第4次産業革命時代における韓国の科学技術―⑤第4次産業革命時代を勝ち抜くための戦略~中小企業支援編~

2023年02月09日 JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー 松田侑奈

ここ5~6年の韓国の科学技術戦略を論じる際に、外せないのは中小企業への支援策である。文在寅政権(当時)は2017年7月政府組織法を改正し、中小ベンチャー企業庁を中小ベンチャー企業部に格上げし 1、科学技術情報通信部や産業通商資源部がそれぞれ運営してきたスマート工場に関する事業等を、すべて中小ベンチャー企業部に移管した。中小企業がなぜ大事なのか。韓国では"9981"で中小企業の実情を表しているが、それは企業の「99%」が中小企業で、雇用の「81%」を中小企業が担っていることを意味する。中小企業なしでは、韓国社会が成り立たないと言っても過言ではない。

(1)中小企業へのR&D支援を強化

2017年に中小企業へのR&D支援額は3兆1,686億ウォンとなり、前年度の2兆8,973億ウォンを上回った。その後も毎年中小企業へのR&D支援額は、3兆ウォン以上のレベルをキープし、2021年には4兆9,721億ウォンと、5兆ウォンに近い規模まで増額した。政府の発表によると、中小企業の成長を促すため展開されたファンディングプロジェクトは、2017年から2020年まで計3万4,781件と年平均8,695件となっている。中小企業の技術開発支援に使われた資金は4兆7,718億ウォンで年平均1兆1,930億ウォンである。また、スマート工場がこの3年間に19,799箇所も新設され、中小企業の生産性向上と不良品減少に大きく貢献した 2

また、中小企業の研究開発を支援するため、政府は破格的な税金優遇措置 3を設けた。まず、税金優遇対象になるには、会社内に研究だけを行う付設研究所の設置が必要であるが、付設研究所を有する企業の場合、様々な税金上の優遇措置を受けることができる。ここでは、一部に絞って紹介する。

  • ・ 研究開発を目的とする輸入品の関税80%に相当する金額が支援される。
  • ・ 研究開発を目的とする設備投資は、10%の法人税または総合所得税の控除が受けられる。
  • ・ 付設研究所設置のため、購入した不動産については地方税を免除する。
  • ・ 中小企業の場合、研究開発費は25%の税金控除が受けられる。有望技術(新しい成長動力になりうる技術)や革新技術に関わる研究開発費は最大40%、国家戦略技術は最大50%まで控除が可能である。
  • ・ 雇用支援事業の目的で採用した職員の人件費は50%の支援を受けられる(1年間のみ)。さらに、その職員が研究人材である場合、支出金額中から人件費支援額を引いた金額の25%に対しても税金控除が受けられる。
  • ・ 税金控除や減免を受ける企業は、企業に設定される最低限度の税金と、減免された20%に相当する金額を農漁村特別税として納付する必要があるが、研究開発に注力している企業はこれらも免除される。

(2)ベンチャー企業への支援

更に、ベンチャー企業については、ファンド・オブ・ファンズが積極的活用されている。韓国では、ファンド・オブ・ファンズを母胎ファンド(子ファンドに投資する母ファンド)という。母胎ファンドは韓国政府が直接ベンチャー企業に投資せず、予めファンドを作っといて、ベンチャーキャピタルに出資する方法でベンチャー企業に対し支援を行う方法である。すなわち、政府が一定の資金を用意し、残りの部分を民間の投資に頼る、ファンドに投資するファンドである。政府は、2017年から5年間で母胎ファンドに4兆8,000億ウォンを出資した。母胎ファンドが2005年に設定されてから2017年6月までの累計出捐金は2兆6,000億ウォンであるが、文政権が7月に公開した2017年の投資額は8,000億ウォンと、前年比9倍も増加した。これによって、新規設定されたベンチャーファンドとベンチャー投資額は歴代最高を更新した。

母胎ファンドの主な支援対象 4を見てみよう。1つ目は若手企業である。母胎ファンドには、若手創業ファンド(2021年より)が含まれるが、企業の代表者が39歳以下か、39歳以下の職員が全体職員の50%以上を占める創業7年以内の企業が対象となる。若手創業ファンドは、1,025億ウォン規模で展開されているがそのうち母胎ファンドによる出資額は600億ウォンである。2つ目は、成長段階に投資してイノベーション企業をユニコーン企業に育成するスケールアップファンドである。母胎ファンドはスケールアップファンドに2,950億ウォンを出資している。

ベンチャー企業の成長や創業促進のため、政府は、ベンチャー投資促進に関する法律(2020年8月)を制定するほか、2021年から公共機関が業務に必要な製品や物品を購入する際に、購入総額の8%に相当するものは、必ず新しく創業した企業から購入するよう義務化した。そして、製造業の創業を促すため、工場設立時に賦与される負担金(地下水利用負担金、交通負担金など)16種目を免除した。また、失敗時の負担軽減に向け、2022年までに企業代表者の連帯保証制度を全面廃止するとした。これは2018年から取り組んできた制度改革であるが、経歴に関係なく法人企業の代表者が道徳性・責任制評価(責任経営審査)に合格すれば、融資額における連帯責任を排除でき、一時的な経営悪化や廃業の場合も連帯保証による活用制限はなく、再チャレンジ・再創業ができるようになった。

(3)ユニコーン企業 5への支援

なお、ユニコーン企業の育成に向けては、2020年よりK―ユニコーンプロジェクトが始まっている。ユニコーン企業というのは、ベンチャー投資を受けている企業価値が1兆ウォン以上と評価される非上場企業である。ユニコーン企業への支援は2段階に分け展開されているが、第1段階は、有望スタートアップ(ベビーユニコーン企業)を発掘して予備ユニコーン企業に育成し、第2段階では、予備ユニコーン企業が国内外から評価され投資を受けられるように支援している。

ベビーユニコーン企業については、40社前後を選定し、市場開拓費用3億ウォンを含め最大159億ウォンの支援を行っている。その以外に特別保証(最大50億ウォン)、政策資金(最大100億ウォン)、中小ベンチャー企業部R&D事業参加時には優待なども提供している。恩恵を受けられるのは、創業7年以内の企業または累次投資実績20億ウォン以上100億ウォン未満の企業である。審査は、3段階に分け行われるが、1段階では技術・事業性評価、2段階では、専門家による事業計画書の検討、3段階は公開審査になるが、専門家と一般市民で構成されたチームの前でプレゼンテーションを行うことになる。ベビーユニコーン企業に選定された企業は、上記の支援以外にもハイパス融資といって最低限の要件さえクリアすれば100億ウォンまで速やかに融資が受けられる制度が利用できる。

そして、予備ユニコーン企業は、15社前後を選定して支援するが、企業価値1,000億ウォンまたは市場検証 6・成長性 7・イノベーション性 8を充足している企業が対象となる。審査の過程はベビーユニコーン企業とほぼ同様であるが、書面評価(申請資格の有無確認)が追加される。選定された企業は最大100億ウォンの特別保証が受けられる。特別保証とはユニコーンに成長する可能性がある企業を対象として、最大100億ウォンのスケールアップ資金を支援することを指す。

上述したような前例のない中小企業への分厚い支援により、韓国ではベンチャーブームが起こり、中小企業の躍進に期待が高まる。大企業に頼る韓国の社会構造はこれから変化を迎えられるのか。引き続きフォローしていきたい。

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