【現地専門家インタビュー】韓国の創業人材支援政策―韓国研究財団篇

2024年2月6日 松田 侑奈(JSTアジア太平洋総合研究センター フェロー)

※【現地専門家インタビュー】韓国の大学発創業、創業人材育成実態について明らかにするため現地調査を行い、専門家のインタビュー内容をベースに作成されたものである。

アジア・太平洋総合研究センターではこのほど、韓国の理工系名門大学やファンディングエイジェンシーである韓国研究財団(NRF)を訪れ、大学での創業人材育成についてインタビュー調査を行った。このシリーズの最後として、韓国研究財団篇を紹介する。

韓国研究財団は、科学技術情報通信部の傘下にあるファンディングエイジェンシーで、学術と研究開発に関わる活動及び人材育成を支援している。かつて分かれていた韓国科学財団と韓国学術振興財団が統合され、2009年に韓国研究財団が設立された。日本で言えば、科学技術振興機構(JST)と日本学術振興会(JSPS)が統合されたような機関に相当する。

2022年の予算は8兆3,870億ウォンで、研究開発に5兆1,155億ウォン、人材育成に2兆7,382億ウォン、研究振興と基盤構築に683億ウォン、国際協力に593億ウォンが使われていた。基礎研究から大規模プロジェクト、国際共同研究まで幅広い支援事業を展開している韓国研究財団は、大田市に本部を置き、ソウルに支部が置かれている。

韓国研究財団 大田本部

韓国研究財団 研究館

キム・ウヨンさん

今回は、産学連携室長のキム・ウヨンさんに創業人材支援について伺った。

Q1:韓国政府が学生の創業支援事業に注力していると聞いたが、背景を教えてほしい

キムさん:1つは、仕事の創出のためである。大学で優秀な研究成果が多く出ているから、それを仕事の創出につなげていきたいとの狙いがある。また、大学の実験室での創業は、技術力・イノベーション性を伴うものが多いので、まさに今の時代が必要とする新産業の発展にも貢献できる。最後は、タイミングだけど、今まで構築してきたインフラや支援体系が、ある程度定着してきたので、時期的にも成熟したと思う。

Q2:政府の支援事業のうち、代表的なものは ?

キムさん:科学技術情報通信部、教育部、中小ベンチャー企業部でそれぞれ事業を推進しているので、支援事業の数は多い。いくつか紹介すると、まず、「実験室特化型創業先導大学」事業がある。「大学発創業活性化方案」が2017年に制定され、翌年からこの事業が始まった。ちょうど2022年までが第一期で、2023年から第二期が始まった。

Q3:2018年から2022年までの運営した実績はどうなのか?

キムさん:優秀だと思う。技術力が基盤にある創業なので、一般創業に比べ生存率も雇用創出数も優れていた。5年間で25の大学で412の実験室創業に成功した。これで創出できた雇用は696人、出願した特許は564件に上る。

Q4:優秀事例を紹介してほしい

キムさん:BAE LABという会社は崇実大学の実験室から生まれたが、有効成分を伝達する皮膚吸収促進剤を開発した。成均館大学実験室から誕生したエヌビデインサイトという会社はオゾン溶解装置を開発した。高麗大学実験室ではディップエクスアルラップという会社を立ち上げ、AI基盤のメタバースXRコンテンツ製作技術を開発した。これらの事例以外も、毎年多くの成功事例が出ていて、支援の喜びを感じている。

Q5:第2期が2023年から始まったが、第一期に比べ大学では何を改善したのか

キムさん:大学教員が創業しやすいように、手続きを簡素化したり、創業を奨励する制度、例えば業績評価で創業の項目を入れる等の工夫をしたりと、教員創業のための雰囲気や環境が大きく変わった。高麗大学等では教員創業規定を全部改正するほど、大きな変化があった。

また、創業で単位や修士の学位論文を代替できる制度を導入するほか、学生による創業休学の期限を長くしている。KAISTでは創業による休学の場合、期間の制限をなくすなど、独自の配慮制度も設けている。

Q6:これからの課題だと感じる事項はあるのか?

キムさん:まず、教育面では、創業の前に、関連分野の市場動向、ライバル企業の分析等が必要であるが、そのようなカリキュラムが少ないと感じる。また、学生は、壁にぶつかったら諦めるケースも少なからず出ており、継続支援の価値があるのにやめるしかないもったいないケースも存在する。教員創業の場合、本業を持ちながら創業なので、創業への集中度が落ちる難点がある。

Q7:第二段階からは、複数の大学が連携して進めるパターンも新たに登場したと聞いたが、どのような経緯があったのか?

キムさん:第一段階の時は全部単独型だったが、大学の限りある資源、インフラで創業するので、成果の生み出しに限界を感じた。もし、複数の大学でインフラを共有し、力を合わせて技術開発に臨むとより優れた成果がでると思ったので、今回からは連携型も導入した。

Q8:連携型は具体的に何を共有するのか

キムさん:主管大学と参加大学があって、お互いMoUを締結する。これらの大学はお互い、まずインフラ、設備等を共有する。そして大学がそれぞれもっているネットワークも共有する。それから、他大学の創業支援カリキュラムも聞け、他大学で取った単位も認めている。大学別に優れた教育カリキュラムがあるので、学生は良い所取りができる。連携型の大学を選定する際は、なるべく同じエリアの大学を選定したので、学生達には十分配慮したと思う。

Q9:創業支援のカリキュラムにはどのような内容が入っているのか

キムさん:大学によって異なるが、起業家精神、創業関連法律、事業計画書の作成方法、創業事例の勉強等は共通的に入るものになる。おおよそ起業家精神が30時間、創業関連法律が13時間、事業計画書の作成講座が30時間、創業事例の勉強が30時間となる。

Q10:カリキュラムにおける工夫はあるのか?

キムさん:ずっと聞くだけだと疲れてしまうし、集中力も落ちるので、なるべく面白く、堅苦しくない内容で構成している。そして、クイズ形式を取り入れ、満点を取ってそのセクション修了となる。成功事例は人気が高いので、特に工夫しなくてもみなさん興味津々に聞いてくれる。

Q11:何をもって優秀な大学、あるいは成果が出た大学と評価するのか

キムさん:成功事例をどれほど多く出したかよりは、創業関連事業を成功に導くために、毎年どのような工夫を行ったのかを評価する。例えば、制度の改善、整備の改善、インフラ面での頑張り、教育内容の工夫等。

Q12:今のところはこの事業は順調だと思っていいのか

キムさん:幸い、順調に推移している。成功事例の数も増えており、大学も創業支援事業にノウハウができた気がする。この事業に加わる大学の数も年々増えているし、支援の規模も大きくなりつつある。2023年度の予算は143億ウォンである。

Q13:他に紹介できる事業はあるのか?

キムさん:似たような事業で創業中心大学事業と韓国型I-corps事業、フルネームで公共技術基盤市場連携創業探察支援事業があるが、これは、2023年から創業振興院の担当になったので、紹介は割愛する。研究開発特区振興財団が担当イノポリスキャンパス事業というのもある。規模は少し小さいが、内容的には大差ない。

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