【現地専門家インタビュー】韓国大学の創業人材育成⑤~KIST水素・燃料電池研究センター

2024年1月26日 松田 侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

※【現地専門家インタビュー】韓国大学の創業人材育成シリーズは、韓国の大学発創業、創業人材育成実態について明らかにするため現地調査を行い、専門家のインタビュー内容をベースに作成されたものである。

アジア・太平洋総合研究センターではこのほど、韓国の科学技術特化大学や理工系名門大学、ファンディングエイジェンシーである韓国研究財団(NRF)を訪問し、人材育成についてインタビューを行った。今回は、韓国科学技術研究院(以下、KISTとする)篇を紹介する。

KISTは、1966年に韓国科学技術研究所という名前で設立された研究機関である。1981年に韓国科学院(KAIS)と統合され韓国科学技術院(KAIST)になったが、1989年にKAISTから独立し、今のKISTになった。

KISTは教育機関ではなく研究機関であるが、学研共同研究という形で大学院も運営している。学研共同研究とは、KISTのような政府出捐研究機関と大学が契約を締結して、研究中心の高級人材を育成するプログラムである。単位は大学で履修し、研究(論文やプロジェクト)は研究所で行う。最初の単位の履修時間以外は、殆どの時間を研究所で過ごすことになる。学位は研究所ではなく大学で出る。

一般大学院と違って、大学院生とはいえ、研究者と位置付けられるので、労働契約書も締結するし、毎月給料(退職金付き)もきちんと支給される。KISTでは人工知能(AI)、バイオ、気候変動、新エネルギー等最先端技術分野に関わる幅広い研究を行っている。

水素・燃料電池研究センターは1987年5月、燃料電池の常用化に貢献するため設立され、今も韓国の水素・燃料電池の研究を先導している。今回は、水素・燃料電池研究センター長、ジャン・ゾンヒョンさんに人材育成や水素分野の研究状況等について下記の通り、インタビューを行った。

水素・燃料電池研究センター長 ジャン・ゾンヒョンさんにインタビュー

ジャン・ゾンヒョンさん

ジャン・ゾンヒョンさんへのインタビューは次の通り。

Q1:KISTと一般大学の人材育成はどのように異なるのか?

ジャンさん:KISTは大学ではなく政府(科学技術情報通信部)が管轄している研究所だから、理論と実務を同時に学べるし、大学の研究所と比べればスケールがはるかに大きい。また、大学は明確な出勤・退勤時間が決まっていないと思うが、研究所は朝9時から夜6時までと勤務時間が決まっている。もちろん給料も学費以上の金額で受け取れるので、大学の大学院生と同じく研究は行うが、学生よりは社会人に近い。

また、大学より自律性、自立性が求められる。指導教員がいるけど、大学のように時間をかけて指導できるわけではないので、自ら積極的に研究に取り組む必要がある。ただ、皆さん非常に優秀なので、指導が必要な学生というよりは、共に研究するパートナーに近い。

Q2:二次電池分野が脚光を浴びているが、水素・燃料電池はどうなのか?

ジャンさん:水素・燃料電池研究への政府からの支援もあるが、二次電池に比べれば相手にならない。水素・燃料電池研究への支援はそこまで厚くない。

Q3:水素関連研究への支援が薄い原因は?

ジャンさん:やはり、投資に対するアウトプットだと思う。水素という領域はすぐ成果ができる分野ではないので、ファンディングプロジェクトの数も少ないし、政府の支援もあまり増えていない。

Q4:KISTの水素・燃料電池研究センターではどのような研究を行っているのか?

ジャンさん:水電解、水素の貯蔵、水素の利用例えば燃料電池分野等、水素に関わる幅広い研究を行っている。

Q5:水素・燃料電池分野を研究する研究者は多いのか?

ジャンさん:多くない。ファンディングプロジェクトが多くない分野は自然と研究者が離れていく。今は二次電池のほうに研究方向を変えた人が多い。

Q6:韓国の研究人材育成の仕組みについてどう思うのか?

ジャンさん:韓国は元々資源が限られている国であるから、成果がでそうな分野に支援を集中する傾向がある。韓国はこの選択と集中モデルで今まで成長を成し遂げてきたので、正しい選択だと思う一方で、このような仕組みが持っているデメリットも大きいと感じる。

例えば、二次電池分野のように今注目されている分野は、政府のみならず、自治体や企業、大学からも支援が多いので、支援が溢れるほどであるが、水電解とか水素分野は状況が全然違う。もちろん、そのおかげで、二次電池分野は成果が多くでている。ただ、研究においての当たりはずれやブームというものは、いつどう変わるか誰もわからない。だから、バランスが必要である。

これは人材育成でも全く同じで、ホットなテーマを研究する人に支援が集中する傾向が強い。研究支援というのは、もちろん重点的に行う部分があって当然だけど、ホットではない分野も常に一定の支援規模を保つべきだけど、韓国はそこができていない。支援のバランスという面では日本が優れていると思う。

また、ホットな分野が常に変わるから変化が激しい。○○研究がホットだと数年は脚光を浴びるが、ブームが過ぎればうやむやになってしまう。せっかく今までやってきた支援ももったいないし、アウトプットもよくない。改善してほしいが、残念ながら似たような現象が繰り返されている。成果が研究者評価での大事な指標だから、評価システムが変わらないと難しいかもしれない。それから、改善されつつあるとはいえ、まだ若手へのチャンスは多くないと感じる。若手が活躍しやすい環境になってほしいと思う。

Q7:KISTは研究中心というイメージが強いが、創業人材は育成しないのか?

ジャンさん:研究所だからそう思われがちだが、創業人材の支援も行っている。KISTには技術事業戦略本部があり、かつては研究成果の技術移転や成果物が企業に活用されるように支援したが、今は創業支援プログラムを通じで、研究所での創業希望者を支援している。創業教育から制度的支援、技術開発、投資誘致まで全部サポートしている。研究所の研究者が創業を希望する場合、創業休職か兼職制度が利用できる。

Q8:研究者の創業に対しては、歓迎している雰囲気なのか?

ジャンさん:歓迎している。今、創業がブームであるし、政府も積極的に進めているので、創業は歓迎されている。創業してしばらく休職したとしても何一つ不利益がない。

Q9:水素関連の研究を行っているから伺うが、政府が目標としている2050カーボンニュートラルでの目標は実現できると思うのか?

ジャンさん:難しいと思う。政府が出している政策はあくまで理想論というか、目標値だから「こうなったらいいね」程度のスタンスだけど、実際、第一線で研究を行っている我々の立場からすると、その目標値は実現可能性が低いと思う。特に2030年を一区切りに温室効果ガス排出を40%減少するとなっているが、ほぼ実現不可能だろう。

Q10:日本との共同研究についてどう思うのか?

ジャンさん:少なくとも私の研究分野では日本との共同研究を望む研究者が多い。ただ、協力チャンスがないし、どこにアプローチすればいいかわからないので、今後は協力のチャンスやルートが増えてほしいと思う。特にここ数年はコロナの影響があったから、交流機会がほぼゼロに近かったが、これからは活発になってほしい。

Q11:日本の水素・燃料電池の研究についてどう思うか?

ジャンさん:実はつい最近、国際的な学会に参加してきて、たまたま日本の研究者とも交流の機会があったが、保守的である印象を受けた。お互いが行っている研究をオープンにして交流を行いたいが、日本の研究者はそれをあまり望んでいないように見えた。

研究力でいうと、20~30年前は、日本の技術力は実に素晴らしいもので、韓国は相手にもならなかったけど、今の日本の影響力や技術力はその時代には及ばないと思う。ただ、日本の技術力や研究力は依然としてかなり優秀で、日韓の共同研究が増えれば、日本にも韓国にもメリット大だと思う。

Q12:今後の韓国の研究や人材育成に望むことは?

ジャンさん:ご存知のように、韓国にはまだノーベル賞受賞者がいない。韓国の基礎研究の歴史が浅いから、今までは望めなかったが、そろそろ韓国も目指すべきだと思っている。そのためにも、多様な研究、幅広い研究ができる環境であってほしいし、あまりホットではない分野を研究している研究者も継続的に、安心して研究ができるようになってほしい。そして、国際交流、特に日韓の交流や共同研究の機会が増えてほしいと心から願っている。

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