クリーンエネルギーの未来に向けた重要鉱物戦略―オーストラリアの科学技術シリーズ⑤

2023年9月1日 三田 雅昭(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

はじめに

アジア・太平洋地域の今を伝えるSPAPでは、各国の科学技術政策に注目している。オーストラリアのアルバニージー政権の発足から1年を経て、2023年5月19日に産業科学資源省DISRから重要技術リスト「List of Critical Technologies」の更新が発表され、前稿シリーズ④では、重要技術分野および技術例37について分析を試みた。

続いて6月20日には、オーストラリアDISRから重要鉱物戦略「Critical Minerals Strategy 2023-2030」が発表された。そこで本稿シリーズ⑤では、世界シェアが高い鉱物資源分野に注目して、発表された重要鉱物戦略の要点、重要鉱物リスト、鉱物の生産・研究・用途・ESG、そして鉱物資源の利用を支える科学技術の一端を紹介する。

1. オーストラリアの重要鉱物戦略

1.1 重要鉱物戦略のねらい1)

資源・北部オーストラリア担当のマンデレ・キング大臣によると、この戦略は重要鉱物産業を育てるオーストラリア政府の計画であり、オーストラリアのビジョンと道筋を定めている。その目的は今後の政策決定の永続的なフレームワークとして国際的に重要な鉱物資源によるオーストラリアの国益を最大化することにある。必須事項として、重要鉱物は実質ゼロ排出への世界的な移行の基礎であり、重要鉱物産業の発展により雇用と国富を生み出し、重要鉱物の国内サプライチェーンはオーストラリアの戦略的関心事である。オーストラリアは、豊富な地質学的天賦とエネルギー・資源の信頼できる輸出者としての実績を活かし、クリーンエネルギーの未来のために世界が必要とする加工鉱物を供給する上で、極めて重要な役割を果たすことができるとしている。

1.2 6つの重点分野1)

広範にわたる公聴会により、重要鉱物分野に関するオーストラリア政府の目標を達成するために重点を置くべき6つの分野が特定されている。①戦略的に重要なプロジェクトの開発、②投資誘致と国際パートナーシップの構築、③先住民族の関与と利益の分配、④オーストラリアをESG パフォーマンスの世界リーダーとして推進する(後述)、⑤インフラストラクチャとサービスを実現するための投資を解放する、⑥熟練した労働力の育成である。

1.3重要鉱物リスト

2023年6月20日公開の図1オーストラリアの重要鉱物リスト2)には、現代の技術・経済・国家安全保障に不可欠で、サプライチェーンが混乱しやすい鉱物が含まれている。排出削減・製造および防衛に関する世界的なニーズに基づいて、戦略・技術・政策・経済の変化に対応して、オーストラリア政府がこのリストを更新している。

図1 オーストラリアの重要鉱物リスト2)(加色・シェアは筆者による)

地質学的ポテンシャルが高いものを水色、量的生産シェアが高いものを桃色、続いて期待されているものを黄色にて示す。このリストには、新たに高純度アルミナとシリコンのプロジェクトが加えられている
https://www.industry.gov.au/publications/australias-critical-minerals-list

1.4 生産面

オーストラリアはリチウムおよび酸化チタン(ルチル型)の生産が世界首位である。アンチモン・コバルト・イルメナイト(チタン鉄鉱)・マンガン・タンタル・ニオブ・タングステン・バナジウムが世界5位以上である。2022 年 12 月の時点で 81 件の主要な重要鉱物プロジェクトが進行中で、価値は300億ドルから420億ドルの間という3)。Austrade Critical Minerals Prospectus 2022では、先進的で投資準備が整った55の重要鉱物プロジェクトが紹介され4)、オフテイク契約と投資を積極的に進めている。

1.5 国際連携1)

資源・北部オーストラリア担当のマンデレ・キング大臣によると、オーストラリアの貿易・投資パートナーは、エネルギー転換において多様化する世界のサプライチェーンに供給する重要鉱物の供給をますます求めている。政府はこれを可能とするため、業界やコミュニティと協力している。また、国際的なパートナーである米国、英国、日本、韓国、インド、英国、欧州連合(EU)およびその加盟国などと協力して、新興市場にプロジェクトを結び付ける支援(重要鉱物戦略1)付録 A:International Partnerships を参照)を実施しているという。付録Aでは、二国関係・多国関係が例示されている。

1.6 鉱床・鉱山

公開された重要鉱物戦略1)のなかでOpportunities for Australiaとして「操業中の鉱山および主要鉱床におけるオーストラリアの重要な鉱物」5)を公表している。これを図2として引用する。○が稼働中の鉱山、△が開発中またはメンテナンス中の鉱山、□が鉱床

図2 操業中の鉱山および主要鉱床におけるオーストラリアの重要な鉱物

Australian critical mineral deposits and operating mines. Credit: Geoscience Australia
https://www.industry.gov.au/sites/default/files/2023-06/critical-minerals-strategy-2023-2030.pdf 13頁

また、2023年4月に開催されたAustralian Critical minerals Delegation to Japan では、Battery minerals としてリチウム・コバルト・ニッケル・負極材について6件およびレアアースについて4件のプロジェクトが紹介された6)

2. 鉱物に関する研究について

2.1 鉱物(minerals)の分類7)

ベースメタル・貴金属・レアアース・レアメタルなどを元素の周期表上に示した例8)が図3である。ベースメタル(base metal卑金属)とは、埋蔵量・産出量が多く精錬が簡単な金属で、鉄・銅・亜鉛・錫・アルミニウムなどを指す。貴金属(noble metal)とは、イオン化傾向が小さく、酸やアルカリに反応しにくい安定している金属で、金・銀・プラチナ・パラジウムなどを指す。レアメタル(rare metal)とは、地殻中の存在量が比較的少ない、または採掘と精錬のコストが高いなどの理由で流通・使用量が少ない非鉄金属で、チタン・コバルト・ニッケルなどを指す。レアアース(rare earth)とは、レアメタルの内、スカンジウム・イットリウム・ランタンからルテチウムまでの17元素のグループで、一般的に希土類元素と呼ばれている。

図3 元素の周期表

出典:資源エネルギー庁/スペシャルコンテンツ/世界の産業を支える鉱物資源について知ろう
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/shared/img/qzm2-2au5zdkh.png

2.2 鉱物に関する研究

次に、鉱物の種類別文献報告数をみると、図4の鉱物minerals列に示すように、オーストラリアはWeb of Science 2013-2022 Topic : minerals文献数にて、中国・米国・ドイツに続いて世界4位(シェア5.4%)と上位である。ちなみに日本は世界12位(シェア4.0%)である。また、他の分類においても、中国・米国・ロシア・ドイツに続いてオーストラリアは文献数上位であり、鉱物資源の利用に関心が高いと推定される。

図4 鉱物の分類別による文献数上位国

2.3 レアメタルの主な用途からみた研究

文献数をみると、同じくWeb of Science 2013-2022 Topicによると、図5に示すように中国・米国に続き日本・ドイツが上位であり、用途面の研究に積極的な国が上位となっている。すなわち、鉱物利用の研究に積極的なオーストラリア(図4)と用途の研究に積極的な日本(図5)との連携が進むことが容易に想定される。

図5 レアメタルの主な用途からみた文献数上位国

ここで図1 図2 図3に登場した物質に注目して、図5の主な用途との相関を整理する。

  • ① 電気自動車(EV)・ロボットに搭載されるモーターには、軽量・小型・高効率・高耐圧・高耐熱そして寿命などの機能が求められる。モーターは、ロータ・ステータ・永久磁石・巻き線・電磁鋼板などの部品によって構成されている。電気自動車や風力発電などでは強力な永久磁石が求められており、希土類元素(レアアース・rare-earth elements・REE)が必須である。そのサプライチェーンは、2010年のREEショック以降、脱中国依存の高まりから、中国以外での鉱石生産が徐々に増加している9)。自動車用途などの高温環境下において強力なネオジウム(Nd)磁石を使用するためには、一般的には高温環境下でも保磁力が高くなるジスポロシウム(Dy)を添加する。そこで、日本の高効率モーター用磁性材料技術研究組合では、これらのレアアースを削減する技術開発に取り組んでいる10)
  • ② 蓄電池に注目すると、携帯機器用に発達したリチウムイオン電池が、数量的に桁違いの用途であるEVへの適用に際して、技術開発競争が激化している。機能的には高容量・高出力・軽量・小型・高耐久・長寿命・安全性などが求められる。バッテリーメタルとして、リチウム(Li)・コバルト(Co)・ニッケル(Ni)が正極に適用され、安全面を重視する場合にはマンガン(Mn)やリチウムリン酸鉄(LFP)などが適用されている。高容量化に向けて負極では黒鉛系に代わりリチウム金属を適用する研究も進んでいる。次世代蓄電池として全固体電池の研究が進んでいるが、電解液に代わる固体電解質候補は金属多元系で構成されており、希土類元素の組み合わせが想定される。一方、資源戦略を優先すると、バッテリーメタルを汎用元素で置き換える技術も注目されており、駆動体としてのリチウム(Li)を他の元素に置き換えた蓄電池系の研究も進んでいる。
  • ③ 化合物半導体について、発光ダイオード(Light Emitting Diode:LED)では、構成材料のエネルギーバンドギャップを利用して様々な波長で発光する。その材料にはガリウムGa・ヒ素(As)・インジウム(In)・アルミニウム(Al)などが適用されている。また、無線通信分野では、高周波数・高出力領域におけるGaNなどの利用について、シリーズ③図7にて言及しているので参照いただきたい。
  • ④ そのほか、超伝導材ではイットリウム(Y)、透明電極ではインジウム(In)・セリウム(Ce)、超硬工具ではタングステン(Ta)、コンデンサではタンタル(Ta)などが適用され、排ガス浄化触媒ではガソリン用にパラジウム(Pd)、ディーゼル用にプラチナ(Pt)、流動接触分解触媒ではランタン(La)など、環境・エネルギー用途に様々なレアメタルや貴金属が適用されている。

3. ESG(環境・社会・統治)の観点1)

重要鉱物戦略から、目標を達成するために重点を置くべき6つの分野のうち、4番目「オーストラリアをESG パフォーマンスの世界リーダーとして推進する」1)に関して、先進的な取り組みを以下に抽出した。

まずオーストラリアは、高い ESG 認定を備えた責任あるプロジェクトの開発における世界のリーダーである。しかし、国際競争が激化する中で、重要鉱物セクターが ESG 分野で世界のリーダーであり続けるために継続的かつ強化された取り組みが必要であり、これらの資格が世界市場における大きな差異点となるという。オーストラリア政府によって設定された規制および政策の枠組みは目的に適合しており、環境保護を堅牢に維持し、迅速・効率的かつ永続的な環境承認を可能にするとしている。

次に、世界市場へのアクセスを可能にする強力な ESG 慣行として、サプライチェーンのデューデリジェンスa)と重要鉱物のトレーサビリティb)がますます重要になると認識しており、重要鉱物セクターの運営に対して永続的に社会的ライセンスをサポートするとしている。エネルギーを大量に消費する現在の重要鉱物の抽出・濃縮・加工による影響と、2050年までに実質ゼロ排出を目指す取り組みとのバランスを取る必要もあるという。

そして、オーストラリア先住民を含むコミュニティと重要鉱物の開発利益を公平に共有し、不当なコストや非効率なプロセスを課すことなく、持続可能で競争力のある産業としてサポートする必要があるとしている。

これらの取り組みの期待効果を推測すると、環境アセスメントを積極的に展開することにより、危険物や廃棄物による環境影響を防止、デューデリジェンスによりサプライチェーン網を明らかにすることにより、武力紛争・地域紛争・地域資源の独占・汚職への加担を防止、重要鉱物のトレーサビリティを高めることにより、強制移住・強制労働・児童労働などの人権侵害の抑止が期待されている。ひいてはグローバル市場へのアクセスを可能にする強力な ESG 慣行となり、且つ地域コミュニティと重要鉱物の開発利益を公平に共有し、持続可能で競争力のある産業として発展する可能性が高まるであろう。

4. 重要鉱物利用に関連する技術革新

近年の計測・情報・通信分野などを中心とする技術革新は、様々な技術イノベーションを生み出し、社会の変化に繋がろうとしている。

例えば、前述のように重要鉱物のトレーサビリティを高めることを目的として、ブロックチェーンc)技術の適用が進んでいる11)。ブロックチェーンを利用することで、鉱物資源の採掘・精錬・加工・組立・製品出荷に至るサプライチェーン全体を可視化し、トレーサビリティを確保することで、倫理的に正しく生産・取引・処理されることを保証できる。企業は、投資家や消費者などのステークホルダー向けに、ESG(環境・社会・統治)投資における活動内容を証明ができるようになる。同時に、サプライチェーン運用の効率化が図られ、管理コストも抑えられる。

一方、材料開発の高度化・高速化に向けては、材料を合成して機能・性能を調べる従来の材料開発の方向とは逆に、必要な機能・性能から合成すべき材料を決める方向の材料開発が始まり、その鍵として注目されているのがマテリアルインフォマティクスMaterials Informatics(MI)である。MIとは「材料科学とデータ科学の融合によって、材料開発から実用化に要する時間とコストを大幅に削減しようという試み」である12)。データ科学の手法を適用するためには、一般的にはビッグデータと呼ばれる規模のデータが必要であり、世界中で材料分野のデータベース構築が進められている。材料分野ではシミュレーションによる物性値の算出が可能であり、近年の計算機の発展に伴い、シミュレーション物性値と実験・測定データを組み合わせた、所望の特性をもつ材料の研究が実施されている。例えば、電池材料や磁性材料のデザインにおいて、レアメタル・レアアースなどを含む金属材料におけるシミュレーションでは、原子・分子レベルの電子状態計算や分子動力学といったデータ科学の手法を適用して、大規模データの蓄積を行う研究が進展している。

おわりに

オーストラリアの「重要鉱物戦略2023-2030」は、重要鉱物産業を育てるオーストラリア政府の計画であり、オーストラリアのビジョンと道筋を定めている。鉱物利用の研究に積極的なオーストラリア(図4)と用途の研究に積極的な日本(図5)が連携して、クリーンエネルギーの未来のために、様々な技術革新を利用し、世界が必要とする鉱物から加工品を供給する上で重要な役割を果たすことを期待したい。

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