「技術と人材の共有で日印発展へ」日本で就業したインド人エンジニア達は何を見たか アンケート➃

2022年06月09日

小林クリシュナピライ憲枝

小林クリシュナピライ憲枝(こばやし・くりしゅなぴらい・のりえ):
長岡技術科学大学 IITM-NUT
オフィス コーディネーター

<略歴>

明治大学文学部卒。日本では特許・法律事務所等に勤務した。英国に1年間留学、British Studiesと日本語教育を学ぶ。結婚を機にシンガポールを経てインドに在住。現在はインド工科大学マドラス校(以下IITマドラス校)の職員住宅に居住している。長岡技術科学大学のインド連携コーディネーターを務めるとともに、IITマドラス校の日本語教育に携わる。

参考:「日本の企業社会と労働文化への提言」 日本で就業したインド人エンジニア達は何を見たか アンケート➂

世界のIT業界を牽引するインドの若きエンジニアたち。日本語学習経験や、日本での留学経験、インターンシップ経験を経て、日本企業に就職したり、母国に戻って日印の懸け橋として働いたりしているインド人エンジニア達に実施したアンケートの後編を紹介する。アンケート回答者は12人で、インドトップのインド工科大学(IIT)卒を中心とし、全員工学系。

IITM-長岡技科大主催の2国間シンポジウム。日印両国の交流はさまざまな形で展開されている (写真提供:筆者)

6.日印両国の協力による相乗効果と、それぞれの国の将来への期待:

インド人エンジニアがアンケートに回答した中で、日印両国の協力の相乗効果と、両国の将来への期待は以下の通り。

  • 日本の生産年齢人口は減少している。一方でインドは質の高い人材が豊富である。インドからは、日本で献身的に働ける人材を提供できる。そして日本は、インドが先進国になるために、技術とアイディアで援助できる。
  • 日本社会は、外国人人材を受け入れてオープンになってもらいたい。一方で、インド人は、日本から、規律と組織力を学んでほしい。
  • 日本側は、インド側の製品の品質向上のために、インドの供給業者をもっと信頼し、ノウハウや技術を提供してほしい。インド側は、外国との協働の強化のため、外国投資のための好適な環境を作るシステムの改善が必要。
  • インドは今後、仕事、投資、技術開発等でより多くの機会に恵まれるであろう。日本は既に複数のセクターをリードしており、また、日本の持続可能な開発目標に対する努力と、環境問題への真摯な取り組みは、他国にインスピレーションを与えられる。
  • ベンチャー事業を始めるために、インドには投資の機会があり、日本は、世界をリードする技術と経済力がある。印日間の友好関係が、これらを後押しする。
  • 日本人の「細部への配慮」と、インド人の「革新的な思考」は、強力な組み合わせとなり、卓越した製品の製造・構築をもたらすだろう。両国間で、技術と人材の共有がなされることを支持する。
  • 日本側がインド人材を雇用する際に、技術力等の専門能力ではなく、日本語力で採用した場合、短期的な労働力不足の解消になったとしても、技能が伴わなければ、長期的な日本の成長に役立つことは見込めない。アメリカは、高所得を提供することで、インド、中国、日本などから最優秀の才能を呼び寄せてきた。これらの人材が製品とサービスを開発、創成することでアメリカの経済を繁栄させた。日本も、より厳格な採用をし、IIT(インド工科大学)各校やインド経営大学院(IIM)の卒業生、または同等に優秀な人材を雇用するべきだ。彼らのスキルは日本の成長に貢献するのだから。
  • 日本の企業がインドの成長のために多額の投資をする。日本にもインドのIIT卒やIIM卒など、専門性のある人材が来始めている。こうしたことは、共に好ましく、協働により、共に成長できるだろう。
  • インド人が日本の言語と文化を学ぶ機会がより増えれば、より多くのインド人が日本で働くだろう。一方、日本は、英語教育を改善し、読み書きよりも会話ができるようにすべきだ。
  • より多くのインド人が日本に留学すれば、さまざまな協力関係が築かれるだろう。そのために、日本語が多用されている日本の大学で、英語の使用にもっと積極的になるべき。教育にフォーカスし、特に大学院レベルでの学生の交換が重要。

キャンパス内至る所に見られるバニヤンツリ―=インド工科大学マドラス校(IITM) (写真提供:筆者)

7.座右の銘、好きな言葉があれば教えてください:

彼らは座右の銘、好きな言葉を次のように挙げた。

  • Prepare for the future (将来に備えよ)
  • Go beyond, PLUS ULTRA!!!! (越えろ、しかも遙かかなたまで)
  • Pressure is a privilege (プレッシャーは特権)
  • Persistence is the key (継続は力なり)
  • Kaizen is the life motto, and not just for companies (カイゼンは会社のためだけでなく人生のモットー)
  • Arise Awake and stop not till the goal is reached-Swami Vivekananda (立ち上がれ、目覚めよ、目標に到達するまで立ち止まるな ー スワミ・ヴィヴェーカーナンダ)
  • Sanskrit quote "सिद्धिर्भवति कर्मजा" which is read as "Siddhirbhavati Karmaja". (筆者注:行動からのみ成功はやってくる。Siddhirは「成功」、bhavatiは「~から生まれる」、Karmajaは「行動」または「努力」、をそれぞれ意味する)
  • 七転び八起き(日本語で回答)
  • 楽しむことじゃないですかね。チャレンジがいっぱい出てくると思いますが、逃げずにそのきついことすら 楽しめる、楽しみかたを自分の中で生み出して欲しいですね(日本語で回答)

8.以上のアンケート結果から筆者の考察:

以上、日本で働き日印両国の違いを経験した彼らの立場から、日印それぞれの長所や改善点、両国の協力への期待等、現状に即し説得力のある回答を紹介した。

これらの回答のほとんどは、筆者自身が日本での就業経験を経てインドに在住し働いてきた中で、常日頃感じてきた印象とほぼ一致している。私の考察を付け加えたい。

<インドについて>

  • インドは概して、情報通信業、ソフトウエアに強く、語学や数学に優れた人材が多く、ゼロからの創造、現状打開へのハングリー精神があり、また、インド由来の世界的影響力を持つ思想も社会の基盤に根付いている。
  • 少ない予算やリソースでも、そこから工夫して必要物を生み出す、倹約工学などとも呼ばれる「ジュガール/ジュガード」[1]の精神から、製品の「コストパフォーマンス」の競争に強い。また、同等の品質のものをインドから低価格で提供することで需要の拡大を図ることは、国を挙げて進められているように見受けられる。インドが後発医薬品大国であることも一例と言えるだろう。
  • 目的達成のために障害となるものは積極的に取り除き、本来の目的を達成するために最短の道を進もうとする。こうした態度は、事業などの着手や達成の「スピード」において、大いに効果的だ。
  • 言語のパワーを理解、実践し、世界で活躍できる人材が豊富である。
  • Brain Drain(頭脳流出)の問題は確かにあるが、インドの優秀な人材がインド国内に留まっていたとして、国外で達成したと同じ成果を上げられたかというと必ずしもそうではないだろう。国外に出て世界で培った経験を元に、インドに戻り政府のアドバイザーになったり、起業で成功したりするケースが多々ある。または、インドに大きな投資をしたり、教職について人材を育成したりすることも数多くあるので、一概に才能の流出だけではない。国外で飛躍した才能のインドへのリターンは、インドの各分野、技術、経済、学術の成長に大きく貢献している。

<日本について>

  • 日本は概して、製造業やハードウエアに強い。事前に十分準備された緻密な事業計画、時間とプロセスの管理、品質保証などの総合的な生産システムと蓄積された経験に基づいて、原材料を最高品質の製品に昇華させる職人技の強固な基盤と、組織力、細部にわたる配慮を持っている。
  • その基礎となる実践的な教育と訓練が高専や技術科学大学等、様々な組織で行われている。インドも徐々に変わってきてはいるが、学校から大学にかけて、まだまだ理論中心の学習が多く、実技で日本から学ぶことが多いはずだ。
  • 日本の義務教育における技術・家庭・体育・美術・音楽等の体験学習は、運動技能の発達、手と体から脳への、生活の基本的なニーズ、多様な文化、技能のインプットを支援する。この段階でこれらの実践的技能を広く学ぶことは、多角的視点から科学、工学、スポーツ、芸術への理解、探求心、基礎を育み、各方面で活躍できる人材を輩出している。座学と経験学習のバランスがよい全体観的教育は、日本の教育の長所だと考えている。一部の教育プラットフォームがデジタル形式に移行したとしても、知識や理論のデジタル学習による効率化は、それとは対極的なオフラインでの実技、プロジェクトや研究をより充実させる機会にもなるだろう。
  • 昨今のデジタルトランスフォーメーション(DX)の急速な変化の中で、学校・大学の「机上」にあった学習内容の多くが、個人的にインターネットから学習できるようになっている。インターネット上の英語による情報量は圧倒的で、世界で共有されている。この点から、日本の強みも幅広くかついち早く世界に英語でアピールする必要性を感じる。シンガポールやインドのような、英語を公用語や準公用語として使用する多言語国家は、この点で躍進が早かった。世界の情報が同時、瞬時に飛び交う現在、インドの若者が大好きな日本のアニメにとどまらず、学術・技術を含むより多くの日本のコンテンツを同時他言語で発信し、インドの人々、世界の人々により多く日本に触れていただきたい。また、我々自身が媒介語としての英語の使用により慣れていく必要もある。

<日本とインドについて>

日本とインドは、両国の友好関係をベースとし、今後一層の協力強化により、産業と経済のみならず、教育、学術、思想や思考方法においても、お互いに学び合い、相乗的に発展できる。

本年は特に、日印国交樹立70周年でもあり、様々な分野で記念事業も多く、この効果にも期待したい。

両国の交流を通じて、世界でのサバイバルに長け、数多くの多国籍企業の頂点にも立つインド人のバイタリティと世界観を学びたい。また、日々世界の舞台で重要性を増してきている新興大国インドを通して、外から日本を客観することで、自身の日本への理解と視野も広がるだろう。

究極的には、日印の相乗的な繁栄だけでなく、両国の協力関係から、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の総意である、「持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現」の理想の達成を願っている。そしてその根底には自然法と、普遍性への探求が常に存在していると解釈している。

=このシリーズ終わり

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