第18回アジア・太平洋研究会「世界転換期のアジアと日本」(2023年1月19日開催/講師:白石 隆)

第18回アジア・太平洋研究会講演録「世界転換期のアジアと日本」

[5] 質疑応答 YouTube参照

【黒木】  白石先生、どうも大変ありがとうございました。視聴者の皆様方にとっても大変分かりやすく、興味深いお話をいただけたと思います。

それでは、質疑応答に入りたいと思います。Q&Aボックスにお寄せいただいた質問から、幾つか順に白石先生のほうにお伺いしたいと思います。

まず、1点目の質問でございます。白石先生の御講演の中で、米国は2022年安全保障戦略を策定しました際に、中国は、Koreans in, Japan down, US outという方針を取ったというような説明があったのですが、その意味が分からないので、分かりやすく教えていただけないでしょうか。

【白石】  この言葉自身はアメリカの安全保障戦略の中には入っておりません。これはアメリカの大学で教えておられる中国研究者が中国の地政学的な目的は何かというと、北朝鮮と韓国は取り込む、日本は押さえつける、アメリカは追い出す、こういう意味でKoreans in, Japan down, US outと言っているということです。私はこれは非常に簡潔な表現なので使ったということです。

【黒木】  ありがとうございます。大変分かりやすいフレーズであったと思います。

続きまして、次の方の御質問でございます。2点をお尋ねいたしますということでございます。

まず、最初の1点目、グローバル化と分断が並行する状況で、成長の構造はどのように変わっていきますでしょうか。特に中国の市場力、購買力はどこまで有効かというのが最初の質問。2点目の質問は、新しい世界秩序において、国連、国際法など国際ルールはどこまで有効でしょうか。また、有効であるためには何が必要でしょうかという御質問でございます。

【白石】  両方とも非常にいい質問で、答えるのは非常に難しいと思います。

世界経済については、あまり言葉としては好きではないのですが、英語でPartial Decouplingという言葉がよく使われますが、一言で言う場合には、不満はあっても、これしかないのかなと考えています。。世界経済があらゆる部分で、地理的に、例えばユーラシア大陸経済と、それ以外の経済に分断されつつあるかというと、そんなことはない。安全保障、さらにはこれからドゥアル・ユースで安全保障と経済・産業に決定的な重要性を持つ分野でDecouplingというのは起こってくるのだろうと見ておりますが、こういうことは相手のあることで、中国のが非常にディフェンシブに、自立自強と言って、対応してくると、その範囲は広くなると思います。

最近、驚いたのは、化粧品でして、中国では化粧品の原料を全部開示させるという規制が検討されているということです。レシピのところがどうなるかわからないので、あまりアラーミストにはなりたくありませんが、中国政府がやりすぎると、また対応策が出てきますから、次第にエスカレートしかねない。もっと冷静に合理的に考えれば、全般的なDecouplingはないのではないと思っております。

ただし、中国の官僚機構がどう反応するか、指導者がどう判断するかは別の話で、あまり合理的には対応しないかもしれない。自立自強、双循環なんてことを言っているときには、中国のマーケットというのは非常に大きいので、それだけでも成長できると考えているのかもしれない。もちろん、冷静に考えれば、中国のマーケットは大きいが、世界のマーケットのほうはそれよりはるかに大きいということです。

国連は機能不全に陥っていると思います。しかし、機能不全に陥っているから、要らないか、というとそういう話でもない。どこかで使えるかもしれない。取っておいたほうがいい。また、国際世論のようなものを作ることもできる。それが私の考え方に近いと思います。

国際ルールについては非常に難しい。すごくいい問いだと思いますが、中国は先ほど申しましたように、明らかに選択的に、国際ルールを使う、使わない、の判断をしています。それへの対応策としては先が考えているのはミニ・ラテラリズムです。特に通商分野では、ミニ・ラテラリズムは重要で、今、アメリカ政府がやっている産業政策は、基本的にアメリカ・ファーストだと思いますが、日本、欧州などから見ると、時間はかかってもどうせ交渉でミニ・ラテラリズムに行くと思いますので、それだったら最初からそういうことを考えて、日本、欧州の幾つかの国が政策的イニシアチブを取って、国際ルールそのものの維持及び発展を考えたほうがいいのではないだろうかと考えております。かなり曖昧な言い方ですが、大事な問題です。

【黒木】  ありがとうございました。

それでは、次の質問でございます。有志国連合の重要性が現在指摘されておりますが、日本の科学技術外交の観点から、インド太平洋で特にどの国との連携が重要とお考えでしょうか。非常に答えづらい御質問だと思います。お願いいたします。

【白石】  これも難しい質問です。どのくらい政府に意思があるかは別にして、韓国は大事だと思いますし、台湾、シンガポール、オーストラリア、インド、この辺は重要だと思います。

同時に、最初に申し上げたことですが、20-25年ぐらい先を考えますと、今は科学技術分野で存在感のない国で次の世代が出てきて重要になっている可能性は十分あると思います。先ほど、日本で留学生を学部あるいは大学院生レベルから育てるのはいいが、ポスドクのところでもいい人に来てもらっていいのではと申し上げましたが、これは私の持論で、なぜかと言うと、社会科学の分野では、東南アジアでも、アメリカ、欧州のトップクラスの大学でPh.D.を取った人たちが結構出てきております。こういう人たちをポスドクとして受け入れる、共同研究をする、こういうことは東南アジアでも政府によってはやってほしいと言う政府もあります。そこで重要なことは、国を単位に考えるより、インド太平洋全体を見て、いい人にどうやって来てもらうか、その人たちをパートナーとして一緒に研究を実施し、長期にわたる人的ネットワークを作るということです。こういうものがあって初めて、国の関係も厚みをますと考えております。

【黒木】  ありがとうございます。ポスドクを人材の候補の1つとして選ぶというのは、非常に今まで注目されていなかったところだと思いますので、日本として少し開拓をしていく部分かなというふうに見ました。

それでは、次の質問です。防衛費の御質問ですが、日本が防衛費をGDP2%とすると変更しました。今のお話の中で、日本が防衛力をさらに充実させていくことは必要なのでしょうか。経済と社会の平和的発展のため、防衛力の拡大が果たす効果はあるでしょうか。研究者としてのお考えを教えてください。

【白石】  私は、2%というのは、ある意味では当然だろうと考えております。これは何をもって防衛費というのかにも関わりますが、今回の防衛費は、メディアで伝えられているとおり、防衛省の予算だけではなく、科学技術関連予算も内容によっては安全保障の一部とされますし、インフラ整備についても同じことが言えます。

そういうものを除いて、今年度までの防衛予算の定義で言えば、1.5%もいかないと思います。その意味で、私自身はもう少しあってもいいのではないだろうか、と考えております。

どうしてそう考えるのか。少なくとも3つぐらいの理由があります。第一に、現在、新しいテクノロジーとか、新興技術とかと言われているものは、将来どう使われるかも分からない。しかし、これからの安全保障と経済に決定的に重要だということはほぼ確実と思われます。これはAIにしても、サイバーセキュリティにしても、量子技術にしても言えることで、そういうところにもっと投資するのは当然だろうと思います。

日本と、アメリカ、欧州、さらには中国などとの違いは、安全保障の一環としてこういう科学技術分野に投資するということが極めて小さかったということにあります。そこはもっと予算を付ける必要があると思います。

第二に、これも広く言われていることですが、インフラ整備に際し、これが安全保障、防衛にも使えるようにするというのは当然のことだと思います。そうでないと、インフラはあるけど、民生用しか考えてなかったため、何かあったときには使えないということになりかねない。

第三に、先ほどグレーゾーンに触れましたが、これは、例えば南シナ海の問題について言いますと、南シナ海周辺にある東南アジアの国々は自分たちの領海、あるいは排他的経済水域でどういう活動が行われているか、これを十分把握する能力を持っていないということがあります。その結果、気がついてみると、とんでもないところでどこかの国が資源探査をやっていたといったことはよく起こっており、日本としてインド太平洋における平和と安定を考えるのであれば、この地域におけるサーベイランスをもっと支援するということは十分あり得ると思います。

【黒木】  ありがとうございます。

インドについて、(異なる方から)2つばかり、ほぼ趣旨が同じような質問が来ております。インドの重要性についてでございます。インドは今年中に中国の人口を抜きます。日本にとって中国以上に、経済、軍事、政治全てで大切になると思っています。どのように付き合えばよいでしょうか。安倍総理がつくった関係が途絶えています。ということで、お二方とも重要なのでどう付き合えば協力が増えるでしょうかという御質問だと思います。

【白石】  よく分かりません。私もアメリカにいるとき、随分インド人と付き合いましたが、すごく仲よくなっていまだに付き合っている人もいれば、もう顔も見たくないという人もいます。そこのところの分岐が激しい。また、英語で官僚主義のことをレッド・テープと言いますが、インドの官僚機構では今でも文字通り、レッド・テープを使っています。その意味で、難しい国であることは間違いない。ど同時に、人口を見ても、JSTのCRDSとAPRCが共同でやっております研究者のマッピングを見ても、インドには相当の存在感があります。

こういうことを考えますと、おそらく最も重要なことは、お互い利益になることから始めて、次第次第に相互信頼をつくっていくということだろうと思います。それを国のレベルだけではなく、研究チーム、さらには個々人のレベルで作っていく、ネットワークをできる限り厚くしていく、時間はかかりますが、そういうことかな、と思っております。

【黒木】  ありがとうございます。

まだまだ非常に多くの質問をいただいているのですけれども、最後に1つだけ、時間を超しますが、御質問したいと思います。先生のお話の中で、エリート層の子弟の留学先として、中国が選ばれていないというお話がありました。それは中国側が消極的だからでしょうか。それとも欧米に比べ魅力に欠けるからでしょうか。中国はソ連がやっていたように、留学生を非常に厚遇するというような政策は取っていないのでしょうかという質問でございます。

【白石】  もちろん厚遇しております。また、いろいろなものを見ておりますと、例えばアフリカの国の中には、本当に中国に行きたいという人たちも随分いることは明らかです。ただ、私がこういうことを考えるときに主に見ている地域は、どうしてもアジア、それも東アジア、東南アジア、南アジアのところでして、ここでは中国よりははるかにアングロ・サクソンの国、英語を母語とする国の大学への留学、さらにはそういうところの企業で働いて、ビジネスコネクションをつくって戻ってくる、そういう将来を描く人たちが非常に多いという印象を持っております。

この地域のエリートでこういうキャリア形成をした人たちはすでに3世代目に入っておりますので、こういう問題を考えるときには世代の問題も重要だと思います。例えば東南アジアの場合、私の世代が第一世代ですが、英語の下手な人が多いです。ところが、私の子供の世代になりますと、高校から向こうに留学して、大学を卒業して、しばらく向こうで働いて帰ってきたみたいな人がいくらでもいますし、その子供の世代がそろそろ大学に行き始めています。この積み上げというか、蓄積の効果というのは大変なものがあると思います。

【黒木】  先生どうもありがとうございました。

先ほど申し上げたようにまだまだ多くの質問をいただいているところでございますが、かなり残して、もうお時間となりましたので、御講演をこの辺りで終了いたしたいと思います。

白石先生には、御講演に引き続いて、視聴者の皆さんからの非常に多くの御質問に、的確でかつ分かりやすい御回答をいただきました。心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

【白石】  どうもありがとうございました。

―― 了 ――


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