2023年3月27日 JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 松田侑奈
科学技術のグローバル競争において、人材の確保と育成が勝負の鍵を握っていると言っても過言ではない。韓国は第4次産業革命の核心技術確保に関わる実務人材育成に力を入れる一方、大学生のイノベーション性やデジタル力量強化を図る事業も展開している。
中小企業は慢性的な人材不足に悩んでいる一方、高等教育機関卒業者の就職率は65%にとどまっており、企業と人材の間に雇用ミスマッチが発生しているともいえる。その解決策として、まず、展開したのは中小企業契約学科制度であるが、第4次産業革命時代における有望技術分野(未来自動車、半導体等)に限って、中小ベンチャー企業部が大学との協約を通じ、中小企業(産業)が必要とする学位プログラムを設置し、実務人材を育成している。
中小企業契約学科制度は、学生(勤務者)、中小企業、大学の3者にそれぞれメリットがある制度と言われている。まず勤務者は学位の取得、就職、勤務能力向上ができ、中小企業は優秀な人材を確保できるほか、企業生産性のアップも図れる。大学としては、産業現場のニーズに応えられる人材の育成とカリキュラムの開発・運営ができるほか、学期ごとに3,500万ウォンの政府支援金も受け取れる。
この制度には以下の3つのプログラムが含まれる。
この制度は、2010年に導入されたが、導入当初は「先就職―後進学」という方法で中小企業に在籍する職員の業務能力アップを目的に運営されたが、2018年から多様なプログラムに広がり、企業の人材確保と学生の就職難解決という一石二鳥の制度に生まれ変わった。2018年から毎年2,000人前後(2018年1,852人、2021年2,065人)の学生(勤務者)が支援を受けている。2021年基準、全国の48の大学で当該制度を実施している。
中小企業契約学科制度と並行して実施されている事業の一つが、中小企業の修士・博士採用促進制度である。当該事業は、政府が、就職先が決まっていない理工系の修士・博士人材に、企業勤務に必要な実務経験を積む機会を提供し、企業に就職ができるようサポートする事業である。
この事業の支援対象は、科学技術分野を専攻している卒業して5年未満の修士・博士卒の方(職歴なし)であり、最大9カ月給料を受け取りながら、企業研修を受けることが可能である。主な研修先は、政府出捐研究所と国公立研究所などであるが、企業支援プロジェクトなどの研究員として加わり、企業が抱えている課題を解決することで企業業務に携わる。2018年に始まったこの事業は、初年度は修士のみ 1が対象で、月額180万ウォンが給料として支給されたが、翌年から博士も対象となった。2021年の場合、修士は月250万ウォン、博士は月350万ウォンが支給されたが、250人(約9割は修士の募集)が事業の恩恵を受けた。当該事業に加わる研究機関も2018年は僅か6つしかなかったが、今は20の機関に増え、申請者は、MSITと韓国産業技術振興協会が共に運営しているScience&Engineering JOB (https://snejob.koita.or.kr/)から各機関の募集要項を確認し、オンライン申請を行うことができる。
修士・博士人材の募集に関わる研究機関には、政府により研究員人件費が支給されるが、修士は一人当たり2,480万ウォン、博士は3,470万ウォンが支給される 2。
当該事業に参加する修士・博士は、企業が実際に抱えている課題を解決するための研究を行うので、企業が必要としている研究開発人材として活躍できる。研修中には企業への派遣や出張も可能なので、企業の実際の勤務環境を体験することも可能である。MSITの事業報告によると当該事業に参加した修士・博士の就職率は91.4%(2021年)と好調を見せている。
大企業ではハイレベルの人材をいち早く確保するため、名門大学と独占契約を締結している。韓国では、採用条件型契約学科ともいう。これは大学の入学と同時に大企業の就職が決まるという破格的な制度で、契約を締結している学科の卒業生は、在学中に学費の支援や奨学金の支給を企業から受けることができるだけでなく、卒業後は当該企業での就職が保証される。同じく契約学科であるが、中小企業の契約学科とは目的が異なり、いわゆる超エリートと言われる優秀な人材を育成するのが目的である。募集は、半導体とモビリティ分野が圧倒的に多いが2023年から通信分野などでも募集が始まる予定である。韓国は2022年7月、「半導体関連人材育成方案」を公開し、2030年まで15万人の半導体人材を育成すると宣言するほど、半導体に総戦力をかけている 3。サムソン電子などの大手企業では、卒業後のサムスン電子入社、在学中の奨学金はもちろん、海外研修やインターンシップ制度の充実等の好条件を提供している。
韓国では、第4次産業革命の急速展開とともに、大学の危機論が台頭している。大学の危機論とは、従来の決まったカリキュラム中心、キャンパス中心、学科や専攻中心に固執すると、2030年頃には多くの大学がなくなるという懸念である。これは韓国のみならず、世界中の大学は学位中心から体験と経験中心にシフトし、「Campus less、Bookless Library、Professorless Classroom、Learning Platform」体制が定着するという予測である 4。
大学の教育システムを改革し、イノベーション性の高い次世代デジタル人材を育成するため、韓国では、大学を中心にいくつかの改革事業が展開されている。
SW中心大学事業とは、国内の4年制大学のうち、いくつかの大学を選定し、SW中心大学に改革することを指す。すなわち、大学教育をソフトウェア中心に改革することで、ソフトウェアの専門人材を育成し、学生・企業・社会のソフトウェア競争力の強化を目指す事業である。ソフトウェアを専攻している学生は、グローバル競争力を備えた実務にも強い人材にレベルアップさせ、非専攻者も専門知識以外に、ソフトウェアに関する基本素養を身に着けることで融合人材として成長させることが目的である。一つの大学における実施期間は4年で、年間約20億ウォン前後の支援金が支給される。4年目の評価で優秀と評価された場合、支援期間が更に2年延長され、最大6年まで支援を受けることが可能である。2015年8つの大学で始まったこの事業 5 は、2022年末段階で、44の大学 6に広がっている。
この事業は、2026年までに第4次産業革命に必要な新技術分野の人材を10万人育成することを目標に2021年から始めているが、事業のフルネームはデジタル新技術における人材を育成し、イノベーションを共有する大学事業である。名の通り、大学・専攻という制限をなくして、大学生であれば、誰でも新技術に関わる分野の教育を受けられるように支援する事業である。ここでいう新技術に関わる分野とは、人工知能、ビックデータ、次世代半導体、未来自動車、バイオヘルス、VR/ARなどの体感メディア、知能型ロボット、エネルギー8大新産業をさしており、ビックデータイノベーション共有大学、エネルギー新産業イノベーション共有大学という風に分野別に大学事業が展開されている。初年度は832億ウォン、2022年には890億ウォンが投入されている。この事業の肝心な部分は、大学がお互い情報を連携し、共有プラットフォームを構築することである。
人工知能大学院支援事業は、韓国の人工知能分野での高級人材不足問題を解決するため、MSITが2019年より推進している事業である。この事業は、KAISTやPOSTECHなどの科学技術分野で強みを見せている大学を中心に進めているが、以下4つの内容がその柱になっている。
初年度は高麗大学、成均館大学、KAIST、光州科学技術院、POSTECHの5つの大学が選ばれ、今は延世大学、蔚山科学技術院、漢陽大学、ソウル大学、中央大学が加わり計10の大学で人工知能大学院が運営されている。選ばれた大学には、年間20億ウォンずつ5年間 7が支給され、段階別評価を通じ支援期限は最大10年に延長できる。
尹政権では、デジタル人材育成に加え、全国民のデジタル力量強化にも注力している。その実現に向け、「デジタルプラットフォーム政府委員会」を新設している。2023年5月で1周年を迎える尹政権は、この1年間で、人材育成関わる政策を3つ打ち出したが、それぞれ「半導体関連人材育成方案」、「デジタル関連人材育成方案」、「先端技術分野の人材育成戦略」となる。これらは、いずれも最先端技術分野やデジタル人材の育成に関わるものであり、グローバル競争におけるハイレベル人材の確保や核心技術分野の人材確保の重要性が伝わる部分である。諸政策でデジタル人材の増加を図っている韓国であるが、これらの人材が韓国を更なる科学技術大国に導く先導者になれるのか、今後の展開が注目される。