再創業支援型インターンシップと産学融合のすゝめ⑧~システム・メーキングとは―DX養蚕システムが世界を変える!?(前編)~

2022年04月21日

松島大輔

松島大輔(まつしま だいすけ):
金沢大学融合研究域 教授・博士(経営学)

<略歴>

1973年金沢市生まれ。東京大学卒、米ハーバード大学大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省後、インド駐在、タイ王国政府顧問を経て、長崎大学教授、タイ工業省顧問、大阪府参与等を歴任。2020年4月より現職。この間、グローバル経済戦略立案や各種国家プロジェクト立ち上げ、日系企業の海外展開を通じた「破壊的イノベーション」支援を数多く手掛け、世界に伍するアントレプレナーの育成プログラムを開発し、後進世代の育成を展開中。

参考:再創業支援型インターンシップと産学融合のすゝめ⑦~北陸とインドの連携強化に向けて~

スマート農業とタイの大規模農業の融合

システム・メーキング(仕組み創り)の発想について、既にいくつか紹介してきた。日本に不足しているのはこのシステム・メーキングの発想である。今回はこの具体的な事例を交えて説明していく。システム・メーキングがどのようなものかイメージが湧くのではないかと思われる。ここで具体的にとり上げるのは、株式会社紫紘という会社である。京都の西陣で老舗の帯屋から「DX養蚕」へと業態転換を遂げつつある。

DX養蚕は、上流から下流までの養蚕産業について、DX(デジタルトランスフォーメーション)化を通じ、破壊的イノベーションとして張り替えるという試みである。農業の持続可能化、化石資源に過度に依存した衣服生産という地球規模の課題に着目し、古来より人類が着目してきた生物資源である絹の安定供給に挑んでいる。日本の最先端の精密農業と、大規模農業を実現できるタイとの国際産学融合を目指すべく、共創型「精密農業技術プラットフォーム」を構築してシステム・メーキングに取り組んでいる。タイ政府工業省傘下のタイ王国公益法人お互いフォーラムおいて、京都府とタイのチェンマイ県の連携を前提に案件形成が進められてきた。

そもそも絹(プロテイン系繊維)は、化学繊維(セルロース系繊維)に比べ、圧倒的に環境適合的であり、地球規模で考えた場合、持続可能な繊維である。またアレルギーを抑制し人間にも優しい。さらにプロテインは構造的に安定しており、医療分野や食料分野など、いくつかの産業分野への展開が可能であり、操作性が高い。実際、「人絹」という言葉に象徴される通り、化学繊維は絹の代替物として開発された経緯がある。昨今、炭素繊維の開発は著しく進んでいるが、産業の後始末の観点からは今後、課題もあるだろう。これに対し、プロテイン繊維の有用性についても今一度、真剣に考えていく必要がある。

ブレークスルーを起こすためには

では何故、これだけ地球規模の課題を解決しうる可能性を秘めた絹生産にブレークスルーが起こらないのか?実は、絹の原料となる生糸の生産、養蚕がボトルネックとなっている。これまで内外で検討されている絹生産のイノベーションは、総じて養蚕の伝統的な生産体制を前提に、生産された絹の機能性に着目して、如何に付加価値を高めるか、という「持続的イノベーション」あるいはカイゼン・アプローチであった。これでは、生産革命といわれる大きなブレークスルーは起こらない。現下に進行しているDX化は、既存産業への情報技術の外装化ではない。

これに対し紫紘は、「松原式無菌養蚕」の発想を前提に、現下の急激に進展するIoT(internet of things:モノのインターネット)やAI(人工知能)の全面的な導入を前提としたIndustries 4.0の成果を十二分に吸収し、抜本的なシステム・メーキングを実現する。これが「次世代型」の「完全人工」によるDX養蚕である。つまり最先端の情報技術を「主語」とした、抜本的な社会的、経済的な変革を目指すことがその本旨であり、絹そのものの生産性の破壊的な生産システムを確立するという発想である。

このDX養蚕は、産学融合によるシステム・メーキングが可能となる。具体的には、技術移転における受容側の課題、現地化に向けた諸課題、現地の「ローカル・ウィスダム(local wisdom)」との連携による「リバース・イノベーション(reverse innovation)」などを追求する。現下のIoTを基盤としたスマート農業分野での熾烈な国際競争を念頭において、従来の欧米多国籍企業によるタイをはじめ、そのほかのASEAN(東南アジア諸国連合)各国への浸透に加え、中国をはじめとする新興国企業の進出によって当該地域がロックインされる状況に対抗するという経済の安全保障の側面も大きいだろう。

筆者がタイ駐在当時、中国の新興ユニコーン企業であるアリババ(Alibaba)が、タイ政府に対し、スマート農業支援のためにタイの農村に対して無償での技術導入を申し出たとのことである。これに対し、タイの研究者やタイ政府の幹部の何人かから、日本も何らかの手を打たないと、食糧安全保障など、様々な問題を引き起こすことになるのではないか、という警告と助言を頂いたものである。つまりこれは極めて挑戦的なシステム・メーキングの方法である。いったんアリババのシステムがタイで導入されてしまえば、ロックインされる可能性があるだろう。特に高度な情報技術で「武装」された精密農業のシステムは、タイの農家で容易に理解されるとは思われない。日本では、多くの研究者は単なる技術導入に加え、実際の農民の意思決定を支援するようなシステムを提案している。例えば、澁澤栄先生のコミュニティベースの精密農法のシステムは、こうした農家や農村の意思決定システムを支援することに主眼を置いたものである。

DX養蚕では、精密農業における3つの分野は、

  • センシング
  • 意思決定
  • フィールド・ロボテク

-である。

これらの分野での成果を糾合しつつ、同時に、収益性を確保するメカニズムを構築することができる。これにより、東南アジアでの精密農業を通じた桑栽培体制を確立、DX養蚕体制の浸透を図り、他の果樹や植物への展開を通じ農業資源の持続的な活用体制を確立するとともに、絹というプロテイン繊維の浸透による社会変革を目指す。

大規模・高効率・高品質桑栽培へ

DX養蚕の価値連鎖では上流の精密農業による栽桑分野は整いつつある。紫紘はラオス南部のパクソン(Paksong)という阿蘇(熊本県)よりも広大なカルデラ地形において桑の栽培の検討を進めてきた。実際、桑の栽培の適地は、経験的に北緯25度、南緯25度の「桑ベルト」が最適とされており、この地域に該当するタイを中心とするASEANは、日本では1回限りの栽培のところ、3毛作以上の栽培が可能である。また繁茂の量は日本での栽培に比べ、3倍以上を実現するという実証データがある。このため、タイ、ASEANと日本が、精密農業を通じた大規模・高効率・高品質桑栽培を完成させ、最終的にはタイおよび他の東南アジアに広がる桑ベルトが、桑栽培の最適な適地となるだろう。つまりタイと連携というDX養蚕の第1歩によって、日本では実現しえない大規模・高効率農業のための大規模農場の確保が容易となる。

さらに下流工程では、既に、桑葉粉末化装置、「昆虫工場」、製糸技術、の分野では開発が進み、商業化に向け着実に進展している。つまりDX養蚕における最大のボトルネックは、桑栽培にある。蚕は桑の生葉しか餌にできないとされており、これまでボトルネックであった生葉の確保に関する問題は、成分安定化桑葉粉末装置によって経験的に2年間の長期保存を実現していることから、一連のDX養蚕の価値連鎖のなかで、上流工程である桑栽培分野でのスマート農業の導入によって、「ラスト・ワンマイル」のブレークスルーが期待されている。

図 DX養蚕の価値連鎖 (『新アジアビジネス』より)

全体のマネジメントが重要

この図で見ると明らかなとおり、システム・メーキングにおいては、壮大であれば壮大であるほど、全体のプロジェクト・マネジメントが重要になる。特にファイナンスのアレンジメントが重要であり、多くの仕組み創りが成功しない理由は、最初からキャッシュを生む、いわゆる「飯のタネ」が無いことに起因する場合が多い。イノベーション研究の泰斗 クレイトン・クリステンセンが言う通り、「キャッシュは気短に、成長は気長に」である。日本の場合、この真逆の発想で事業化を進めて失敗することが多いように思われる。すなわち、「成長は気短に、キャッシュは気長に」という発想である。やはり金融規律をしっかり与え、「稼ぐ」仕組みにすることによって、或いは「小さく生んで、大きく育てる」ことによって、仕組み創りが確実なものとなるだろう。

このDX養蚕の素晴らしいところは、まさに様々な事業の枝葉によって、全体のシステム・メーキングを進める中で、マネタイズの可能性を胚胎しているところである。

一例を挙げると、桑葉は蚕の飼育用であるが、同時にデオキシノジリマイシンによって、糖の吸収をブロックする効果も期待されるという。また糸を吐いた後の蚕の蛹は、全自動無菌養蚕で行うことから、トレーサビリティがしっかりと担保されることによって、さまざまな用途に活用することができる。実際、チェンマイ大学の食用昆虫(edible insect)研究の先生から、DX養蚕の副産物である蛹の活用を提案されたという。垂直の価値連鎖の成長と水平の副産物のマネタイズが極めて有効に機能すること、それがシステム・メーキングを成功させる条件の一つであるといえるだろう。