【現地専門家インタビュー】韓国大学の創業人材育成⑥~バッテリー分野で世界上位1%研究者に選定

2024年2月2日 松田 侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

アジア・太平洋総合研究センターではこのほど、韓国の科学技術特化大学や理工系名門大学、ファンディングエイジェンシーである韓国研究財団(NRF)を訪問し、インタビューを行った。今回は、漢陽大学エネルギー工学科の宣良國(ソン・ヤンクク)教授のインタビューを紹介する。

インタビューに訪れた際、韓国研究財団のビルの玄関には、「2023年の世界上位1%研究者に宣良國教授が選定された」との横断幕が掲げられていた=写真㊦。

宣良國教授は、バッテリー研究の第一人者で、710本の論文を書き、360の特許出願を行った。第一線で活躍している研究者として、韓国のバッテリー研究や人材育成についてどのように思っているのか、その感想を聞かせてもらった。

宣良國教授

宣良國教授へのインタビューは下記の通り。

Q1:バッテリー関連では、最も成果が多いと知られているが、最近はどのような研究を行っているのか?

宣教授:二次電池の正極材研究をしている。ご存知の通り、電気自動車(EV)用の二次電池の市場は非常に大きい。EVだと、走行距離が大事で、そのためにはバッテリーエネルギーの密度を上げる必要がある。走行距離が長くなると正極材を入れ替える必要がある。私は正極材の構造を変えることで走行距離を40%程度伸ばすことに成功した。この技術はLG化学に移転した。

Q2:EVが注目を浴びるかなり前から関連研究を行ってきたが、なぜEVに注目したのか?

宣教授:先見の明があったというよりは、時代のニーズと自分がやっていた研究がたまたま一致したので、運が良かったと思う。韓国において、以前バッテリーは中小企業所管で、大企業は研究開発に関われなかったが、1995年からそのような規制がなくなり、大企業も本格的にバッテリー業界に参入してきた。当時、私はNCMという素材の研究をやっていたが、それが、大企業が求めているバッテリー研究に大きく役に立った。

Q3:韓国の産業競争力、研究力をどう評価するのか?

宣教授:産業競争力向上にはクリエイティブな人々の力が必要である。クリエイティブな人は、思考の自由、考える力を持つ人を育てようとする教育制度の産物だと思う。残念なことに、今の韓国の教育制度、入試制度はそこができていない。もっと、やる気満々である若手たちが必要である。

Q4:韓国ではやりの契約学科についてどう思うか?

宣教授:賛否両論があることはよく知っている。人材育成において、何を大事にするかも意見が分かれるが、私は「就職保障」は大事だと思っている。だから、端的に言えばいい制度だと思う。

Q5:漢陽大学のバッテリー関連学科も契約学科を運営しているのか?

宣教授:同じく就職を保障する学科ではあるが、契約学科ではない。バッテリー工学科(大学院)といって、会社と連携して奨学金制度を作った。契約学科と違うところだとすると、特定の企業と契約を結んでいるわけではないので、学生の選択の幅も広い。

バッテリー工学科を作った理由としては、ワールドクラスのエネルギー人材を育成したいという目標と、会社からのニーズが高いから学生達が活躍できる場所が多いと思ったからである。

我々は、会社で必要とする教育を事前に行うので、会社は新人教育にかける時間をだいぶ節約できる。今のところバッテリー工学科の就職率は100%である。

Q6:日本や中国等、アジアの主要国家の研究力についてどう思うのか?

宣教授:中国や日本の大学で、講演を行ったことがある。日本の学生は静かだった。講演も静かに聞いているし、質問する人もいない。中国は真逆。学生の目がキラキラしていて、勢いを感じた。質問も「ちょっと失礼じゃないか」と思うぐらい、踏み込んだ質問が多かった。学生って、それが大事だと思う。聞きたいこと、知りたいことを遠慮せず聞く姿勢、学ぶ姿勢。韓国はその真ん中ぐらいだと思えばいい。

面白いことに、実際の研究開発も似ている印象を受ける。日本は技術力がいいけど、慎重すぎるから、技術の常用化というか市場に出るまで時間がかかりすぎる。中国は技術を開発しながら、同時に市場でテストしているから、スピードと成長はすごいが、安全性の面で落ち度がある。安全性の確保、市場先占、いずれも大事だけど、バランスが難しい。今のバッテリー研究で日中韓を比較すると、中国が1位だと思う。投資金額、支援規模自体がまず桁違いであるし、使用している設備や人材規模等も日韓と比較できないレベルだと思う。

Q7:さまざまな電池がある中で、今後発展可能性が最も高いのは、どれだと思うのか?

宣教授:ナトリウムイオン二次電池の可能性が高く、常用化の可能性もあると思う。ナトリウムイオン二次電池研究は今、中国が1番である。韓国には研究する人が多くない。それから、リチウム電池も可能性はあるが、こちらも研究者が少ない。全固体電池は夢の電池なので、常用化には時間が多くかかると予測する。

Q8:先生がもっている技術で創業する思いはなかったのか?

宣教授:創業した。後悔しているけど。バッテリーソリューションという正極材企業を立ち上げたが、力の限界を感じる。私は本業があるから、会社にかけられる時間に限りがある。最初は、技術に自信があったから、何とかなると思ったが、経営は考えないといけない部分は多いうえに、人材の確保も難しいので、継続がものすごく難しい。

Q9:学生の創業について、先生は支持派なのか、反対派なのか?

宣教授:別に創業自体が悪いとは思っていないが、バッテリーは量産までものすごく投資が必要である。IT、バイオ等だと私も積極的に創業しろと自分の学生に言うと思うが、バッテリーは分野が分野であるだけに、その難しさを知っているから反対している。

Q10:バッテリー分野ははやり研究者希望者が少ないのか?

宣教授:そうである。多くは修士が終わった段階で企業に就職する。何より大企業に就職できるし、待遇も非常にいいので、当然就職希望者が多い。一部アカデミアの道を歩もうとする学生は博士課程に行くけど、それも選択肢としては悪くない。バッテリー分野はアカデミアでも支援が多いし、実際、皆さんの実績もいいから、今とても重宝されている。

Q11:バッテリー分野の国際共同研究の可能性は?

宣教授:極めて低いと思う。バッテリー分野は、世界中において、技術競争が激しい分野である。特に正極材は国家の核心技術なので、共同研究には国の許可が必要であるから、制約が多い。また貿易競争における安全保障の問題もあり、国際的なプロジェクトが立ちあがることはないと思う。

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