再創業支援型インターンシップと産学融合のすゝめ⑤~産学融合研究会が目指す百万石ベンチャー~

2022年3月17日

松島大輔

松島大輔(まつしま だいすけ):
金沢大学融合研究域 教授・博士(経営学)

<略歴>

1973年金沢市生まれ。東京大学卒、米ハーバード大学大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省後、インド駐在、タイ王国政府顧問を経て、長崎大学教授、タイ工業省顧問、大阪府参与等を歴任。2020年4月より現職。この間、グローバル経済戦略立案や各種国家プロジェクト立ち上げ、日系企業の海外展開を通じた「破壊的イノベーション」支援を数多く手掛け、世界に伍するアントレプレナーの育成プログラムを開発し、後進世代の育成を展開中。

参考:再創業支援型インターンシップと産学融合のすゝめ④~アントレプレナー・インターンシップのタイでの成功事例~

両利きの経営で破壊的イノベーションを

読者の中には、これまでのやり方で成功を収めてきた既存企業のなかで新しい「破壊的(断絶的)イノベーション」を起こせないのではないか、という意見も起こるかもしれない。まさに既存の持続的なイノベーションで成功している企業には破壊的なイノベーションは起こせないという「イノベーターのジレンマ(innovator's dilemma)」を突いた指摘である。これに対してクリステンセンは、その初期の主張では、スピンアウト(spin out)などの方法によって、既存の組織とは別の組織で破壊的なイノベーションを追求するという方法を提案している。

もう一つの提案として、「両利き(ambidexterity)の経営」という発想が台頭しつつある。オライリー(Charles A. O'Reilly III)とタッシュマン(Michael L. Tushman)らによる主張に集約される。両利きの経営でいう両利きとは、探索(Exploration)と深耕(Exploitation)の二つであり、この二つを同時に進めることになる(図1参照)。

図1

課題を「再発見」、問いを「再設定」

再創業支援型インターンシップを通じ、学生が「よそもの、わかもの、ばかもの」として既存企業の内部に入ることによって、新しい刺激が生まれる。外部からの入力を与えることによって、「深耕」を実現することになる。こうした仕掛けを継続的に進め、これまで紹介したアントレプレナー・インターンシップ(再創業型)を支える仕組みが、産学融合研究会(REP:Re-startup Entrepreneur-education Program)である。著者は2021年にこの産学融合研究会を組織し、北陸三県を中心に錚々たる企業群に参画を頂いて、企業群と大学との連携を進めている。この産学融合研究会は、これまでの産学連携を超えた産学融合の挑戦である。

従来の産学連携は、これまで大学の研究成果である技術やノウハウなどのシーズ(seeds)を産業界に紹介し、マッチングしていくという方法が、どちらかといえば主流であった。その意味で、プロダクトアウトの発想である。しかし、産学融合のコンセプトは、産業界のニーズや課題をくみ取り、これを大学の研究者の英知を結集して解決していく過程を通じて、新たな産業化を目指すという試みである。これまでの日本の大学は、主に、キャッチアップ型の知識の吸収の延長に、従来の研究の延長上に成果をもたらしてきた。しかし破壊的イノベーションを創出する過程においては、地域社会やグローバル社会に対して、いわば「御用聞き」をすることで、社会やグローバルな課題を「再発見」し、問いを「再設定」することが不可欠である。与えられた問いを解くのではなく、問い起こし自体を担う。キャッチアップ型が得意としてきた企業誘致を行って「企業城下町」によって地域を振興する在り方そのものが見直されている。先導的な役割を果たすことは、地方の大学の使命ではないかと考えている。

医学部が付属病院を運営するイメージ

産学融合研究会では、大学と企業との連携を密に進めるため、ちょうど医学部が医学部の大学付属病院を運営するようなイメージとして、産学融合コミュニティを作り、現段階で100社近くの企業に参画してもらっている。このコミュニティで学生を育てるという理念を共有するほか、参加学生を「触媒」とした新たな産業化、さらにはコミュニティ参加企業同士の連携を通じたイノベーションに向けた新たな化学反応を期待している。ある意味でそれは、組織の垣根を越えた実践共同体(Community of Practice)である。

産学融合を前提に、大学で「新産業化演習」を設定している。新産業化の駆動力として大学を位置づけ、加賀百万石のお膝元金沢だけに、「百万石ベンチャー」を目指すというプログラムである。ここで百万石ベンチャーとは、ユニコーン企業・ギガコーン企業(売上1000億円規模のベンチャー企業)を中核とした新産業の創造過程において、学生がチームで参画し、大人たちが真剣勝負で進めるプロジェクトを、時に背中を見ながら「暗黙知」や「正統的周辺参加(Legitimate peripheral participation: LPP)」や「状況に埋め込まれた学習」と呼ばれる弟子入りの疑似体験を通じて学ぶという方法論である。山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、ヒトは育たぬ」を地で行く教育である。

なぜこうした体験がアントレプレナー教育に必要なのか。大学生にとって、高校までの学園生活と社会実践との間には当然ながら大きな乖離が存在する。学生にとっての最大の課題は、経験値の少なさである。著者ははじめ、スタートアップスなどの活動にいきなり投入する活動も支援してきたが、実際にはほとんど効果ない。すべてにおいて学生の経験不足によって耐性が伴わず、途中で投げ出す学生や、社会との関係性を理解しない学生、その他全ての要因はこの社会とのエクスポージャ(経験範囲)の狭さに由来する。これまで日本では、大企業を中心に、就職後にオン・ザ・ジョブトレーニング(On the Job Training :OJT)が主流であった。就職した後、終身雇用を前提とした仕事をするなかでの学びを重視してきた。

しかし、昨今の労働市場の流動化、働き方改革、グローバルな労働市場の展開など、学生を取り巻くキャリア形成の環境は激変している。OJTの悠長なトレーニングの機会を得にくい状況になっている。社会からも即戦力が求められ、大学でも従来の学びの方法ではとてもグローバルに戦える人財の育成には間に合わない。著者が教えている金沢大学の先導学類では、こうした状況に対して、新産業化の実践に従事するという演習を展開する。この学習方法を通じて、先に挙げた課題である参加学生のエクスポージャ(経験)を広げることが可能となる。現在、8つほどの新産業化のターゲットを具体的な企業群との連携によって模索しつつある(図2参照)。以前紹介した暗号貨幣SATOのプロジェクトなど、これらの中でいくつかが着火されるだけで、仕組み創りを目指す発想によって、これまでの地方創生の景色が変わるだろう。

図2

百万石ベンチャーの演習に3つの特徴

この百万石ベンチャーの新産業化演習は三つの大きな特徴がある。第一に、いわゆるケース・スタディではない。MBAでカリキュラムとして設定されるケース・スタディでは、「死んだ」ケースから学ぶことになる。これに対し、新産業化は「トライアル・スタディ」とでも形容すべき、これから新たな展開を進めるにあたっての活動プロセスに主眼をおく。この世に無い産業を創造するという挑戦である。当然ながら、全てが成功するわけではない。その試行錯誤の実践過程こそが、学びにおいて大きな収穫をもたらす。

第二に、実践的に仕事の進め方(プロセス)を学ぶことも重要な特徴である。ここでは、事業の内容(サブスタンス)だけでなく、仕事の進め方(ロジスティクス)を強調する。国際会議の立ち上げや運営、予算取りなども含め、いきなり、産学融合の現場に投入し、先達の背中を見て学ぶ。長崎大学時代には、インドやタイとの国際会議を全て学生の企画と運営に委ねて実行してもらったほか、タイへのミッション派遣については、参加企業の「社長のかばん持ち」を通じて、実践的な学びに繋がった。会議の同時通訳を買って出るつわものの学生もおり、大いに盛り上がったものである。金沢大学では3年次には、先導学類生は全員3年次に海外留学やインターンシップ等を義務付けており、インドやタイも視野に入れた連携を強化しつつある。

第三に、新産業の創出を学ぶとは、具体的にはバリューネットワーク構築やシステム・メーキングの方法を学ぶ。1000億円規模の新産業化を目指すとなると、当初から仕組みを変える新たなシステム・メーキングが不可欠である。特にグローバルに展開する仕組み創りである。システム・メーキングというと聞きなれない言葉かもしれないが、著者は、このあたり、日本がGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)やBATH(Baidu、Alibaba、Tencent、Huawei)を乗り越えられないポイントではないかと考えている。日本中の自治体や大学、政府がスタートアップを支援している。猫も杓子もと言わんばかりの盛況である。しかしながら破壊的なイノベーションに結び付くようなマグニチュードの事業あるいは事業提案であることは稀である。なぜか。恐らく、事業ドメインが狭い範囲で規定され、商品やサービスの切り売りで終わっている。世界を変えるような意思を持ったものが想定されていないからではないか。システム・メーキングは、やはりアングロ・サクソンや中国が得意とする分野かもしれない。その意味で、スタートアップが量産されないという「量」の問題だけでなく、「質」的にも日本は、グローバルな戦い、特に米中に大きく水をあけられていると危惧している。

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