第18回アジア・太平洋研究会「世界転換期のアジアと日本」(2023年1月19日開催/講師:白石 隆)

第18回アジア・太平洋研究会講演録「世界転換期のアジアと日本」

[4] 講演資料 23-33

では、東アジア、アジア太平洋、インド太平洋はどう考えたらいいのか。私の考えは非常に単純で、こういう地域概念は、その地域の国々の指導者、あるいは世論が、何を主たる脅威と考えるかで変わってくる。東アジアという言葉が使われるようになったのは1997-98年の経済危機の後です。

1997-98年の経済危機のときに、クリントン政権が幾つかの国に介入した。政権交代が改革の印だと言った人もいる。アメリカがこういう形でリスクになると、リスク・ヘッジのためにアメリカ抜きの地域協力メカニズムをつくろうと言うことになる。そこで、東アジアということでASEAN+3をつくった。しかし、ASEAN+3で次第に中国が自己主張を強めてくると、どうも中国を抑え込むには、ASEAN+3では不十分だということで、ASEAN+6、これは東アジア首脳会議と呼ばれましたが、これが作られ、結局のところ2011年に、アメリカとロシアを招いて、何のことはない、アメリカが戻ってきた。では、その時の脅威は何か。

その1つは中国が大国化し、大国主義化したこと、もう1つはASEAN+のプロセスそのものが漂流していることだろうと思います。では、ASEAN以外の国はどう対応しているかと。台湾はきわめて戦略的な地位にあって、インド太平洋が事実上、台湾のgrand-strategyの根幹に据えられている。台湾のサバイバルのためにはインド太平洋の要の地位を占める以外にはない。それに対し、韓国は、現政権はインド太平洋に振れておりますが、文在寅政権のときにはユーラシアブリッジと言っていた。必ずしもgrand-strategyについて大きな合意が成立しているとは見えません。オーストラリアにとってはCPTPPは日豪合作ですし、安全保障でもオーストラリアは日本の事実上の同盟国でして、これからいろいろやることになる。

その中で、東南アジアはインド太平洋で戦略的な地位を占めておりますが、日本でも、日本の外でも、東南アジアというとASEANといって一まとめにしてしまい、あたかもASEANとして共同行動をするようにみなされがちです。しかし、実際ははそんなことはありません。この20年、そういう現状です。

政治体制を見ますと、民主主義体制はフィリピン、インドネシア、マレーシアで、それ以外の国は権威主義体制です。地政学的あるいは地経学的にいうと、大きなファクターが2つあって、1つは中国と領土紛争を持っているかどうか。それから、アメリカの軍事的なプレゼンスを与件として自国の安全保障政策を立てられるかどうか。これによって、ASEANの国というのは大きく2つに分かれます。

それからもう1つは、中国との通商で、中国はすでに全ての東南アジアの国で最大の貿易パートナーになっておりますが、それぞれの国がどのぐらい世界経済に統合されているかによって、中国への依存度、あるいは重みというのは変わってきます。そう考えると、注目すべきは、島嶼部ではインドネシアとフィリピン、大陸部ではタイとベトナムだろうと思います。

これがインド太平洋の地図です。この地図はオーストラリア政府が2012年に出したもので、安倍元総理がインド太平洋という言葉を使う以前のことです。

この地図に見るように、Indo Pacific sea lanesと言われておりますが、重要なのはsea lanesとその上にある空、その周辺の国々で、ここを自由で開かれたものとして守ると言うのが重要なことです。インド太平洋では、アジア太平洋と違って、中国をフルメンバーとはそもそも想定していない。中国は独自の勢力圏を作るだろう、しかし、インド太平洋は自由で開かれたものとして守る、それが趣旨と言って良いかもしれません。

では、南シナ海でどこが大きい争点になっているか。南シナ海の地図を1つ入れておきましたが、ここにScarborough Shoalとあります。ここのところの軍事化が始まると、深刻な問題になるだろうと考えております。

経済的には、東南アジア諸国にとって、中国はアメリカの倍以上の輸出マーケットですが、これは2010年代に中国が大いに経済成長したからで、20年代にどうなるかは分かりません。

ただ、そういうことを全て申し上げた上で、アメリカにも中国にも相当深刻な信頼の問題があります。アメリカ社会は分断されており、次の政権がバイデン政権と同様、同盟連携維持になるのか、アメリカ・ファーストになるのか。ここの揺らぎは予想できません。

一方、中国は大国主義ですし、高度監視国家ですし、経済協力はいつでも経済制裁になりますし、そもそも党国家体制が将来どうなるかもよく分からない。その中で、日本の最大の財産は信頼、しかも30年前と比べると、怖くない。また、日本の場合、メディアなどでは、例えばインドネシアでジャカルタ-バンドンの高速鉄道の契約が取れないと、日本は負けたといった議論になりますが、競争に参加することで実は中国が相当高い買物をさせられると言うことはよくあります。その意味で、私は日本はレバレッジ、「てこ」として、東南アジアの国から見ると結構、有用のではないかと思います。

ただし、先ほどから申し上げておりますように、新興国は middle powerとして自信をつけており、グローバル化の恩恵を受けていても、今の世界秩序は自分たちがつくったとは考えていない。そのため、多くの国は自国ファーストで機会主義的でopportunisticに行動します。

日本にどのくらい信頼度があるか。これは2021年のNikkei.comに出た調査で、これを見ると日本の最大の財産は信頼だということはよくわかると思います。

これまでお話してきたことを全部まとめますと、5つぐらいは言えるかなと思います。1つはグローバル主義は終わった、あるいは終わりに近づいている。代わりにナショナリズムが台頭しています。最近、日本語でも「グローバル・サウス」という言葉がよく使われるようになっていますが、私はこの言葉は役に立たないと考えています。新興国と途上国の区別ができないで、いまだに「第三世界」「途上国世界」のような見方に囚われている。また、それぞれの地域で違う地域システムができている。中東と南アジアと東南アジアの地域システムは違います。それを見ない議論は議論の名にも値しない。

2つ、アメリカの平和が終わりつつあるかといえば、私はそうは思っておりません。アメリカの平和が担保される世界、アメリカの力が作用する場、そういう場は縮小している。その結果、中国、ロシアは違うやり方で自国の周辺に勢力圏を作ろうとしていますが、同時にそれ以外の多くの新興国を見ても、その行動の自由は10年前に比べて相当拡大しているといえます。また、ロシアは露骨に戦争に乗り出しました。しかし、これは通常戦争に先立つ工作がうまくいかなかったからで、注意すべきはグレーゾーンだと思います。グレーゾーンは平時と戦時の間と捉えられていますが、戦争の一部と考えて対応する時代に来ていると思います。。

3つ、新興産業技術については、人材育成が圧倒的に重要になっております。これはあらゆる人たちが言っているので、それ以上は申しませんが、最終的にはこれが相当程度勝負を決めるのではないかと思っております。

4つ、先ほどグローバル・サウスに触れましたが、途上国と新興国で、国内政治も外交政策も先進国との関係も違います。途上国の場合には、先進国と中国がそれぞれ非常に重要な役割を果たしており、債務危機などで、先進国のパリクラブと中国がどう対応するのか。これによって途上国の政治経済の在り方というのは変わってきます。一方、新興国では国民の期待が大きくなっていますので、それに応えられるのかというのが重要だろうと思います。

先ほど申しました地域システムの違いは、例えば、南アジアと東南アジアと中東、この3つ考えていただければ明らかです。南アジアでは経済の90%はインドが占めます。それ以外の国にとって最大の問題はこの非対称性をどう管理するかです。パキスタンはそのために核武装を選択した。その結果、インドとパキスタンの間で核抑止の体制ができて、安定したとは言いませんが、破局的状態にはならなくなった。しかし、パキスタンもスリランカもバングラデシュも経済的に非常に深刻な状態にあります。こういう状況は東南アジアとは違います。力はもっとevenに分布していますし、ASEANという協力機構もある。債務危機に陥りそうな国は、ラオスだけで、ミャンマー、マレーシアあたりは漂流するに留まるだろう。一方、中東ではいつ核拡散が起こっても不思議ない。こういうこと1つ考えても、グローバル・サウスというのは、全く意味がないと考えております。

最後に、インド太平洋の動向について申します。エリートは、英語で教育を受て、グローバルエリートの一部になり、バイリンガルで、日本人とも完全に対等だと思っている。人によっては、何で日本人はあんなに英語が下手なんだと言う。そういう人たちがエリートとして台頭していて、この人たちと一般の人たちとの所得格差、資産格差には大変なものがある。

これにどんなインプリケーションがあるか。1つは日本の留学生政策です。今まで、日本は、大学、大学院で留学生を受け入れるということをやっておりました。しかし、ポスドクでもっといい人を世界中から集めるなんてこともあり得るんじゃないか。

もう1つはポスト・コロナにおける経済成長です。これが実現しないと政治的に不安定になります。これから数年間要注意だろうと思います。

ASEANの国としては、インドネシアとタイが非常に重要で、いずれの国も指導者が世代交代に差しかかっております。タイの場合には今年選挙がありますし、インドネシアの場合には来年選挙ですが、世代交代がこれからどう進んでいくのか、その中で経済がどのぐらい成長して、大戦略grand-strategyがどう変わっていくのかということは、よくよく注意しておいたほうがいいだろう。

最後に、日本の課題も、1時間を超えましたので、4つだけ指摘しておきますと、自由で開かれたインド太平洋というのは、日本の安全と繁栄にとって決定的に重要で、そのためには、人への投資、成長への投資、軍事・経済・エネルギーの安全保障、これが重要だろうと思います。昨年末にまとめられました安全保障戦略と防衛関係文書には科学技術への投資も入っており、非常によかったと考えております。

時間になりましたので、私の話は終わりたいと思います。どうもありがとうございました。


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