北陸企業とインド連携⑤~サイバー・バレーでデジタル第三勢力形成へ

2021年10月14日

松島大輔

松島大輔(まつしま だいすけ):
金沢大学融合研究域 教授・博士(経営学)

<略歴>

1973年金沢市生まれ。東京大学卒、米ハーバード大学大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省後、インド駐在、タイ王国政府顧問を経て、長崎大学教授、タイ工業省顧問、大阪府参与等を歴任。2020年4月より現職。この間、グローバル経済戦略立案や各種国家プロジェクト立ち上げ、日系企業の海外展開を通じた「破壊的イノベーション」支援を数多く手掛け、世界に伍するアントレプレナーの育成プログラムを開発し、後進世代の育成を展開中。

参考:北陸企業とインド連携③~能登里山里海DXコモンズ構想を実践中(前編)
参考:北陸企業とインド連携④~「三方良し」の能登里山里海DXコモンズ構想(後編)

本コラムの➂と➃では能登とインドの関係を強調した。今回は、石川県南部から福井県に展開する新しい試みを紹介しよう。

石川県ではもう一つ、石川南部加賀地方に上古日本におけるインドの痕跡が残る。今年、「5月10日」が「五十音図・あいうえおの日」として、日本記念日協会に正式に認定された。梵語・梵字(サンスクリット語)に関する研究体系である「悉曇学」(しったんがく)、つまり「インド学」を極め、「あいうえお」を体系化した明覚上人にちなんだものである。明覚上人は、加賀山代温泉にある薬王院温泉寺の住職として在職中に、あいうえおの五十音図を発明したという。寛治7年(1093年)に明覚上人が書いた『反音作法』のなかに最古の「あいうえお」を見つけることができる。

山代温泉では、記念日になったことを機に、町おこしにも活用している。サンスクリット語に源流を持つヒンディー語を学んだことのある方なら理解していただけると思うが、デーヴァナーガリー⽂字(devanāgarī)で記述することができる。例えば、「デーヴァナーガリー」という文字を表記すると、"देवनागरी"、となる。一見すると難しそうに見えるが、実は日本語の初学者が日本語を勉強するよりも簡単かもしれない。これは子音と母音の組み合わせで構成されているからである。一番分かりやすい例でみると、"ना"は、左側に突起物をもつ棒は子音「n」に相当し、右側の一本棒は「aa」に相当する。このような母音と子音の識別が、先に挙げたあいうえおの五十音図に繋がっていく発想である。

日本語の国語学習の基礎である「あいうえお・五十音図」が、インド学という古代の地域研究に由来するというは衝撃だが、それ以上に日本語の起源が、インドのタミル(Tamil)語に由来しているというのはご存じだろうか?

戦前からの言語学者である大野晋先生(1919~2008年)は、その著書『日本語の起源』(新版、1994年刊)などを通じて、タミル語と日本語が極めて密接な関係性を持つと指摘している。もちろん諸説あり、現状では大野先生の説にも批判があることは承知しているが、大野先生が主張するところによれば、タミル語と日本語は、ともに膠着語として文法構造が共通であるほか、助詞や助動詞に20個の対応があるという。また日本の和歌に対し、タミル語の古典にも57577の短歌形式があるという。著者は、この学説をコロナ禍直前の2019年まで何度かタミル語を常用するタミル・ナドゥ州(Tamil Nadu)の大学や高校を訪問する際に、必ず紹介することにしていたが、タミル・ナドゥ州の学生たちは、かなり興味深く聞き入っていたのを思い出す。大野先生の説では、神事や農耕などに関する類似した言葉が存在するとのことで、例えば、日本語の接頭語である「御」(み・mi)に対し、タミル語の「mī」は、「天空。偉大、権威。高所。頂上」の意味を持つという。また日本語の「田んぼ」(tamb-o)は、タミル語では「tamp-al」、日本語の「粥」(kay-u)は、タミル語では「kaļ-i」である。このあたりに日本語におけるタミル語の痕跡が残るという。

このようにインドと日本は基底部分で結びつく可能性が指摘されているが、未来志向の議論に戻ると、今後は、インドのIT(ソフト)と日本のモノづくり(ハード)が結びついていくことが、米中の新たな対立構造によるコロナ禍後の国際情勢において、日本が生きる道かもしれない。そして、このDX(Digital Transformation)下での日印連携を進めて行く提案として、今回登場するサイバー・バレー(Cyber Valley)構想が提唱された。

このサイバー・バレー(Cyber Valley)は、米国シアトル出身、弱冠17歳でシリコン・バレー(Silicon Valley)で起業した、気鋭のIT開発者にしてコネクトフリー(https://connectfree.co.jp/ (外部サイト))CEOの帝都久利須氏が提唱している。同氏は2021年より、福井県鯖江市に拠点を移し、コロナ禍後を見据えた新たな展開を進めている(https://cybervalley.jp/ (外部サイト))。ちなみに、帝都久利須氏は、SFアニメ『攻殻機動隊』の「SAC_2045」(https://www.ghostintheshell-sac2045.jp/ (外部サイト))に登場する、元米国籍の総理大臣「久利須・大友・帝都」のモデルである。

サイバー・バレーでは、北陸3県にソフトウエア開発の人材と企業の集積を図り、国内デジタル化、Society5.0を実現するとともに、世界に伍する新たな一大経済圏の構築を目指す。米国のシリコン・バレーが、ボストンを中心とした東海岸の保守的な秩序を捨てて、西海岸にイノベーションの拠点が生まれたのと同様、東京一極集中、太平洋ベルト地帯の旧秩序のしがらみを捨て、日本版西海岸(まさに日本海沿岸は字義通り「西海岸」!)として再定式化して見せる。以前紹介したとおり、日本海側でも最大のものづくりの拠点こそ、北陸地域なのだ。この発想は、現在の米国IT巨人企業であるGAFAM(Google・Apple・Facebook・AMAZON・Microsoft)が着目したヒトとヒトを結ぶ情報革命に対し、日本が強みを持つ、モノとモノを結ぼうという発想である。例えば、スマートフォンなどの市場規模は、世界全人口70億人のうちの20億人程度にとどまる。しかし、もしモノに目を転じると、実は現段階でさえ、その500倍の1兆個のデバイスが存在するといわれている。身の回りの家電や機械、スマートフォンもモノに着目すれば無限に広がる。

そして、このモノに着目した世界は、実はDX化の文脈では、現実に実現が視野に入る。IoT(Internet of Things)によるネットワーク形成である。そしてそのための最も重要なブレークスルー技術こそが、帝都氏が開発した、Ever IP(Internet Protocol)と呼ばれる、いわば「第二インターネット」のITセキュリティ・システムである。既に福井県内でも試験的な導入が進んでいる。繰り返しになるが、ヒトに着目したネットワークではなく、モノに着目したネットワークを構築することにより、例えば、「ゼロ・トラスト(Zero Trust)」の状況でもセキュリティが要求される行政などのテレワークも、通信デバイスに着目したセキュアなネットワーク形成が可能である。

筆者はこの見立てに立てば、DX下のIoTを通じた日本型「ものづくり」の復権が可能になるのではないか、とひそかに期待して帝都氏の取組を応援している。ハード・ものづくり(日本)がソフト・デジタル(インド)と連携し融合することで、GAFAM(米国)やBATH(Baidu・Alibaba・Tencent・Huawei/中国)の台頭に対抗する、「デジタル第三勢力」を形成することが可能ではないだろうか。モノ目線で見た世界は違った見え方ができるだろう。これまでGAFAMに情報を吸い取られるだけのクラウド依存から脱却し、ものづくりの強みを最大限活かした日本のデジタル戦略、今後のビックデータ資産の活用にも展望が広がる。そのためには、インドのIT人財が不可欠なのである。

福井では、こうした状況を一歩一歩着実に進めて行くため、インドからの高度IT人財の地元への受け入れを進めている。筆者は2021年6月に福井県情報工業会の基調講演を依頼され(写真参照)、その機会にこうした福井の革命的な取り組みを学んだ。以前お話した、2030年までに78万人という圧倒的に不足する高度IT人財に対し、インドから高度IT人財を受け入れるという主張にも大変親和性があるということで、サイバー・バレーを中核にしたインド人財受け入れについて議論が深まっている。

福井県情報工業会で講演する松島大輔教授(2021年6月)

冒頭で説明した通り、北陸とインドは、言語を通じて通底している。インドとの連携によって、メタレベルの連携が可能であれば、サイバー・バレーも夢ではない。本家シリコン・バレーもインドIT技術者なくして成立しえない。新たな仕組み創りは、インドと連携して北陸で生まれる可能性に期待したい。