IT大国・インドはどのように学んでいるのかー①初等・中等教育のシラバス解説

2022年08月26日

小林クリシュナピライ憲枝

小林クリシュナピライ憲枝(こばやし・くりしゅなぴらい・のりえ):
長岡技術科学大学 IITM-NUT
オフィス コーディネーター

<略歴>

明治大学文学部卒。日本では特許・法律事務所等に勤務した。英国に1年間留学、British Studiesと日本語教育を学ぶ。結婚を機にシンガポールを経てインドに在住。現在はインド工科大学マドラス校(以下IITマドラス校)の職員住宅に居住している。長岡技術科学大学のインド連携コーディネーターを務めるとともに、IITマドラス校の日本語教育に携わる。

近く14億人に迫ろうという人口、日本の9倍近い国土、28州のそれぞれのシステムと8連邦直轄地域、多民族、多言語を抱えるインドについては、インドという国を概括して語ることは難しく、また不適当になってしまうことも多い。

そのように社会の様々な側面で多様性がある中で、「インドの教育制度、学校制度が分かりにくい」と言う声をしばしば聞く。

インドの初等・中等教育には、以下のような、複数の学習シラバス[1]が存在していることが、全体を俯瞰しにくい一因となっている。まずは、Boardと呼ばれる教育組織委員会が複数あり、各Boardが、それぞれに学習シラバスを管理・提供している。各シラバスには、それぞれの特徴がある。(特徴については、一部筆者個人の経験上の印象も含む)

Board
組織委員会
シラバス 地域的
レベル
特徴

インド系

CBSE
(Central Board of Secondary Education)
https://www.cbse.gov.in/
CBSEシラバス 全国に存在 インド中央政府が提供する標準的シラバス。
媒介言語(Medium Language)は英語またはヒンディー語。
ヒンディー語は、8年生までは必修科目。
3言語方針。
IIT入試のMain (一次試験)や医学部入試が、CBSEにより提供されるため、IITや医学部を目指す学生はCBSEシラバスを選択する場合が多いが、受験にはそのための準備が別に必要。
コンピュータサイエンス科目では、C++を使用している。近年ではPythonも導入された。
CISCE
(Council of Indian School Certification Examination)
https://www.cisce.org/
1~10年生まで:
ICSEシラバス
11年生と12年生:
ISCシラバス
全国に存在 インドのシラバスだが、元々は、ケンブリッジ大学により準備された。
媒介言語は英語。
ヒンディー語が必修ではない。
3言語方針。
膨大な学習量と高度な英語が習得できる。
最終的な卒業統一試験は、学習量に比するほど難解ではない。CBSEとの整合性が考慮されている。
コンピュータサイエンス科目では、JAVAを使用している。
各州や連邦直轄地域による、各々の組織委員会 各州(地域)毎の、Stateシラバス 各州・地域 州(地域)の言語は必修になるが、必ずしも地域言語が媒介言語になるとは限らない。
English Mediumの場合も多い。
English Mediumと、地域言語Mediumの両方のコースを持つ場合もある。
NIOS
(National Institute of Open Schooling)
https://www.nios.ac.in/default.aspx
NIOSシラバス 全国に存在 年々増加しているHomeschooling(自宅学習)の学生等に対応している。
教材は、通販、書店でも購入できるが、NIOSのウェブサイト上に全て無償で提供されている。
年に2回の試験に加えて、オンデマンドの試験も実施している。
12年生のBoard ExamもCBSEやCISCEと同等の試験が受験できる。

外国系

International Baccalaureate Organization
(IBO/国際バカロレア)
https://www.ibo.org/
IBシラバス 全国に存在 特に大学以降の進路を国際的な視野で選択したい場合に有利になるので、富裕層に需要があり、近年IBを導入する学校は増えている。
Cambridge Assessment International Education
(ケンブリッジ大学国際教育機構)
https://www.cambridgeinternational.org/
14~16歳:
IGCSE シラバス
大学受験には AレベルまたはCambridge Pre-U
全国に存在 イギリスのGCSE、Aレベル制度と同等とイギリスにより認証されている。
Homeschoolingも認めている。
その他、 アメリカン・インターナショナル・スクールや、
カナディアン・インターナショナル・スクール等
主に主要都市に存在 各国のインターナショナル・スクール。
駐在員の子女が多い。
学校により、IBやIGCSEシラバスなども提供されている。

以上のような、様々なシラバスが存在し、かつ、大規模な学校であれば、一つの学校が複数のシラバスを提供していることも珍しくない。また、一つの学校が、英語ミディアムのコースと地域言語ミディアムのコースをもつことも珍しくない。

上記のどのシラバスを卒業しても、インドの多くの大学の受験資格が得られる。また、インドでは、シラバスだけでなく、各学校の成り立ちも様々である。

中央政府系の学校として、全国にKendriya Vidyalaya(KV)校があり、これは、国家公務員の子女が、親のインド各地への転勤による転校に伴い教育的な不利益を受けないように、インドのどこにいっても、KV校であれば同じ内容の教育が受けられる仕組みになっている。その理由から、国家公務員の子女は優先的に入学できる。一方で、インドには、社会的経済的に困難な立場にいる人々等も多く、様々な留保制度があり、これに基づいた割り当て等もあるため、受け入れる学生の層が広い。KV校では、CBSEシラバスが提供されている。

もう一つ、中央政府系のJNV校は、主に農村地帯などの地方に在住する優秀な学生のための全寮制学校である。CBSEシラバスが提供されている。

さらに、インドの学校は、その地域の篤志家(グループ)や慈善団体等による設立が多く、いわゆる私立校が多いが、私立校だからといって、私立のシラバスということではなく、上記のどのシラバスを採用するかは、学校次第だ。CBSEシラバスを採用する学校もあれば、ICSE/ISCシラバスや、IGCSEシラバス、IBシラバス、また、複数のシラバスのコースを提供できる学校もある。地域言語や文化を尊重するStateシラバスの学校も多い。

そして、インドには、地方政府や慈善団体等の資金援助を受け、社会的経済的に困難な立場にいる学生を中心に受け入れている、様々な形態の学校も多い。

IITマドラス校の広大なキャンパスの中には、中央政府系のKV校と、タミルナドゥ州のState Syllabusを提供する Vana Vani校(Vana Vani Matriculation Higher Secondary School)の2校が存在している。どちらの学校も、大学のマネジメントにより運営はされているが、大学の付属校ということでは全くなく、優先的に大学に入れるなどの制度があるわけでもない。学生はIITマドラスの職員の子女も一部はいるが、大半は学外から通っている。

IITマドラス校のキャンパス内にあるKV (Kendriya Vidyalaya) IIT Chennai校の正門。1年生から12年生(高校3年生相当)までが通っている

IITマドラス校のキャンパス内にあるVana Vani校の正門で、登下校時に見守るセキュリティスタッフ。1年生から12年生(高校3年生相当)までが通っている。向かいには同校の幼稚園がある (いずれも筆者提供)

Alphabet Inc. とGoogle LLC. のCEOであるSundar Pichai(スンダル・ピチャイ)氏は、タミルナドゥ州チェンナイ市の出身であり、11年生と12年生時にVana Vani校に通い、その後IITカラグプール校の冶金材料工学部に進学した。

上記の一覧に挙げた、「インド系」のどの教育システムにおいても、10年生と12年生に、Board Examと呼ばれる統一卒業試験が行われるが、Board Examは、各Boardが個別に提供するので、その科目や内容は、特に選択科目では一致していない。しかしながら、昨今では、Board間での調整により、難易度に大きな変化が出ないように、CBSEを中心に、試験内容や方法に配慮がされてきている印象がある。

なお、上記の一覧に含めているが、昨今では、Homeschoolingと呼ばれる、自宅学習を希望する学生や家庭が増えている。特に、長引いたコロナ禍において、Homeschoolingに移行した学生が一層増えたそうだ。Homeschoolingを、誰に対しても正式な学習過程として認めるか否かは議論のあるところだが、全ての人が教育を受ける権利があるという点で、NIOSがこれに対応し、無償の教材や、柔軟な対応の受験の機会を提供しているところは注目に値するだろう。

イギリス系のIGCSEはHomeschoolingを認めている。Homeschoolingには、理解があり協力的な家族の元、学生個人で対応できるケースもあるが、同志が集まってコミュニティを形成し運営するケースなどもある。

以上、インドの学校の複数のシラバスについて紹介したが、これらはあくまでも現況の概説である。一方で、インド政府は2020年に "National Education Policy" という教育政策を発表しており、2030~2040年に実現するための、壮大な教育改革に着手しているので、今後、インドの教育の様々な面が変化していくことになるだろう。

それについては次回以降で、理想と現実の狭間の部分にも触れていきたい。

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