2025年3月6日 JSTアジア・太平洋総合研究センター
科学技術振興機構(JST)アジア・太平洋総合研究センターでは、調査報告書『インドのスタートアップ・エコシステムとディープテック・スタートアップ振興策』を公開しました。
以下よりダウンロードいただけますので、ご覧ください。
https://spap.jst.go.jp/investigation/report_2022.html#fy24_rr01
経済力活性化策の1つとして、機動力に優れるスタートアップ、高時価総額のユニコーン、画期的なイノベーションを志向するディープテック・スタートアップとそれらの創業と育成を支援するエコシステムの議論が活発である。経済成長が著しいインドにおけるスタートアップの成長や投資機会にも注目が集まっているが、ディープテック・スタートアップや大学インキュベーターを含むエコシステムに関する日本の調査報告は従来あまりなされていない。
そのため、インドのスタートアップ・エコシステムに係わる状況の理解を深め、今後の日本との科学技術協力や日本のエコシステム展開の基礎資料とすることを調査目的として、1)インド政府とその関係機関のスタートアップ育成・支援策、民間企業の支援や関与の状況、大学の支援策を明らかして、インドのスタートアップ・エコシステムの全体像を示すこととした。次に、2)未来の経済の牽引役として期待されるディープテック・スタートアップについて、インド政府の新たな育成・支援策等、調査で明らかとなった事項を提示し、さらに、3)インドのスタートアップ・エコシステム発展の課題や可能性を示すこととした。
インドは2023年時点で、スタートアップ総数とディープテック・スタートアップ数は世界第5位、ユニコーン総数とディープテック・ユニコーン数は世界第3位であり、インドの経済力や科学技術力に見合った起業活動が行われていると評価される。一方で、ディープテック・スタートアップ数がスタートアップ総数に占める割合は38%と上位10カ国で最も低く、研究成果の事業化や社会実装の進展が期待される。また、インドは国内市場の規模を活かし、ユニコーン数で欧州主要国を上回る一方、インドのユニコーン数がスタートアップ総数に占める割合は、ディープテックに限ると米国や中国よりも低く、改善の余地があると言える。
世界のディープテック投資では、人工知能(AI)・機械学習と医薬・バイオが主流であり、インドのベンチャーキャピタル(VC)・プライベート・エクイティ(PE)投資額は米国や中国に大きく劣るものの、投資家数の増加率は上回っている。インドのスタートアップは大都市に集中し、主要業種はITサービス、エドテック、アグリテックが多く、政府支援策により発展している。インド政府は、通常のスタートアップ、インド商工省産業国内取引促進局(DPIIT)認定スタートアップ、所得税免除スタートアップの3類型に分類して、それぞれに効果的な支援を行っている。所得税免除スタートアップは、マハラシュトラ州とカルナタカ州に集積しており、また、主要業種もITサービスとヘルスケア・生命科学が他業種よりも突出して多い。
インドのユニコーンは、eコマース、フィンテック、エンタープライズテックの3業種に集中している。インドのディープテック・ユニコーン数は、データによって、37または13と乖離しており、真値に近いものを得るには、さらなる精査が必要と思われる。また、ディープテック・スタートアップのディープテック・ユニコーンへの成長を促進する上での懸念としては、工学系高度人材が理学系高度人材と較べて層の薄いことが挙げられる。
インド理系トップ大学であり、スタートアップ創出においても、他大学のロールモデルとして先導することが期待されているインド理科大学院(IISc)には、大学産学連携組織の科学イノベーション開発財団(FSID)内のSTEM Cell、ナノサイエンスエンジニアリングセンター技術事業インキュベーター(InCeNSE)、製品設計製造センター医学技術老齢医療技術事業インキュベーター(CPDMed TBI)、の3つのインキュベーターがある。これらから創出されたスタートアップは、IIScの教員と博士号取得者が創業したものが多く、業種も、航空宇宙、半導体デバイス、AI、医療機器、アグリテック等、幅広い。今後は生命系等の有力なスタートアップのさらなる創出が期待される。
以上を踏まえて、インドのスタートアップ・エコシステム発展に向けた課題と可能性を考察した。課題として、インド工科大学(IIT)新設校のインキュベーター整備、透明性の高い政策による外資系VCの投資増、生産技術の蓄積等が求められ、今後、熟練技術者の大学起業支援、海外の知識・資金へのアクセス増、多国籍企業国内研究拠点との連携等の強化によってディープテック・ユニコーンの成長加速の可能性がある。
本調査報告書が、今後の日本とインドの科学技術交流推進や日本の科学技術イノベーション戦略策定に資することを期待する。