インド交通渋滞改善プロジェクトにチャレンジ!(7)

2021年11月11日

坪井 務

坪井 務(つぼい・つとむ):
名古屋電機工業
新事業創発本部SATREPSプロジェクト
プロジェクトリーダー(博士)

<略歴>

1955年静岡県生まれ。79年日立製作所入社、重電モーター設計に従事し、87年半導体事業に異動、弱電技術最先端に専門を移す。97年日立アメリカに出向、米国のシリコンバレーの空気に触れる。2000年半導体事業部に帰任し、自動車分野での半導体開発を担当。03年ルネサステクノロジーに出向、10年日立製作所スマートシティ統括本部でスマートシティ事業従事。両親の介護の関係で12年浜松地域イノベーション推進機構に、14年名古屋電機工業に入社。

参考:インド交通渋滞改善プロジェクトにチャレンジ!(6)

私のインドコラムも今回含め残すところあと2回となった。今回は、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)にて研究した中でもとりわけ注目した件を現地の状況を踏まえた紹介を行う。

最初のコラムでも触れたことになるが、筆者がSATREPSを開始することになった2016年に実施した数回のインド出張では、インド市内での交通信号機および横断歩道の少なさに驚きを感じた。経済の発展に伴い自動車の台数が飛躍的に伸び、主要道路での占有を目立つようなってきた。インド工科大学ハイデラバード校に向かうタクシーの窓から、横断歩道が整備されていない関係から、地域住民はどうしても道路の反対側への移動は、往来する車両の切れ目を待って横断せざるを得ない状況を頻繁に目にすることを経験した。走行する車両では、道路を横断する歩行者には気が付いているものの、一向に走行速度は、どの車両も落とす気配はないのが一般的な状況で、それは現在もなお変わらない状態となっている。このため道路を横断しようとする歩行者は、かなり長い間待たされるか、あるいは走行車両の間隔が少し余裕ありそうな状態を見計らって覚悟を決めて一気に横断することをするかの二者選択に迫られることになる。また、横断歩道がたとえあったとしても状況は変わらず、歩行者が横断歩道の前で車両が止まってもらえるようたたずんでいても、やはり走行車両は止まるどころか速度を落とすことさえあまり見受けられない。現地の信号機に関心をもって見ている筆者にとって、SATREPSが開始される前に現地調査の一環として訪れたビジャヤワダというハイデラバードから南東に位置する都市に訪問した際、現地の信号機メーカーがその地域に導入した信号機の現場が印象的であった。

ここで少し解説が必要なのは、アーンドラ・プラデーシュ州は、2014年に新しく設立された州であり、それまでは、SATREPSで共同研究を進めるインド工科大学ハイデラバード校が存在するハイデラバードが州都であった地域でもある。現在のハイデラバードは、テランガーナ州の州都になっている。インドのダイナミズムの象徴といっても良い一例でもあると言える。

さて、話をアーンドラ・プラデーシュ州のビジャヤワダ訪問に戻すと、訪問した現地の信号機メーカーは、筆者が所属する名古屋電機工業にて開発・製造を手掛ける交通情報板に関しても手掛けている会社であった。この会社の信号機の写真を以下に掲載する。日本によくある信号機とは異なり、鳥が羽を広げたような端に灯器がついており、真ん中にはインドでは珍しくない停電時の非常用として小型太陽光パネルによるバックアップ電源を搭載している。地上の電線ケーブルの多さに関しては新興国ならではのよく見かける光景でもあり、特に驚きには至らないまでも混とんとした様子は感じ取られる。

ビジャヤワダ市内の信号機

また、別の個所にある信号機の全体の写真も参考として以下に掲載する。信号機の形状は同じであるものの、その下にある横断歩道に目をやると実に変わっていることにお気づきであろうか?すなわち、せっかく信号機が設置されている場所にある横断歩道ではあるものの、道路の中央に設置された中央分離帯によって、横断歩道が途中で遮られ、反対側にたどり着けない構造となっている。このため歩行者は道路の中央までたどり着けるものの、反対側にはさらに反対側の道路を横切る必要に迫られる状況となってしまうのである。そして反対側には横断歩道は存在していなかったことを記憶している。従って、この横断歩道は道路の半分までは横断できるが、反対側まではたどり着けず相変わらず、勇気をもって反対側の道路を横切ることになるのである。ITが盛んで数学にもたけていると信じられているインドにおける不思議な光景でもあった。恐らく制約された予算や、よく変更される道路計画も含めた様々な事情によるものと想像に難くないものの、もう少しインフラ整備に関してはしっかりして欲しいと思うのは筆者のみであろうか。

中央分離帯で横断歩道が途中で遮られているビジャヤワダ市内の別の信号機

少しインドの名誉回復として、政府研究機関の一部でもあるIT研究機関のC-DAC(Centre for Development of Advanced Computing)を紹介する。ここではインドの実用に適した安価な信号機設計を行っており、下図に示すように各灯器に対して無線制御を行うシステムをインド信号機の推奨システムとして企画・設計と、実際の都市への設置ライセンスを行っているものである。使用している無線は、Wi-Fiで用いられている2.4GHzまたは特定小電力無線の868MHzとなっており、いずれも電波免許不要の非ライセンスバンドを用いている。通信の信頼性で国内では決してお目に掛かれないシステム構成を政府お墨付きとして規格化している点は、ある意味尊敬にも値するといって良いのではないか。

C-DACの推奨する無線信号制御システム構成 (出典:C-DAC資料)

C-DACはインド国内12カ所に存在しており、こと信号機に関しては、南に位置するケララ州のトリバンドラムという都市にて研究・設計をおこなっている。筆者も後にこの研究所への訪問を行い、現地スタッフの丁寧な説明を受けた記憶が新しい。英国の植民地時代の建築とアートギャラリーも数多く存在しており、観光スポットにもなっている。

最後に紹介したいのは、SATREPSの研究の中で、交通事故の死亡者と車両台数と人口との関係をまとめた英国の研究者Smeedが提案した法則だ。この法則は1949年に世界で最初に交通事故死者数(D)が、その国の人口(p)と車両数(n)との関係で表されるという観測に基づく計算式が知られている。計算式は以下に示される。Smeedは20カ国における観測結果から、この方式がよくあてはまる例を示し、その後46カ国に拡大しその優位性を示したことで有名である。

SATREPSにおいて、国内の1984年から2014年までの実績から調査した結果、1970年まではある程度Smeedの法則に合っているものの、それ以降では実際の結果とはかけ離れた(下図)

日本の交通事故死者数とSmeed法則解析比較

ここに、今回話題にさせて頂いた信号機の設置数を交通事故死者数の削減に寄与する効果としてSmeedの拡張を組み入れた解析を提案し、米国のSociology Society Studyにて採用された。下記に漸化式の形で示した拡張Smeedの式。この漸化式により、拡張Smeedの式はよく実際の交通事故死亡者数は一致していることが分かる。詳細は専門学会発表論文によるものとし、ポイントはこの拡張Smeedの式を用いることで、今後のインドにおける予想が可能になる点となる。

提案した拡張Smeedの漸化式:

D:交通事故死亡者数、N:車両登録台数、P:実行、S:信号機設置増加数、γ:信号機による死亡者削減パラメータ、添え字tは時間(年)

日本の交通事故死者数と拡張Smeedの法則比較

拡張Smeedの式を用いて予測したインドの交通事故死亡者数の結果のみを下記に示した。ここで、重要なのは、日本にて交通事故削減として様々行った施策が拡張Smeedの式ではパラメータγにて表されているので、今後インドでどのような施策が行われれば交通時による死者数を減らすことが可能かということを示すことができる。結論はインドでは信号機の設置数は先進国と比較して圧倒的に少ないものの、今回の解析では単に信号機の設置を増やせば死者数をへらせるわけではなく、日本で実施した各種施策を行うことで初めて交通事故による死者数を減らせることができるということがポイントになる。

拡張Smeedの式によるインド交通事故死亡者数の予測

最後の解析紹介ではやや専門的な解説になってしまったが、インドの交通渋滞を削減し、かつ事故による死者数も減らせることができれば、本SATREPSの貢献ともいえるのではないか。次回の最終回でも、筆者がインドの交通解析を始めた契機とその内容を簡単にふれ、このインドコラムを締めくくることにしたい。