザンビア、こういうところはその例です。

これはエコノミストの2022年4月のデータで、少し古いのですが、2024年になってもプレ・パンデミックの予想よりかなり低く成長率が予想されています。また、1人当たりで見ると、2021年には、Emerging Economies、あるいはEmerging Marketsの1人当たり所得の伸び率はアメリカとほとんど同じになっています。

では、この先どうなるのか。分かりませんが、これから数年、結構厳しいだろうなということは言えるでしょう。そういう中で、政治的に何が起こるのか。これが重要になるでしょう。

では、こういう趨勢を踏まえて、中国、アメリカは、どう対応しようとしているのか。

中国の党国家指導部の基本的判断は、世界の趨勢は、中国の夢、これは英語で時々Chinese Dreamと翻訳されることがありますが、これは誤りで、正しい訳は China Dreamです。つまり、中国という国のドリームであって、チャイニーズという国民のドリームではない。中国の指導部はそういう自分たちの夢の実現の好機だと考えています。この判断は変わってないはずです。

その根拠には、中国はこれからも台頭する、アメリカは衰退する、という情勢判断がある。習近平主席が言うように、世界は不安定化している。しかし、時は我々にある。少子高齢化の未来が待っているので、時間は限られていて、どのくらい好機が続くか、これはわからない。しかし、これはかなりの程度、指導者が主観的に決めることになると思います。

では、どうしてこういう判断になったのか。転機は2008年の世界金融危機にあったと思います。かつて鄧小平は「韜光養晦」と言っていましたが、金融危機以降、特に習近平が主席になって以降、この言葉は全く使われなくなりました。これは非常に象徴的に中国の大戦略の転換を示していると思います。また、習近平は中国の夢を実現することで、毛沢東以上の指導者になりたいと考えていると思います。

しかし、それでは、中国はどんな国際秩序をつくりたいのか、ということになると、はっきりしません。楊潔篪がかつて2010年、ASEAN地域フォーラムの会議で、中国はどんな国よりも大きい、と言いました。つまり、中国に比べれば、他の国は全て小国だ。小国はつべこべ言わずに中国の言うことを聞けばいいんだというのが中国の国際秩序についての基本的な考え方で、これはルールのつくり方ということから言えば、帝国的なルール・メイキング、つまり、自分たちがルールを決めて、あとはそれを他国に押し付ける、そういうタイプのルール・メイキングだと思います。また、現在の国際秩序との関係でいえば、中国例外主義で、中国の利益に反しない限り、ルールは受け入れるが、中国の国益に反するときには中国は例外になるということだと思います。また、交渉は原則としてバイで、その結果、中国がハブになったハブとスポークスのヒエラルキー的な秩序が基本的に望ましいということだろうと見ております。


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