IT大国・インドはどのように学んでいるのか ー ② 初等・中等教育の言語について - 国家教育政策2020のもとに

2022年10月20日

小林クリシュナピライ憲枝

小林クリシュナピライ憲枝(こばやし・くりしゅなぴらい・のりえ):
長岡技術科学大学 IITM-NUT
オフィス コーディネーター

<略歴>

明治大学文学部卒。日本では特許・法律事務所等に勤務した。英国に1年間留学、British Studiesと日本語教育を学ぶ。結婚を機にシンガポールを経てインドに在住。現在はインド工科大学マドラス校(以下IITマドラス校)の職員住宅に居住している。長岡技術科学大学のインド連携コーディネーターを務めるとともに、IITマドラス校の日本語教育に携わる。

前回レポート「IT大国・インドはどのように学んでいるのかー①初等・中等教育のシラバス解説」 [1] において、インドの初等・中等教育における、複数の教育組織委員会(Board)と、それぞれの学習指導要領(Syllabus)の特徴を概略説明した。また、学校には様々な設立母体があり、学校によっても、地域によっても、教育制度や学習内容に幅があることをお伝えした。

現在、このインドの多様な教育の基盤と今後の教育の方向性の指針になっているのが、以前にこのポータルでも紹介されている、インド教育省(元人材開発省)の「国家教育政策2020」/ "National Education Policy 2020"(以下"NEP2020")[2]である。"NEP2020"では、初中等・高等教育の改革のみならず、教員の教育、職業訓練、社会人教育、生涯教育、幼児教育等にわたり、幅広く言及されている。

その中で今回特に着目したいのは、主に初等・中等教育の「言語」を中心とする以下の各点である。

◆ 世界に影響を及ぼした古代インドの教育の誇りと再現

(⇒ 筆者注:インドでは、1835年の「英語教育法」/ "English Education Act" [3] の制定以降、⦅現在このAct自体は廃止されているが、⦆英語による西洋式の教育システムが導入され、その後の変遷はあるものの、現在まで、特に理数系の高等教育は、ほぼ英語で行われてきた。国際活動や、産業経済の発展の点などから、高等教育での英語力の保持は今後も大きくは変わらないと想像するが、"NEP2020"では、インド各地の言語による教育の振興と、英語との二言語間のブリッジングと障壁の削除に配慮がされている)

◆ 現在までの、高校までの学校教育を、基本的には、10 + 2 制の合計12年間のシステムから、幼児期の教育の重要性を鑑み、3歳から18歳まで、5 + 3 + 3 + 4 制の合計15年のシステムとすること

(⇒ 筆者注:現在のシステムでは、10年生、12年生修了時に卒業統一試験を受験。幼稚園や保育園は従来から存在しているが、ここではその重要性と必要性が強調されている)

Kendriya Vidyalaya IIT チェンナイ校(小学校~高校まで)の多彩な行事。同校では国家教育政策に基づき、3年間の幼稚園も今年度新設される
(写真は同校の提供)

◆ 教師と教材がバイリンガル・アプローチに努めること

(⇒筆者注:英語ミディアム校において、母語/現地語でのサポートをすること、また、インドの現地語ミディアム校においては、インドの言語間のサポートも意味する)

◆ 子どもの母語や家庭言語での概念の習得の速さを鑑み、5年生、理想的には8年生(日本の中学2年生に相当)までを、母語、家庭言語または現地語を媒介語として学習するよう努めること

(⇒筆者注:現在まで、特に都市部では、年々、幼少期から英語ミディアム教育を受けることが主流になり、現地語ミディアムの需要が減ってきていた流れの修正と思われる。また、幼少期から英語ミディアム校に通う学生であっても、多言語教材の活用により、英語とインドの言語のどちらでも理解ができるよう、教師も心がけることが期待されている)

◆ 2歳~8歳までの複数言語の習得の速さに着目し、幼少期からの母語の習得及び他言語に触れることに加えて、小学3年生からは他言語の読み書きも取り入れること

◆ 3言語方針を継続し、インドの言語の習得を推奨すること

(⇒ 筆者注:現在までは、国の公用語と位置付けられるヒンディー語と、準公用語と位置付けられる英語が重視される傾向があった。特に、世界に視野を広げること、大学の理数系は英語ミディアムで行われてきたこと、大きな収入にも繋がる国際的な仕事に就くためには英語が必要であること、などから、年々、幼少期からの英語ミディアムの選択が増加し、現地語ミディアムの選択が減少する傾向にあった。かつ、第2、第3言語の選択肢に外国語がある学校の場合は、外国語に人気がある傾向もあった)

"NEP2020"においては、インドの言語はどの言語も尊重され、中央政府、州政府共に、特にインド憲法第8スケジュールに規定の22の公用語の教員の増強に務めることで、「インドの言語を2言語 + 英語」の、3言語の選択が想定されている。

科学と数学については、母語と英語の両方で考え、話すことができるように、質の高いバイリンガルの教科書や教材の準備に尽力すること

(⇒ 筆者注:国や地域に限定・影響されない、ユニバーサルな科目である科学と数学を、バイリンガルで学習することは、学習者本人の可能性を広げるのみならず、国内外の将来の産業と経済の発展に大きく貢献すると思われる。これらの点から、興味深いのは、日本では、義務教育での英語学習の開始時期が早められ、大学での英語ミディアムコースの増強が急がれる中、インドでは、英語能力は維持しつつも、インドの数多くの言語の誇りと実用の復活を目指しているところだ。インド国民全体で英語を習得していると言えるのは、約10%[4]とされるが、これは日本の総人口ほどにあたる。また、2歳~8歳の年齢期における複数言語の習得の速さの研究結果に基づいて、早期から複数言語に触れる環境を推奨している)(*注1)

◆ 重要な外国語文献の翻訳・通訳の充実と、そのための機関の設立

テクノロジーの幅広い活用、オンライン/デジタル教育の普及。教育ソフトウェアの多言語での開発により、地方の学生や障害のある学生を含む幅広いユーザーが利用できるようにする

◆ インドは既に、情報通信技術や、宇宙などの最先端領域において、世界をリードしており、デジタル・インディア・キャンペーンは、さらに国全体をデジタルで強化された社会かつ知識経済の国へと発展させる

◆ この新たな教育政策の導入に際しては、教育省を始め、州政府、教育組織委員会、国と州の教育研究評議会、学校等の全ての関係機関が協働し、段階的に、注意深く導入していく

◆ 2030~40年の10年間で運用に至り、その後、再度包括的な見直しが行われる

以上は"NEP2020"中の、特に初等・中等教育に関係する、ごく一部の紹介ではあるが、これらを含めたNEP政策全体が、既にできるところから順に実行されている。昨今ではしばしばIT大国と言われるインドは、教育大国も目指しており、現場での実践も着実に進んでいる。

また、この国家教育政策のもと、教育へのマルチモード・アクセスを可能にするため、"PM e-VIDYA(首相主導のe-学習)[5]:「1つの国の1つのプラットフォーム」と呼ばれる、デジタル/オンライン/オンエア教育に関連するすべての取り組みの統合が、2020年に開始され、順次アップロードされている。

これについては、次回の紹介とする。

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