第18回アジア・太平洋研究会「世界転換期のアジアと日本」(2023年1月19日開催/講師:白石 隆)

第18回アジア・太平洋研究会講演録「世界転換期のアジアと日本」

[3] 講演資料 16-22

では、そのためにどんなことを戦略的にやっているのか。国内的支持の調達のためにナショナリズムを動員する、中華民族の偉大な復興を成し遂げ、天下の秩序をつくると言って、国民を説得する。これが1つです。

もう1つは経済で、ここでは双循環という言葉が鍵だと思いますが、内需主導で、中国をさまざまのサプライチェーンの大ハブにして、戦略的に不可欠な部分を押さえる、さらに、今では自立自強と言っていますが、戦略的に不可欠な部分で他国に依存しないようにするし、同時に、新興地域に対しては、中国に依存させる。そこで主体となっているのが国有企業で、これが国の意を体して外に出ていく。その結果、国営企業の対外進出に伴って、中国化が進展し、中国政府はそこで培養された経済的な力を政治力に転換しようとしている。

問題は中国がこれからも、こういう形で、途上国、新興国の成長を牽引できるのか、日米欧等からの技術移転なしに、中国経済はこれからも成長し、高度化できるのか、ということです。半導体振興政策を見る限り、あれだけのお金をつぎ込んで、それほど大きな成果は今のところは出ていませんが、この辺りを注意して見ておくのは非常に重要だと思います。

また、一帯一路について言えば、これは双循環のうちの外の循環の部分に密接に関わりますが、この10年、明らかに性格が変わってきております。もともとは、一帯一路というふろしきを広げて、その頃、やっていたインフラ建設プロジェクトを全部まとめて、これが一帯一路です、というところから始まりました。国有企業は世界各地で鉄道、高速道路、港湾整備、発電所建設などのインフラ・プロジェクトを次々と実施しましたが、、2010年代後半になると、ディジタル・シルクロードと言って、ディジタル化の基盤を押さえるところにアクセントが置かれ、2020年代、コロナ禍が始まって以降は、戦略的投資、例えばEVに関わる資源とか、新興技術産業関連の戦略的な投資、こういうのが強調されるようになった。ただし、資金規模で見ると、一帯一路に投入される資金は顕著に減少しております。また、イメージも悪化している。その結果、中国政府内では、プロジェクトによっては、将来のリターンを心配する人が結構いるのではないかと推測します。こういうことはなかなか外には出てきませんが、結構議論があるのではと思います。

また、途上国、新興国の方でも、対中債務の拡大について、用心する動きが出てきております。中国は融資、投資、貿易をレヴァレージにして自分たちの政治的意思を押しつけるということをよくやります。しかし、こういうことがこれからも通用するのか。首脳会談などで、中国はこれこれの規模の投資をする、融資をするといった約束をします。しかし、あとになって見ると、空約束だった、ということはよくあることで、その結果、相手から見ると騙されたということになりかねない。こういうオポチュニスティックなやり方がこれからも通用するのか。中国に対する信頼は、中国がこういう行動をとればとるほど、失われて行くのではないか。これは注目しておくべきだろうと思います。

さらに、先ほどもすでにスリランカ、パキスタン、ザンビアなどで債務危機が起こっていると言いましたが、こういう問題について、中国がパリクラブとの関係でどういう対応をするかも大きな問題です。パリクラブのメンバーからすれば、パリクラブだけで救済案をつくると、中国にただ乗りされます。だから、中国の出方を見る。では、中国はどうするのか。今のところ、まだ、ケース・バイ・ケースで対応している。

対中債務の大きい国ということでは、東南アジアでは、ラオス、カンボジア、ミャンマーがあります。ユーラシアでは、ロシア、中央アジア諸国の対中債務も大きい。中国がインド洋に出る上では、ミャンマーとパキスタンが回廊になりますが、両方とも対中債務が大きい。スリランカの対中債務も大きい。それから資源ということでは、アフリカ、ラテンアメリカの国に対中債務が大きいところが結構あります。こういう国が債務危機に陥ったときにどう対応するのか。ぜひ、どなたか、見ていただきたいと思います。なお、中国のM&Aは、2020年以降、3年で72%減少したといわれております。全体として、中国の融資、投資の規模はかなり小さくなっているようです。

地政学的には台湾が極めて重要なことは言うまでもありません。また、南シナ海でも有事直前のグレーゾーンで強制力行使が頻発しております。ここでも中国は「てこ」として経済力を使っていますが、やられる方から見ると、経済協力と「核心的」利益と大国主義はとても整合的とは言えません。

さらに、中国の指導部について言えば、私は習近平総書記と6人の秘書と言っておりますが、この指導部の指導能力は本当に大丈夫なのか。習近平総書記は10年はやるのでしょうが、長くやればやるほど、そのあとは難しくなります。

最後に、中国について、2つ、強調したいことがあります。中国にどれほど新しい世界秩序をつくる力があるのかということはよく問われることですが、これを考えるときに、ほかの国のエリートが中国にどのくらい投資しているのかということを考えておく必要があります。その場合、「投資」というのは、自分たちの子供をどれほど中国で教育しているのかという意味ですが、私の印象では、自腹を切って、自分の子供を中国で教育している他国のエリートというのはほとんどいないのではないか。圧倒的にアングロ・サクソンの国に留学させていて、私はソフトパワーという概念はあいまいなため、あまり好きではありませんが、中国にソフトパワーがあるとはとても思えません。

もう1つは、中国ははたして技術移転なしに自立自強できるのかということです。今日は入れていませんが、中国の研究チームがどの国の研究チームと共同研究したいと思っているか、これを2018-2019年に調べたデータがあります。それによると、43%がアメリカ、そのあと、ドイツ、イギリス、オーストラリア、日本、シンガポール、カナダとなって、これで75%程度になります。こういう国の研究チームとの共同研究があまりできなくなったとき、中国の研究能力がどうなるのか、これは長期的には非常に重要な注目点だと思います。

今回の中国政府の感染症対応政策の大転換を見ますと、中国国家はそれほど能力があったわけではないなというのが私の印象です。ロックダウンをやめたのは、要するにコントロールできなくなったからで、習近平政権はこれまで強気でがんがんやって、それでうまくいっていたが、ここに来て、そうでもないということがわかってきたように思います。

次はアメリカです。バイデン政権は昨年、安全保障戦略を改定しましたが、基本、2017年の戦略を継承しております。つまり、中国とロシアは現状変更勢力で、中国はアメリカに対抗する能力を持つ唯一の国だというのが判断の基本です。

では、中国は何をしようとしていると考えているか。地政学的に言えば、これはアメリカの中国研究者が言っていることで、安全保障戦略にある言葉ではありませんが、Koreas in,Japan down,US out、これはうまい表現だと思いますが、これが地政学的な狙いです。もう1つは先端新興技術分野における優位を狙っている。さらにもう1つ、途上国大国だと言って、WTOにも世界金融システムにもただ乗りしている。こう見ている。

したがって、あたりまえのことながら、争点としては、自由で開かれたインド太平洋が、地政学的目的になりますし、技術的には先端新興技術分野におけるアメリカの優位を維持することが目的になる。また、情報・インフラのところでは、5G、クラウド、AI、自動化などで、安全保障を確保するとともに、技術、産業的優位を維持することが目的になる。さらに、貿易・投資・援助のところでは、産業政策と経済連携、あるいはミニ・ラテラリズムが鍵になってくる。

時間が押してまいりましたので急ぎます。御承知のとおり、アメリカの平和は2つの海洋同盟の上に成立しております。1つはNATOで、これはロシアのウクライナ侵略で結束が強化されるとともに、NATO+と書いておりますが、日本と韓国とオーストラリアがNATO首脳会議に出席することで、北大西洋同盟が太平洋同盟と連結し始めております。また、ドイツの防衛政策も転換しました。ただし、これが実際にどのくらいのスピードで、どこまで行くのか、これはやってみないと分からないところがあります。

それに対し、太平洋同盟の方は、元々、ハブとスポークスのシステムだったわけですが、中国の台頭に伴い、中国が脅威になって、地域的な捉え方がアジア太平洋からインド太平洋に移行し、同時にネットワーク化が進んでいます。最近はQUAD、AUKUSなどが大いに注目されますが、この先、またほかのものが出てきても不思議ではない。むしろ、かつてのハブとスポークスのシステムのネットワーク化のプロセスで、ミニ・ラテラルにいろんな連携がまだ起こるだろうと思います。

では、そういう中で、インド太平洋で何が起こっているのか。バイデン政権だけについて申しますと、同盟強化、それからtrusted partnershipsとよく言われますが、戦略的同盟国、あるいはパートナー国との連携ということが非常に重視されております。地政学的にはハブとスポークスのシステムのネットワーク化が進展している。地経学的には、半導体装置におけるTrusted Partnershipのようなミニ・ラテラリズムがこれからますます重要になってくるのだろうと思います。

半導体装置のところは日本とアメリカとオランダ、この3国でかなりコントロールできます。こういうものがほかの分野でも出てくる可能性は十分あります。科学技術イノベーション、特に新興技術分野については、JSTが重要な役割を果たしておりますが、アメリカとの連携が人材育成も含め重要視されています。IPEFはどうなるか分かりません。

では、ロシアのウクライナ侵攻にはどういうインパクトがあったのか。2つあって、1つは20世紀型の戦争はあり得るということが分かった、そして、ここのところ可能性は低くなっておりますが、核兵器は使われるかもしれない。この2つが非常に大きいショックだったのと思います。

その結果、NATOは活性化し、ドイツは政策転換し、東アジアでも台湾有事が現実的可能性のある問題と考えられるようになった。日本でもエネルギー政策、経済安全保障政策、安全保障防衛政策に非常に重要な転換が起こっている。


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