2023年3月1日
小林クリシュナピライ憲枝(こばやし・くりしゅなぴらい・のりえ):
長岡技術科学大学 IITM-NUT
オフィス コーディネーター
<略歴>
明治大学文学部卒。日本では特許・法律事務所等に勤務した。英国に1年間留学、British Studiesと日本語教育を学ぶ。結婚を機にシンガポールを経てインドに在住。現在はインド工科大学マドラス校(以下IITマドラス校)の職員住宅に居住している。長岡技術科学大学のインド連携コーディネーターを務めるとともに、IITマドラス校の日本語教育に携わる。
掲題のシリーズにおいて、現在までに、
① インドの初等・中等教育のシラバス
② インドの初等・中等教育における言語の方針
③ 国が纏めたデジタル教育プラットフォーム
④ 初等・中等教育のコンピューター学習の例
― について概略を説明してきた。
今回は、本シリーズの最後として、IITマドラス校から、学外に向けて広く提供されている、オンラインによる教育プログラム2点をご紹介する。
去る2023年1月31日~2月2日、現在インドが議長国であるG20の、教育分野におけるワーキンググループミーティング (1st G20 Education Working Group Meeting [1]);セミナー及び展示会が、IITマドラス校のリサーチパークを会場に開催された。
このセミナーでは、「教育におけるデジタル技術の役割/Role of Digital Technology in Education」を共通のテーマに、3つのトピック「学校教育、高等教育、能力開発」について、参加各国との間でパネルディスカッションが行われた。これらについて、各国と情報交換、学び合い、及び、今後の協力をしていくことで、この活動が、国連の持続可能な開発目標4「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」に、世界的に寄与する。
(写真はIITマドラス校の提供)
インドからは、世界に向けての強力なメッセージとして、IITマドラス校から、以下2つの、オンラインによる高等教育プログラムが紹介された。
以下に概説する。
NPTELは、本レポートシリーズ③でご紹介した、PM eVidya [4]デジタルプラットフォーム中の、Swayam Portal [5]の一部を構成している。
NPTELは、IITマドラス校が事務局となり、IITsのトップ7校とIISc(インド理科大学院)の合計8校が共同で運営している、高等教育レベルのオンライン生涯教育プログラムである。
(資料はIITマドラス校の提供)
現在までに20年の歴史があり、2003年からコンテンツの作成と集積が始まり、2014年からはサーティフィケートコースを提供している。現在、IITs/IIScの教授陣が講義する、工学、理学、数学、経営学、人文社会科学の600コース以上が、4~12週間の期間で提供されている。これらプログラム、コンテンツの作成、提供、運営にかかる費用は全てインド教育省が負担している。
学習者は、以下のソースから無料で学習することができる。
受講者は、試験を受けサーティフィケートを取得したい場合は、1コースにつき1,000ルピー(日本円で約1,600円程度)(個人の状況によってはそれ以下)を納める。
試験は、オンラインモードでもオフラインモードでも、指定の期日に指定の試験会場において行われる。
現在、NPTELは、このシステムを他国にも拡大しつつある[6]。他国の場合、試験は、指定の試験会場で受験するケースと、遠隔監視によるケースで対応している。
NPTELは、オンライン、デジタルテクノロジーを利用することにより、意欲のある学習者が、年齢層、学歴、居住地域、家計の状況などに影響されることなく、インドのトップレベルの高等教育コースにアクセスできるシステムであり、インド全体の高等教育の普及に大きく貢献している。
本コースは、IITマドラス校が世界発で提供する、オンライン教育による、データサイエンス&アプリケーションの理学士(BS)取得コースである。
(資料はIITマドラス校の提供)
データサイエンスは世界的な成長分野であり、国内外の市場における熟練した人材への需要は非常に高い。この先端分野で、IITマドラス校の教授陣の高品質な指導が受けられるシステムである。
コースは、以下4段階に分かれており、各学習者は、希望するレベルで修了することができる。
NPTELと違い、入学には審査を通過する必要があるが、定員は無制限である。
(資料はIITマドラス校の提供)
なお、オンラインではなく、従来型の、合格率1%代と言われるIIT入試を経て入学する通学コースでは、コンピューターサイエンスを含む工学部を卒業して得られる学位は、BS/BScではなく、BTech(技術学士)となる。
オンラインのBSコース修了までの費用は、約4,300 USドル(約565,000円)である。経済的に恵まれない背景を持つ学生には奨学金が提供される。現在、このBSコースも他国にも拡大しつつある[7]。他国の場合、試験は、指定の試験会場で受験するケースと、遠隔監視によるケースで対応している。
過酷な受験競争を乗り越えてIITsに入学できることは一概には素晴らしいことである。しかしながら、一方で、IITsでなくとも、この先端分野の習得への気概、才能、潜在能力を持ち合わせた人材が数多く存在しているのも事実である。大学という施設や、教室の対面授業で教鞭をとる教員を増やすことには限界がある。そこで、IITマドラス校は、デジタルテクノロジーを用いることで、定員を無制限にし、インド国内外の多くの人々が、高水準かつリーズナブルな、IITの高等教育を享受できる機会を提供している。
以上、今回は、デジタルテクノロジーを高等教育に導入した2つのコースを紹介した。
「教育界のオスカー賞」と言われる、"Wharton-QS Reimagine Education Awards" 2022において、IITs 7校と、IIScによる "NPTEL"は、"Lifelong Learning Award"の金賞を、またIITマドラス校の"Bachelor of Science in Data Science and Applications"は、"Best Online Program Award"の銀賞を、それぞれ受賞している。[8]
=このシリーズ終わり