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留学生・在外研究者に期待される役割と「奉仕」する制度

中国の研究人材育成に対する米国の影響(3)
留学生・在外研究者に期待される役割と「奉仕」する制度

白尾隆行(JSTアジア・太平洋総合研究センター 元副センター長) 2026年03月18日

はじめに

 前回までのコラムでは、米国に留学する中国人大学院生や研究者、とくにSTEM系の博士号取得者および研究者を「研究人材」として捉え、その規模と趨勢を推計した。その結果、米国における中国人大学院生は約12万人、そのうちSTEM系は約6万人、また、任意実務訓練(OPT)の下で就労する者が約3万人、大学に所属する研究者は約1.8万人と推計された。以上から在米の中国人研究人材の数は、11万人規模に達し(国立研究機関や企業の研究者を除く)、米国の研究者全体の約6.5%を占めると見込まれることを示した。

 研究分野によって差異はあるが、このような人数に上る在米の中国人研究人材の活動が米国の研究エコシステムに貢献しているとともに、中国の研究エコシステムとも密接な関係をもっていると考えられる。実際、在米の中国姓研究者が中国本土の研究者と共同研究を行い、共著論文を発表し、あるいは中国国内の学生指導や研究協力に関与している例が見られる。

 中国の留学生や研究者が帰国して活躍する姿はしばしば報じられている。しかし、在外のまま中国の科学技術・イノベーションに関与する制度的仕組みについては十分に知られているとは言い難い。本稿では、中国政府が留学生・在外研究者にどのような役割を期待し、在外のまま祖国に奉仕する制度を構築し、実施してきたのかを整理する。

留学生・在外研究者の役割を強調する政策の変遷

 留学を奨励してきた中国にとって、留学生が帰国せず留学先に滞在し研究を続けることは、当該滞在国の科学技術・イノベーションに直接貢献することともなり、「頭脳流出」になる。このため留学生・研究者の帰国を促進しつつも、在外のまま祖国の発展に貢献する方策が講じられてきた。

 中国は1978年の改革開放路線以降、留学を国家発展戦略の手段として位置付けてきた。文化大革命期に停滞した高等教育・科学技術体制を立て直すため、高度人材の育成は急務であった。

 1992年8月、国務院弁公庁は「在外留学人員の問題に関する通知」を発出し、留学を国家建設への奉仕のための手段と明確に位置付けた。帰国後の進路は、当初の勤務先への復帰、自主創業とされる一方、海外での職務継続も容認された。ここには今日、「両個基地(dual bases)」といわれる考え方の原型が見られる。

 1993年には、国務院弁公庁国家教育委員会が「支持留学、鼓励回国、来去自由(留学支援、帰国奨励、往来自由)」という方針を打ち出した。この「十二文字」は、留学の奨励と帰国の促進を図りつつ、往来の自由を認めるものであり、その後も基本方針として繰り返し引用されてきた。

 2000年には、「ハイレベルな海外留学人材の帰国就職奨励に関する意見(人発〔2000〕63号)」が公表され、帰国誘致が組織的・計画的に推進される。その後広く知られるようになった「千人計画」、「万人計画」が実行されていくが、そもそもは1998年に教育部と李嘉誠氏(香港最大の企業集団・長江実業グループ創設者兼会長)が開始した「長江学者奨励計画」が端緒であった。

 しかし、重要なのは2001年5月に人事部、教育部、科学技術部、公安部および財政部が合同で公表した「海外留学人員の多様な方法による国への奉仕を奨励することに関する若干意見」(人発[2001]49号2001年5月14日)である。ここでは、「国への奉仕」が帰国のみならず、国外での勤務を継続し、ポスドク研究、共同研究、プロジェクト受託、成果実用化、人材育成支援など多様な形態を含むことが明確化された。

 さらに2013年10月、習近平総書記は「支持留学、鼓励回国、来去自由」に「発揮作用(役割発揮)」を付け加えて「十六文字」の方針とした。上述のとおりすでに2001年の人事部等の合同意見で「国への奉仕」という方針が示されているが、総書記直々の演説で示された意義は大きいといえる。そして、2014年11月の「海外華僑奉仕活動の実施に関するお知らせ」では、「一時的に帰国できない留学・就学者が、先進的な科学技術や管理技術を活かし、様々な手段を通じて祖国の発展に貢献できるよう、好機を捉えて奨励しなければならない」としている。

一時帰国して非常勤で「奉仕」する制度

 海外の中国人研究者が中国で研究活動を行う場合には、帰国して勤務する「常勤」と、一時的に短期間帰国し、研究集会に参加し、または研究指導に当たる「非常勤」がある。よく話題となるのは、優秀な研究者が帰国して「常勤」する場合であるが、「非常勤」はこれまであまり注目されてこなかった。しかし、たとえば米中の研究エコシステムのつながりをみるという意味では、この中国人の非常勤の活動にも注目する必要があると考える。

 ここでは上述の政策を受けて具体的に制度として整備され、運営されてきた以下の3つの「非常勤」で「奉仕する」形を紹介する。

(1)春風計画(Academic Vacation Program)

 1996年以来、教育部が主導する「休暇計画(Academic Vacation Program)」(通称「春風計画」)は、在外の中国人研究者が中国に一時帰国して行う学術会議参加、基調講演、セミナー開催、研究協力、教育交流などを支援するものである。常勤移籍を前提とせず、滞在国での職位を維持したまま参加できる点が特徴である。

(2)春風カップ(春暉杯:Chunhui Cup)

「春風カップ」は、在外中国人留学生を対象とする中国最大級のイノベーション・起業コンテストで、世界各地での予選会を経て決勝に進出したプロジェクトが政府・産業界のリーダーの前で表彰され、中国での創業が支援される。この活動は、学生や研究者が教育や研究で得たアイデアを、米国や他の先進国で商業化するチャンスを得る前に中国で披露させるという狙いがある。対象となったアイデアは、中国が必要とする重要技術の獲得につながる可能性があり、単なる起業支援を越えて、海外で形成された技術アイデアを中国国内へつなぐ制度的回路として機能している。

 2019年はエレクトロニクス、新材料、新エネルギー、環境科学、生物学、医学、農業等の先進技術分野を対象に、301件のプロジェクトが登録された。参加国は、米国80件、イギリス42件、オーストラリア28件、カナダ24件、フランス16件、日本14件など数多くに及ぶ。また、2024年までに19回連続で開催された結果、計4,159件の優れたプロジェクトが選出され、1,400社以上が起業し、国内に定着しているという。

(3)紅心計画(Homeland-Serving Action Plan)

 人力資源・社会保障部が主導する「紅心計画」は、2010年に創設され、「海外中国子女報国サービス行動計画(Homeland-Serving Action Plan for Overseas Chinese)」ともいわれる。この計画は、優秀な中国人留学生や在外研究者が一時帰国して、学術的セミナー、地域の大学との技術協力などに参加する機会を提供する。特に草の根コミュニティと関わり、地域の発展に貢献するための重要な活動形態となっている。2025年末までに、米国、欧州、日本を含む数十カ国から100以上の専門技術分野にわたり計519件のプロジェクトが支援され、数万件の人材・技術協力案件が採用されたとされる。

「奉仕」する制度が意味するところ

 以上の3つの制度は、留学生や在外研究者が一時帰国して本国の発展に奉仕するすべての制度ではないが、国によって構築された制度的な仕組みがあることを示している。

 これらの「奉仕」する制度は、常勤による帰国を必須とせず、短期間で研究・起業・人材育成の活動を支援する仕組みであるといえる。常勤による知識・技術移転に比べ一時帰国による非常勤の活動では、研究者が往復を繰り返すことで持続的な知識・技術循環が可能となる。

 2020年に取りまとめられた米中経済安全保障審査委員会(U.S.-China Economic and Security Review Commission)の報告書は、こうした制度が中国のイノベーション推進において基礎研究の成果を移転する上で重要な手段となっており、特定の技術が偶然取得されるケースに比べ、よりの効率的な手段であると指摘している。また、2024年の全米科学・工学・医学アカデミー(National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine)の報告書も、非常勤の人材プログラムを通じた持続的な知識・技術移転の影響について言及している。

 このように評価されている中国人留学生・在外研究者の「奉仕」する制度が意味するところは、1990年代以降帰国を促進しつつも、一定数で存在し続ける留学生・在外研究者を通じて最先端の科学技術の成果を取得する方法をもたらしたことである。

おわりに

 米中関係の今後は依然不透明であり、とくに在米中国人研究者の往来に影響を与える可能性がある。一方、「高度な自立自強」を追求する中国は、このような中でより一層多様な、かつ、分散し、グローバルに展開される手法を駆使しつつ、多くの研究者を動員して必要な情報を吸収していくであろう。中国が巧みに制度化してきたこれまでの手法がどのような影響を受け、また変化していくのか、その実態を把握することは、中国の科学技術・イノベーション戦略を理解するうえで不可欠である。

参考資料

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