第4次産業革命時代における韓国の科学技術―④第4次産業革命時代を勝ち抜くための戦略~BIG3産業編(下)~

2023年02月07日 JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー 松田侑奈

第4次産業革命時代を勝ち抜くための戦略~BIG3産業編(上)では、電気自動車・水素自動車をメインとする未来の自動車産業と非メモリー半導体を中心とするシステム半導体産業に対する韓国政府の諸戦略について述べたが、続く(下)では、バイオヘルスケア産業について分析していきたい。

(3)バイオヘルスケア 1

韓国がこの産業をBIG3と指定したのは、国民の健康と直結するという点もあるが、何より成長ポテンシャルが高く、雇用拡大に大きく貢献できるという期待からである。世界の至る所で人口高齢化に伴うヘルスケアへの需要が日々高まっているなか、韓国は、2017年に高齢化社会から高齢社会に変わり 2、2025年には超高齢社会に突入する見込みである 3。韓国がバイオヘルス産業に注力するのは社会構造からなる不可避な選択ともいえる。

韓国は、2018年バイオ医薬品生産能力が世界2位規模に達し、新薬新技術輸出額も5兆3千億ウォンを記録する(前年比4倍増加)など、バイオヘルス産業に対する強い自信を見せてきた 4。医薬品や医療機器の輸出額も前年比19%増加の20兆4019億ウォンをマークした。産業全体の技術力は、まだ当該分野最強国であるアメリカの78%レベルであるが、超音波映像診断機器は世界輸出1位、歯科インプラント輸出は世界5位となっている。

韓国政府が2019年5月に制定した「バイオヘルス産業イノベーション戦略」では、2030年まで新薬・医療機器の世界市場占有率を3倍に拡大、30万人の仕事を創出、バイオヘルス産業を5大輸出主力産業に育成させるという3つの目標が書かれていた。

そのため、技術開発段階からリリース段階に至るまでの戦略を具体的に定めている。

① 技術開発段階: 新薬・新医療技術の研究開発に活用するため、5大ビックデータプラットフォーム(国家バイオビックデータ、データ中心病院、新薬候補物質ビックデータ、バイオ特許ビックデータ、公共機関ビックデータ)を構築し、2029年まで100万規模の国家バイオデータを作り、希望者を対象にゲノム情報を収集するとした。新薬・医療機器にかけるR&D予算は、2018年の2兆6000億ウォンから徐々に拡大し、2025年には最低でも4兆ウォンレベルまで引き上げるとした。また、バイオヘルス分野の金融、税制支援を強化するため、15兆ウォンの専用ファンディング 6を活用し、5年にかけ2兆ウォン以上の政策金融投資で、民間の投資を牽引する予定である。バイオヘルス企業の特徴に合わせ、R&D費用の税額控除や税額控除対象の拡大(バイオベターの臨床実験費を新規追加)などを積極的に展開している。

② 認可・許可段階: この段階では食品医薬品安全処の専門性を強化し、認可・許可の迅速な処理を目指す。審査担当労働力を拡充し、イノベーション型の製薬企業の新薬を優先審査するようにする。また、バイオ医薬品、特に先端バイオ医薬品の全プロセスに対する安全管理を強化し、再生医療の臨床研究を制度化する。製薬・医療機器に対する規制をアメリカやEU並みに改善し、グローバル競争でのボトルネックを解消する。

③ 生産段階: 政府は、先導企業、創業・イノベーション企業と協力体系を構築するため、海外投資者を対象に先導企業とベンチャー・スタートアップ企業の共同投資IRの開催を支援する。また、アイルランドが2011年に国立バイオ工程教育研究所(NIBRT)を設立してバイオ製薬全分野の専門家の育成に成功した事例を参照し、NIBRT式の教育システムを構築し、データ専門家の育成とともに、人工知能大学院も拡大していくとした。更には、バイオ医薬品生産工程の実習ができるよう、国際企画の生産施設(GMP)を備えているバイオ工程人材育成センターを立ち上げ、生産専門労働力を大幅に拡充するとした。韓国としては、なるべく早い段階で、バイオ医薬品生産施設の稼働に必要な原材料や設備などを国産化し、生産費用をカットして、川上・川下産業の同伴成長を果たしたい狙いがある。韓国はバイオ医薬の生産能力は高いと言われているものの、消耗品から生産設備に至るまで輸入に頼っている分、国産化は至急な課題である。

④ リリース段階: 政府は、バイオヘルスの市場進出のため、医療現場でデジタルヘルスケアなどの新技術を積極的に使用するとともに、対面診療の品質とサービス向上を目指している。まずは、大型病院を国産機器評価センターに指定し、信頼性を高めつつ、性能の改善を行い、国産機器を積極的に取り組む医療機器にR&D支援を強化する等メリットを賦与する方法で使用を普及していく予定である。

2020年からは「医療機器育成法」、「体外診断機器法」を制定し、難治疾患の治療に使われる医療機器に対する認証制を導入している。医薬品と同時に開発される同伴診断医療機器は、医療機器・医薬品許可を同時に受けることができ、二度審査の手間が省ける。「バイオヘルス産業イノベーション戦略」公開の際に、保健福祉部長官は「バイオヘルス技術の発展で、高齢社会に伴い急増する医療需要に応えられると思う。今が我が国のバイオヘルス産業においては、もっとも重要な時期であり、活力を最大限に引き上げる必要がある。韓国はポテンシャルが高い国であり、それを十分に発揮すれば、間違いなくグローバル強国に飛躍できる」とバイオヘルス産業に対する高い期待感を示した。

BIG3産業の育成のため韓国政府は、「イノベーション成長BIG3推進会議」を定期的に開催し、2020年から既に20回以上会議を開き、目標の達成率や政策の見直しを行っている。会議の回数からもBIG3産業を成功させたい韓国政府は意志が伝わるが、今後の動向を引き続きフォローしていきたい。

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