2022年3月23日
松島大輔(まつしま だいすけ):
金沢大学融合研究域 教授・博士(経営学)
<略歴>
1973年金沢市生まれ。東京大学卒、米ハーバード大学大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省後、インド駐在、タイ王国政府顧問を経て、長崎大学教授、タイ工業省顧問、大阪府参与等を歴任。2020年4月より現職。この間、グローバル経済戦略立案や各種国家プロジェクト立ち上げ、日系企業の海外展開を通じた「破壊的イノベーション」支援を数多く手掛け、世界に伍するアントレプレナーの育成プログラムを開発し、後進世代の育成を展開中。
参考:再創業支援型インターンシップと産学融合のすゝめ⑤ ~産学融合研究会が目指す百万石ベンチャー~
日本の大学に籍を置くものとして、なぜ日本では、米国のIT大企業であるGAFAM(Google, Amazon, Facebook, Apple, Microsoft)や中国の新興IT企業であるBATH(Baidu, Alibaba, Tencent, Huawei)などといったユニコーン企業やギガコーン企業といった世界を変えるようなインパクトを持つ企業が生まれないのか、という問題に非常に高い関心を持っている。この問いをさらに細分化すると次の三つの問いに答えることになるのではないかと考える。
すなわち、
―というアポリア(難問)である。
これまでこの連載で説明してきた通り、スタートアップスを考えるうえで、アジア各国がスタートアップスを支援している地域、インド・ベンガルールやタイ東部臨海地帯(Eastern Economic Corridor:EEC)などと比較すると分かりやすいかもしれない。これらの地域は日本とは異なり、ものづくりの基盤が存在しないことをある意味「強み」としている。既存の産業基盤の桎梏、「しがらみ」がないなかで新規事業が生まれるというわけである。これに対して、日本はこれまで説明してきた通り、それぞれの地方ごとにものづくりの基盤、産業クラスタが存在すること。これらを十二分に活用し、リスタートアップス(再創業)させることによって、「両利きの経営」を実現すれば、破壊的イノベーションを興す可能性を胚胎(はいたい)しているのではないか。1980年代のジャパン・アズ・ナンバーワンの栄光をどのように再生するか、その方法論こそがリスタートアップスの発想であり、再創業支援型インターンシップの背景なのである。
大学の強みを利用するためには、逆説的に、従来の専門性に根差したアプローチ、「モードI」では不可能である。専門性こそが足かせとなり、その専門度や専門領域でのパフォーマンスや「権威」が高ければ高いほど、むしろ破壊的イノべーションの萌芽を積んでしまうことになる。つまり、専門性のジレンマを超克する産学融合による「モードII」としての大学が必要となる。課題から遡行(そこう)した解決プロセスを通じた産学融合である。そこでは、世の中にどのような課題やニーズが存在するのか、課題発見のための「営業」が大事になってくるだろう。AI(人工知能)が台頭し、シンギュラリティ(AIが人間の知能を超える)が叫ばれている現在、「営業」による新たな課題設定こそが、人間に残された最後の知能の牙城かもしれない。
最後に残る問題は、なぜ日本人はシステム・メーキング(system making/仕組み創り)ができないのか、という問いである。そもそもシステム・メーキングという言葉が聞きなれないかもしれない。日本では製品やサービスの売り切りがビジネスであるとされる場合が多い。今でこそ、DX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈で、データを扱うことでビジネスの幅を広げたり、プラットフォーム型ビジネスやサブスクリプションの販売方法など技術的なブレークスルーを前提に、いろいろな稼ぐ方法が案出されたりしている。
例えば2010年前後から日本政府で展開されてきた施策に「インフラ輸出」というアプローチがあったが、その副題はまさに「システムで稼ぐ」であった。このように仕組みでどのように稼ぐか、その方法について各国がしのぎを削っている様を理解する必要がある。このシステム・メーキングの典型的な事例が、インドの「インディア・スタック(India Stack)」である。ご存じの通り、インドは世界最大規模の生体認証システム「Aadhaar(アドハー)」を導入している。この個人認証を基盤として、様々なサービスを実装させることによって、デジタルなシステム構築を進めようとしている。統一決済インターフェイス(UPI)はその好例である。こうした仕組みを通じて、各層ごとにDX時代の統治と市場システムを創造していく。
システム・メーキングとはこの意味で分かりにくい術語かもしれない。システム・メーカーという、人物に着目すると分かりやすい。Appleのスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)やAmazonのジェフ・ベゾス(Jeffrey P. Bezos)などの立志伝中のシステム・メーカーを引くまでもなく、アングロサクソン系がシステム・メーキングに強いと思われる。インドを中心とした大英帝国、英連邦という壮大なシステムは、そのマスターピースといえるだろう。
日本、あるいは日本人もシステム・メーカーになるチャンスは大いにあるのではないか。例えば、ピーター・ドラッカーが説くように、明治維新というソーシャル・イノベーションを創造した明治の元勲たちは、その意味でシステム・メーカーとなるだろう。日本資本主義の父、近く新1万円札に登場する渋沢栄一もその一人だろうし、ビジネスそのものの立ち上げではなく、その仕組み創りの才を強調すべきだろう。また日本最強のシステム・メーカーはやはり、250年間の平和、パクス・徳川を実現した徳川家康といえる。
再創業支援型インターンシップを展開する産学融合研究会では、日本におけるシステム・メーキングの可能性を追求し、これを産学が一緒になって学び、実践する共同体といってもよい。
筆者は日本政府の一員として15年近くグローバルなシステム・メーキングの現場で戦ってきたが、システム・メーキングの本質は、地元金沢で一大静脈産業を形成された会宝産業の近藤典彦会長から教えていただいた、「儲ける」から「儲かる」へという言葉に尽きる。通常、スタートアップスでは、自らがどう稼ぐか、すなわち「儲ける」に主眼を置く。しかしそれは世界を変えるような仕組みにはついぞなりえない。最終的には、全体で回る仕組みが構築し得ないと難しいだろう。同社は既に、自動車中古部品のオークションサイトを全世界の地元企業と連携して展開し、彼らに利益をもたらすことで、大きなネットワークを形成している。ちょうど、二宮尊徳の「たらい桶の水」の比喩が分かりやすいだろう。たらいの水を自らのほうにもってこようとすると水は両側から抜けていくが、水をたらいの壁に押し出すと、その勢いで水が自分のところに戻ってくる。これが要諦である(図1参照)。産学融合研究会では、このシステム・メーキングを自覚的に進めることで、グローバルな「新産業化」を進めていく。
図1
システム・メーキングを提唱するなかで、具体的な仕組み創りのステップはどのように考えていけばよいだろうか。特に再創業(リスタートアップス)や起業(スタートアップス)を実行に移すにあたっては、組織化と同時に、どのように仕組みを創っていくのか、が焦点となる。シュンペータのいう、イノベーターにとっての「自らの王国建設」こそが、ここでいうシステム構築であるといえ、その意味では徳川家康やディズレーリも語の厳密な意味において「王者」=システム・メーカーであるといえるだろう。
その際、大きく3つの方法がシステム構築に至る道であると考える(図2参照)。
図2
一つ目が領土を拡張し、事実上の標準(de facto)を創り上げ、然る後にルール・メーキングを行う方法、いわば「覇道」とでも形容すべきアプローチである。この対極が二つ目の先ずはルールを創り、ドメインを取っていく方法、法家や法律上の標準(de jure)としてのアプローチといえるだろう。そして最後の三つ目は、王道アプローチ、前二者のバランスの上に王国を建設するスタイルである。これらは単なる比喩以上の意味を持つ。ルールをどのように構築するか、またどのように支配領域(ドメイン)をとっていくのか、その両者を実現する意味で、「コンセンサス標準」などという言い方もされているが、非市場的な秩序のなかで、標準を設定し、市場的な秩序のなかでその標準を普及させていくという方法である。この王道型アプローチが奏功することによって、システム・メーキングがスマートに実現するだろう。これが産学融合において追求するシステム・メーキングの極意である。