中国の研究人材育成に対する米国の影響(4)
研究人材から見た米中の研究エコシステムのつながり
白尾隆行(JSTアジア・太平洋総合研究センター 元副センター長) 2026年04月07日
中国の研究人材育成の将来、なかでも米国の政策の影響を見極めるためには、様々な要因を把握する必要がある。本稿では、米国の研究エコシステムと中国の研究エコシステムを中国人留学生や米国在住の中国系研究者、米国から帰国した中国人の研究者がつなげている実態を取り上げる。
在米の中国人研究人材を介した米中の研究エコシステムのつながり
国立研究機関や企業を除き、約11万人と推計される在米中国人研究人材(STEM分野、以下同じ)が、中国本土の研究エコシステムとどのようにつながっているかは、共著関係から把握することができる。
科学技術振興機構アジア・太平洋総合研究センターのコラム「海外ネットワークが支える中国の研究開発力」は、世界有数の科学雑誌である「Science」および「Nature」掲載論文の国際共著の分析を通じて、中国本土の研究者と在米を含む海外の中国系姓研究者とのつながりを示している。そこでは、中国国外の研究機関に所属する中国系姓の第一著者が、中国本土の研究機関との国際共著を通じて強固なネットワークを形成していることが明らかにされている。
図1 中国系姓第一著者論文中、中国本土の研究機関との共著の割合(%)
(引用コラムより著者作成)
図1に示すとおり、中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者と中国本土の研究者との国際共著の比率は、2010年代に入り着実に上昇し、近年では20%以上を占めている。主要国においても約25%に達しており、海外在住の中国系姓第一著者が中国本土の研究者と継続的に研究協力を行っている状況が確認できる。
一方、在米の中国系姓研究者でみると、この比率は2022年以降低下傾向にある。英国やドイツが25~30%の水準を維持しているのとは対照的に、在米の中国系姓研究者が中国本土の研究者との共著を控えている可能性が示唆される。今後の動向を注視する必要がある。
在米中国人研究者による中国本土の若手研究者の育成
中国本土と在外の中国人研究者のつながりの具体像を個別に描くことは難しいが、滞米履歴40年に及ぶ教育・研究活動に従事した後に清華大学教授に就任した高華建(Gao Huajian)氏の事例は示唆的である。
同氏の帰国は米国にとって「逆頭脳流出(reverse brain drain)」として捉えられる一方、すでに同氏の滞米中の活動自体が中国本土の若手研究者の育成に貢献しており、リアルタイムで連続的に中国に大きな利益をもたらしている。すなわち、同氏は、滞米中、中国の高等教育・研究機関と強い関係を形成しており、実際、2000年頃以降20年以上にわたり、清華大学、中国科学院金属研究所、浙江大学、香港大学、西安交通大学等で客員ポストを歴任し、中国人博士課程学生35人、ポスドク研究員37人の指導に当たった。
このように、個々の研究者が形成するつながりは、中国本土の研究者の育成において重要な機能を担ってきた。今後、中国が「高度な自立自強」を目指す中で、こうした個々の研究者の間のつながりをどのように維持・構築していくのか、注視していく必要がある。
帰国者の実態-その動向と姿
(1) 帰国者数の動向
以下に帰国した中国人留学生数と米国から帰国した中国系研究者数を示す。
2025年の報道によると、2024年に帰国した留学生は前年比19.1%増の49万5,000人に達した。また、1978年の改革開放以降、出国した留学生は743万人に上り、うち644万人が2024年までに帰国している。また、2023年に帰国した留学生の約63%が修士号取得者で、博士号取得者も2020年に比べて51%増の21,574人となった。他の情報も勘案すると、大学・大学院留学生の帰国が近年増加傾向にある。
帰国した研究者は大学・研究機関の責任者や企業の技術的リーダーとして重要な役割を担っており、国家重点実験室の責任者の7割超、博士課程指導教員の6割強が留学経験者とされる。ただし、研究力を左右する博士号取得者の帰国後の就職や活動の実態については、十分に把握されていない。
また、米国から出国する中国系研究者(Chinese-descent scientists)は、図2に示すとおり2010年以降増加しており、特に2018年のチャイナ・イニシアチブ以降、その傾向が強まった。
図2 米国から帰国した中国系研究者数の推移
(PNASの論文より引用)
(2)帰国者の姿
海外から帰国した中国人研究者の活動や置かれている環境について、いくつかの事例研究を踏まえて、以下に紹介したい。
① 帰国後も維持する海外とのつながり
帰国者による国際共著論文が中国全体の約27~29%(2017年)を占め、国内研究者の約2倍の国際共著論文の生産性を示す。また、米国からの帰国者の方が欧州連合(EU)からの帰国者よりも国際共著が活発である。
このように帰国者は、帰国後も国際共著を通じて海外とのつながりを維持している。
② 論文生産性
中国における200以上の優秀人材採用計画(talent recruit programs)のうち、「若手千人才能計画(Young Thousand Talents Program)」による帰国者339人と、米国滞在継続者73人の比較では、帰国前の年間論文発表数と受領した研究費 が、滞在継続者は2.93本、30,365ドルと、帰国者の2.39本、4,439ドルを上回っていた(いずれも2010年)。さらに、帰国者は帰国後5年間で論文生産性が低下する傾向が確認されている。
このように米国に継続して滞在する中国人研究者が活動的である姿が描かれている。
③ 教員採用
中国の大学が公表している約9万件の教員(faculty)経歴情報に基づく分析によれば、985の名門大学および211の一流大学の教員採用において、海外博士号取得者が有利であり、特に名門大学出身者でその傾向が強い。この傾向は近年さらに強まっている。ただし、この分析は2015~2022年に収集された情報を使用しているため、最新情報に基づいた状況の確認が必要である。
④ 研究環境
帰国者は研究費獲得、人間関係、制度運用など様々な課題に直面する。特に「関係(guanxi)」を重んじる職場環境への適応は大きな障壁となっている。また、国内大学での博士号取得者との競争、研究費獲得に必要な有力研究者との関係の形成、第一著者偏重への違和感なども、再度海外で活動する道を選択する要因となる場合もあるようだ。
⑤ 社会的評価
帰国者への社会的評価は必ずしも一様ではない。政府は帰国者の重要性を強調しているが、国内の雇用環境が悪化する中で帰国者に対する評価が厳しくなっている。特に、中国文化を理解する国内トップ大学の博士号取得者の採用を優先する企業も少なくなく、帰国者の雇用環境の悪化も懸念されている。
中国政府の見解によれば、中国で研究を行う帰国者が増えており、中国の発展に貢献しているということになる。この見解の真偽を明らかにし、中国の研究人材の育成に対する米国の影響を理解するためには、中国が発表する統計データだけではなく、米中の研究エコシステムをつなぐ人材パイプライン(talent pipeline)に関する要因(例えば、米国でSTEM系博士号を取得して帰国する者の数や実態など)を、量的・質的の双方から継続的に把握することが不可欠である。
参考資料
- JST北京事務所, 北京便り「海外ネットワークが支える中国の研究開発力」, Science Portal China, 2025年12月03日.
- 「China sees jump in number of students returning from overseas in 2024」, Chinadaily.com.cn, Updated: 2025-12-11.
- Yu Xie, Xihong Lin, Ju Li, and Junming Huang,「Caught in the crossfire: Fears of Chinese-American scientists」 June 27, 2023, PNAS.
- 「Meet some of the Chinese AI scientists dominating the field’s global top 100」, South China Morning Post, 7 Jul 2025.
- Dongbo Shi,Weichen Liu, and Yanbo Wang, 「Has China’s Young Thousand Talents program been successful in recruiting and nurturing top-caliber scientists?」, Science 379, p.62-65, 5 Jan 2023.
- Songyue Lin, Jin Liu, and Wenjing Lyu,「Who is more popular in the faculty recruitment of Chinese elite universities: overseas returnees or domestic graduates?」, Humanities and Social Sciences Communications 11, 26 October 2024.
- Kensei Kitajima, Keisuke Okamura, 「The altering landscape of US-China science collaboration: from convergence to divergence」, Humanities and Social Sciences Communications volume 12, 2025.
- William Hannas, Huey-Meei Chang, and Daniel Chou, 「Gao Huajian and the China Talent Returnee Question, A Contrarian View on the Impact of Returning Chinese Scientists」, Center for Security and Emerging Technology, May 2024.
- Cong Cao, Jeroen Baas, Caroline S Wagner, Koen Jonkers, 「Returning scientists and the emergence of China’s science system」, Science and Public Policy 47, p.172-183, April 2020.
- Hanwei Li, Xin Xing, and Bing Zuo, 「Returnee Scholars’ Academic Reintegration into Chinese Regional Universities: the Role of Transnational Capital」, Journal of the Knowledge Economy 15, p.15304-15327, 2024.
- 「Returnee talent should be welcomed, not scorned」, Chinadaily.com.cn, 2025-07-07.
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